そして・・・
ある日のこと、学校から出てくると、知っている顔が立っていた。
「父さん……。」
「母さんはどこだ?」
「えっと……。」
「進、俺ら先に帰ってるわ。」
「あ、わかった。また、明日な。」
気をきかせてか、友人たちは先に帰っていった。
「お前、今まで、どこにいた?」
「……学校。」
「冗談はよせ。家にも戻らず、どこで何をやっていたんだ!」
俺は本当に無意識に顔が笑っていた。
「……もしかして、今、気が付いたの?」
「何がだ?」
「俺が家に戻ってないって。」
「今じゃない。十日くらい前だ。」
「十日……ねぇ。」
俺は無意識に声を出して笑っていた。
「なにがおかしい!」
「父さん、俺はね、家を出て、もう一ヶ月以上たっているんだよ?それに気付いたのが十日前?」
「い、忙しかったんだ。」
「忙しい?ま、無理もないね。一週間に一度の一時間の帰宅だもんね。」
「何だ、その眼は?」
「捜索届も出してないよね、当然。」
「……母さんはどこだ?」
「……さぁ……。」
「知らないはずがないだろう!」
父は、俺につかみかかった。
クラクションが鳴り響いた。
プププププププー―――――
「呼んでるよ、彼女が。」
「……また、くる。」
車は去っていった。
「お兄さん。」
「真雪ちゃん……。」
「お父さん?」
「……ああ。まだ……ね。」
「……そっか。」
「……あれ、なんで、ここにいるの?」
「一緒に帰ろうかと思って。ここで待っていた。」
「いいねぇ。それにしても、時間ずれていたら会えなかったよ?」
「携帯にメールしたよ?」
慌てて、確認したら確かに入っていた。
「本当だ。」
「みてないねー。」
「そーゆーときってたまにない?」
そんななんでもないような話をしながら帰宅した。
夕食時の後に今日、父親に会った話をした。真雪はずっと気にしていたのか、あまり食事が進んでいなかったからだ。
「今日、父さんに会ったよ。というより、学校まで来たよ。めずらしく。」
母の食事の手が止まった。
「母さんのこと探しているみたいだった。」
「そう……。」
「なによ、それ、もう一ヶ月以上たってるのよ!」
和人さんは腹立たしそうに言った。これから出かけるせいか、なかなかキレイに化粧をしている。
「でも……俺がいないことに気がついたのも十日前なんだって。」
「十日……お父さんにしては早いほうかもねぇ……。」
「探しているということは、ユキさんとまだ離婚はしていないということだろうな。」
「勇次……。」
「ユキさん、私から直接だんなさんに話をしてもいいかな?」
「……ええ。」
「実はもうすでに、調査は終了していて十分に、離婚できる材料は揃っているんだ。」
「……よろしくお願いします。」
「お母さん……。」
「父さん、まだ違う彼女と一緒だった。きっと離婚できるよ。」
「進……。」
離婚というものは父と母が両方したいと言えば、そんなにもめずにいったのだろうが、今回は母だけが言い出していることだった。だから、もめにもめた。
俺に関して、父は俺が自分の子だと遺伝子の鑑定まで持ち出した。そう俺は本当に父の子供だった。
「母さんの子供じゃないのに、なんで父さんの子供なんだ?」
それには、勇次さんが答えてくれた。
「……実は、君を生んだ母親に君のことを認知してもらって、そこから今の君のお母さんの養子にするつもりだったんだ。だが、君を生んだお母さんはもう亡くなっていた。もし、生きていても、君のお父さんのことが何も分からない状態だったんだ。精神病院にいたんだ。だから、どうしてなのか、知っているのは君のお父さんだけだろう。」
「じゃ、母さんは俺のことは父さんの本当の子供だって知らないで育てたのか?」
「……知っていたわ。」
「……母さん……。」
「お母さん……。」
「ユキさん……。」
「どうして、知っているの、旦那の実子だって。」
