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それから

そして、二週間がたって気がついたのだが、慣れというものは怖いもので、いつのまにかその生活になれている自分がいた。

前のように友達を家に呼ぶというようなことはできなくなった。夜遅くまで遊んでいると終電がなくなるということになってしまうこともあって、比較的早い時間に家に向かうようになった。

和人さんが仕事柄、お酒を飲んで帰ってくるが、それでも朝には全員が食卓にいた。

そして、一ヶ月たった。しかし、一ヶ月たっても、真雪ちゃんは挨拶の最低限の言葉しか俺と話そうとしなかった。

「どう思う?」

玲と隆史と浩介に聞いてみた。こいつらには、いままでのことを話した。別にそれくらいで、離れていくような連中ではなかった。かえっておもしろがっている。

クラスにも、なかには両親が離婚しているところがあってそれは別に、珍しい傾向でもなかった。

「それは……お母さんに、自分の父親が取られたみたいで寂しいんじゃないか?で、邪魔をしてやろうと……無理になついて見せるとか……。」

隆史は必死で考えているようだ。 

しかし、彼女は俺の母とかなり仲がいい。へたすると、おかまの本当の父親よりも、だ。

「あとはー、お前が嫌われているんだな。」

「やっぱり、一ヶ月くらいじゃ仲良くは無理かな?」

「十一歳だろぉ?それも女の子じゃなぁ……」

「無理だろ。」

 玲が結論づけた。

「やっぱり?」

 俺もうすうすそう感じていた。

「なぁなぁ、その子、かわいい?」

「う、うーーーん……たぶん、かわいいんじゃないかな。」

「わかった、お前、おそったろ!」

「ばか!」

「犯罪になるぞ。」

「誰が襲うか!どあほ!」

あーでもない、こーでもないと、冗談交じりに話していたが、やっぱり結論は俺が目障りなんだろうということになった。

そんなある日のこと、三者面談で授業は短縮されて、俺は早くに帰宅できることになった。それでも昼は友人たちとマックで食べたのだが。

夕日よりも、太陽がもっと高い場所にいるのを見るのは久しぶりだった。そんな時間、ランドセルを背負った子供たちもそれぞれに帰宅していた。

「オカマの子ー!」

「オカマの子ー!」

声がしたほうを見てみると、真雪ちゃんが周りを囲まれて、はやしたてられ、どつかれたりしていた。中にはかなり体格の大きい子もいる。そして、真雪ちゃんが押されて、転んだ。

「なにしてる!」

大声を出し、自分がかけていくのを見た子供らはいっせいに去っていってしまった。

「真雪ちゃん、大丈夫か?」

「……はい。」

平然として、というよりは毅然とした態度で、服についた泥を落としながら歩き出した。

「待てよ、何だよ、あの子たち?同じ学校の子か?」

「クラスメイトとその仲間」

「なんで、あんなこと……。」

「私はお父さんの娘だもの。オカマの子よ、間違ってないわ。」

「そうだけど、そうだけどさ……でも、ひどいよ……。」

「お母さんには言わないで。」

「え……?母さんに?」

「余計な心配はかけたくないの。」

「……でも……学校に相談とかでも……。」

「べつに。今に始まったことじゃないもの。」

俺は言葉を失った。彼女は何もなかったかのように、歩き出して、俺は何も言えずに後から歩き出した。家に着くと、明るい声で彼女は言った。

「ただいまー。」

「おかえりなさい、あら、進も一緒だったの?」

「……うん。」

「なに?なにかあったの?」

「なんにも。ねぇ、おかあさん、今日ねぇ、洋服のまま、ドッチボールしたらね、こんなに汚れたの。キレイになる?」

真雪ちゃんは母にくっつきながら奥へと入っていってしまった。こんなときでも、俺はつまらないことに感心していた。

彼女は、帰り道で服が汚れた理由を考えていたことだった。俺は、そんなに心配をかけたくないと思ったことがあっただろうか……。そして、俺はどうしようか、考えていた。

母に言う隙間を与えないくらい真雪ちゃんは母の側にいた。風呂の時も一緒で、一人になることがない。携帯でもあれば、こっそり母にメールでも送れたかもしれないが、携帯を持たない母にはそれは無理な話だった。電話も考えてみたが、母より先に真雪ちゃんが出てしまい、失敗した。