和人さんがそっと聞いた。
「私とお父さんはお見合いだった。そこに乗り込んできた女性がいたの。あなたの子ができたって……。」
「……俺?」
「そう。」
「父さんは彼女を捨てて、世間的にバックアップの大きかった私との結婚を決めたの。彼女はそのショックでおかしくなったみたいなの。お父さんは、私に黙って病院費を払いつづけていたわ。でも、三年経っても私たちの間に子供ができなくて、それと同じ頃に、あなたを生んだお母さんが亡くなったそうなの。それで、父さんはあなたを認知したの。」
「……そんな……。」
「だから、三歳以前のあんたの写真はないの。」
そんなことが思いつきもしなかったが、そういえばない。
「会ったのは、あの、お見合いの席だけだったけれど、あとから聞いた話では、身体もあまり強い人ではなかったみたいで、身よりもなかったらしくって……葬式さえも行ってもらえなかったの。」
「かわいそう……。」
真雪ちゃんがぽつりと言った。
「そうね。」
「……。」
「親権がなくっても育てることはできるんでしょう?お客さんに聞いたことがあるわ。」
「ええ。でも……あの人は親権を得たら会わせてくれないかもね……。」
「子供はいつだって、親に会う権利があるわ。」
「まぁ、しばらく考える時間はある。ゆっくり考えなさい。」
佐藤氏はゆっくりと言った。
「……ハイ。」
俺が自分の部屋でベッドの上で横になっていると誰かがノックした。
「はい?」
「真雪です。入ってもいい?」
「……どうぞ。」
「……。」
真雪ちゃんは椅子にちょこんと腰掛けた。
「どうしたんだい?」
「……お父さんのところへ行くの?」
「……。」
「うちからいなくなっちゃうの?」
「……。俺は……父さんの子だ。……母さんの子じゃない。母さんは俺のために、どれだけのことを犠牲にしてきたんだろうかと考えるとね……。」
「その考え方はどうかしら?」
「和人さん。」
「失礼。ドアが開いていたものだから。入っても?」
「ええ、どうぞ。」
「わりときれいなのね。」
「お父さん!」
「あら、ごめんなさい、いえね、確かに血はつながってないけど、あなた、自分のお母さんが、ユキさんがいままで、本当の自分の親じゃないかもなんて思ったことある?」
「……ありませんけど……?」
「でしょー。自分のでもない子供育てるのって大変なのよ。実子でさえ、手にあまるって親だってたくさんいるのよ。つまり、あなたは実子以上に育ててもらったんでしょ。愛情もらったんでしょ。」
「……そう……なりますかね?」
「なるのよ。どっちにしろ、ユキさんは真雪の母親になってくれるんだし、一人も二人も変わらないと思うのよ。」
「そう……ですか……ねぇ?」
「第一、あなたを手放すつもりなら、呼んだりしないって。」
「そう……ですね。」
「そうだよ、お母さん、お兄ちゃん、来るって日、すっごいうれしそうにしていたもん。」
「……そうなんだ……。」
「うん。うらやましいくらい。」
「……俺、ここに残るよ。」
「ホント?本当にいるの?」
「うん。」
「本当だよ、約束だよ。やったぁーーー。」
「決まりね。勇次さんに報告してこなくっちゃー。」
和人さんはいそいそと出て行った。
「お兄さん」
「ん?」
「ずっと、お兄さんね。」
「そうだね。」
「よろしくね。」
「こちらこそ。」
俺らは笑いあった。
裁判所は母の親権所持を認めた。父はしばらく、くだくだと言っていたそうだが、愛人に子供ができたことも、その時、愛人に発表されたことで、少し収まった。もちろん、佐藤氏との再婚予定の存在も大きかったのだろう。
佐藤氏は父の会社の取引先のかなりの重役で父もあきらめるざる負えなかったのかもしれない。
今まで、全然佐藤氏の仕事など知らなかったが、たしかに、妻でも、愛人でもいないとまずそうな大きな企業の人だった。