またまた、玲たちに相談してみた。相談というよりも、ただの雑談の一部になっているようだ。

「なぁ、親父がオカマやるって言ったらどうする?」 

「お前のところの親父が?」

 玲だけは、俺の父親を見たことがあった。

「いや、うちに限らずの話だ。」

「お前の話は本当にいつも突拍子がないよなぁ……。でも、親父いないし。オカマ……ま、愛人はいなくなるだろうな。」

 隆史は頭の中で考えているようだ。

「オカマねぇ……ホモとは違うんだ。」

「……ちがうんだよな?」

「俺に聞くな。詳しくないし!俺は女の子が趣味だ。」

 俺は慌てて言ったが、やっぱり浩介に突っ込まれた。

「言い方変!」

「とにかく、オカマだ。」

「う―――ん……どうだろう……うちじゃ、かあさん、笑って応援するかも。」

「ん?オカマになるってことは、……そっか、べつに相手が女性もありうるんだ。」

「相手次第か。」

「しかし、今からオカマ……若い美男子がやるなら許せるかもしれんが、中年親父だしなぁ……想像できない。」

 寒気がしたのか、隆史は寒そうに頭を振った。

「それはいえているな。お前が今から、オカマやるなら応援するぞ。」

 玲は真顔で、俺に言った。

「しなくていいから!やっぱり、オカマの子供ってやっぱりいじめられるかね?」

「周りにばれたらいじめられるかもな。」

 玲は、あっさり言った。

「たとえば、顔を女性風に整形しまくっても、のどとか、声のトーンとかでわかる場合もあるだろうしな。」

「そうか……。」

「ん?でも、子供がいるってことは、生んでくれた人がいるんだよな?」

 浩介が何か、思ったようだ。

「いや、あたりまえだろ。」

「ってことは、その人のところに行けば?」

「俺の場合は、出て行ったのは父親だけど、反対で母親だったら、出て行った家族にはあんまり会いたくないと思うけどな。」

「そうか……。」

「気の毒だが、子が親を選べるわけでもないしなぁ……。」

「そう。選べるなら、隆史のところがいいな。浩介のところでもいいけど。」

 玲は言った。

「……別に……両方揃っているのは俺のせいじゃないし!」

隆史は慌てていった。

「誰も、お前のせいって言ってないから。」

「日本語おかしいし!」

 時計に目をやった玲が言った。

「あ、あと三分でチャイム―。」

「走れー。」

俺の考えた限りのことはしてみることにした。さいわい、今は三者面談中で早く帰れる。

次の日、俺は小学校の前で真雪ちゃんが出てくるのを待ち、声をかけずに後ろから歩いた。そのせいか、その日はなんの問題もなく、過ぎた。

その次の日も、真雪ちゃんが出てくるのを待っていたら、誰かに肩をたたかれた。振り返ると巡回中の警察官だった。

「こんなところで、なにをしているのかな?」

「え……えっと、妹を待っているんです。」

「妹―?」

「ええ。」

いぶかしげ顔をされた。かなり怪しい人物に見えたのかもしれない。

「……ちょっときてもらおうか?」

「あ、いや、ホントに妹を……」

「お兄さん!」

「真雪ちゃん……。」

本当にすんでのところで、彼女が見つけてくれた。

「兄が何か?」

「本当にお兄さん?」

 警官はまだ疑っているかのように言った。

「ハイ、兄の進です。」

「本当に妹です。」

渋い顔をした警察官は去っていった。

「助かったよ。」

振り返った時には彼女はもう歩き出していた。

「真雪ちゃん。」

「何?」

「助かったよ。」

「よかったわね。」

「うん。」

 しばらく無言で歩いていたが、彼女は突然言った。

「……で?」

「なにが?」

「何の用?」

「なんの用って……。」

「昨日もそうやって後ろ歩いていたでしょ。」

「ばれていた?」

「ばればれ。尾行、下手ね。探偵は無理ね。」

「やっぱり……。そういえば、初めてだね、お兄さんって呼んでくれたの。」