そして母の離婚が成立。そのまま、佐藤氏と結婚した。
半年後に母は佐藤ユキになった。
俺は二度も書類を出し、佐藤進になった。
とりあえず、父さんとは白無垢で式を挙げたから、今度は……とウエデェングドレスを注文した。その姿に和人さんが、複雑な思いを抱いていたのは顔をみればわかる。しかし、それが母に伝わっているとは思っていなかった。
母の提案で二回式が行われた。一回目は母と勇次さんとので、会社の人を呼んで妻のお披露目用に、と行われた。
二回目は勇次さんと和人さんの番で、和人さんもウエデェングドレスを着た。
和人さん用にと、母はウエデェングドレスをもう一着、注文していた。俺に着せて、選んだ。そのときの店員の顔は眼が点だったが、さすがにプロだと思ったのは、その場で、そのことを一切口に出さなかったことだろう。
二回目のは出席者は俺ら家族だけだったが、それでも、勇次さんも和人さんも幸せそうだった。
ついでに、引越しもした。今度の家も大きい。
俺の学校は変わらなかったが、真雪ちゃんの学校は本人の希望もあって変わることとなった。
それから、真雪ちゃんは正式に俺の妹になった。真雪ちゃんは、和人さんのことは「お父さん」で佐藤氏の事は勇次パパと呼んでいた。つられてか、俺もいつのまにか、そう呼んでいた。
しばらくして、俺はどうして、真雪ちゃんを生んでくれたお母さんのことはママと呼んでいたのに、和人さんのことは「お父さん」と呼ぶのか気になってきいてみたら、彼女の母親が和人さんをなじる時に「お父さんは――、お父さんは―――。」と言っていたからじゃないかなと笑った。
母は、和人さんは名前で、勇次さんは一応自分のだんなにあたるので、「あなた」と呼んでいる。前は「お父さん」だったのに。
しばらくたってから、母は外でも真雪ちゃんを名前で呼ぶようになった。俺も真雪と呼ぶようになった。
それから二年たって和人さんはクラブをやめた。
「いいんですか?やめて。」
ちょっと俺にはもったいないような気がしたからだ。
「あのねー、男も女も美しい時に身を引くのがいいの。」
彼なりの美学だったらしい。
母は和人さんに家のことを教え始めた。今まで、夜出かけて朝帰ってくる和人さんはあまり回りの人に知られていなかったが、今では昼に外に出るのだから、そう隠しておけず、もちろん隠すつもりもないが、母は主人のいとこということにしたらしい。
その時まで、俺は和人さんの年齢を考えたことはなかったが、実は母より年上らしい。
俺が高校卒業の頃には家のことは和人さんがやっていて、母は近くのおばちゃんたちとあっちこっちに行くようになり、カルチャーセンターにも通い始めた。母はよく笑うようになった。
それでも、面談などはやっぱり母が俺のほうにも真雪のほうにも参加した。
真雪は俺の高校の付属の中学に入り、登校は一緒になった。
「えー、進の妹にはもったいない!」
「僕とおつきあいを……。」
「だめだ!お前らには絶対にやらん!」
「うわぁ、真面目に怒っているし。」
玲や浩介や、隆史も一緒に進学した。
そのまま、俺は付属の大学に入り、友人たちとは別れた。
真雪も俺と同じ高校に入り、六年間ほぼ毎日一緒に登校した。中学と高校は同じ敷地内で、高校と大学は二駅先にあるという差はあったのだが。
俺は卒業後、就職した。
「うちへこないか?」
勇次パパはそう、言ってくれたが、とてもじゃないが息子という立場だけではいるには大きすぎるところだったので、お断りした。
「うちへくる?」と和人さんも言った。
「最近、仲間にあったら、あんまりかわいいのが入ってこないんですって。」
当然の如く断った。
とりあえず、会社は自分で決めたところに入った。
和人さんはぶつぶつ言っていたが、勇次パパと母は反対しなかった。
そして、真雪は短大に入った。