「そうしないと、マズイでしょ。つかまったら、お母さんが大変。」

「……本当に母さんのこと、大事に思っているんだ……。」

「……。」

「うれしいよ。」

「……。」

「俺は……そんなに大事にしてなかった気がするんだ。わがまま言って、悪いこともして、ひどいことも言って、それでも、ずっと俺に弁当を作りつづけてくれていた。母さんがいなくなって、迎えに来るって、手紙には書いてあったけど、本当に来てくれるか、はじめて、ずっと不安になったよ。」

「……。ユキさん……。」

「え?」

「ユキさんはね、お父さんのこと、軽蔑しなかったの。」

「お父さんって、和人さん?」

「そう。ママはいっつも、お父さんのこと怒っていた。なよなよしているとか、稼ぎが悪いとか。で、オカマやるって言ったら出て行っちゃった。」

「……そう……。」

「あたりまえだよね。自分が結婚した男性が、オカマになるって言ったら……。」

「……。」

「お父さん、オカマだけど、私のこと大事にしてくれた。」

「……そう。じゃあ、真雪ちゃんにとってはいいお父さんなんだね。」

「うん。……でも……。」

「でも?」

「お父さん、オカマで、クラブで働くから、夜でしょ?ずっと、かぎっ子だったわ。」

「……うちは、母さん、高校生になるまではって、家にいてくれたな。父さんの命令だったのかもしれないけど。」

「命令?」

「息子がぐれないようにの、監視。」

「……なるほどね。」

「納得しないでくれよ。」

「ふふふふ。うちのお父さんはサービスしてくれたよ。幼稚園の遠足とか、一緒に行ったもん。」

「へぇー。」

「その時の、他のお母さんたちの顔……。」

 真雪ちゃんは顔をしかめた。

「……。」

「小声でも聞こえていた。オカマの子よって。母親に捨てられた子よって。」

「……友達は?いなかったの?」

「いたけど、小学校に入ったら誰もいなくなった。みんな、敵よ。」

「敵……。」

「みんな、オカマの子供なんか気持ち悪いって。」

「そう……。」

「あなたもそう思う?」

「……わからない。」

だいぶ、正直な気持ちだった。

「でも、お父さんには言えなかった。心配かけたくなかった。いつも私見て、謝られるの、辛かった。」

「うん……。」

「お父さんに恋人ができたことはすぐにわかったの。わかりやすい人だし。いつも以上に私に構ってくれた。私がお父さんにとって要らない子だと思わせたくなかったんだと思う。」

「……大人な意見だね。……それで?」

「そんな時にユキさんに会ったの。」

「母さんに?」

「うん。お父さんのお店の裏方やっていた人でね、オカマの娘だって知ってもお父さんのこと、誉めてくれた。

「誉めた?」

「うん。礼儀正しい、きちんとしたお嬢さんに育てているのねって。私、うれしかった。」

「……そうなんだ……。」

「でね、お母さんって呼んでいい?って聞いたら、いいよって言ってくれたの。自分はもう息子のお母さんだから誰に呼ばれても構わないって。」

「……そっか。」

「あなたがうらやましかった。本当のお母さんで、いいなぁって思った。」

「違うよ。」

「え?」

「俺の母さんは本物じゃない。俺は本当の、母さんの子供じゃないみたいだ。最近、知ったんだけどね。」

「でも、あなたのお母さん、あなたのこと、愛している。それは本物よ。」

「君だって本当のお父さんだろ。」

「オカマだけどね。ふふ。お母さんにも心配はかけたくない。」

「そう……でも……。」

「平気だよ。今に、はじまった事じゃないもん。それに、いつか、お母さんは本当に私のお母さんになってくれるんだもん。」

「そっか。そうだよな。確かに、そうだ。うん、わかった、がんばれよ。」

「うん。お兄ちゃんもね。」

そして俺らはその日、一日たくさん話をした。

今までずっと部屋にこもっていることが多かった俺はリビングに長い時間いることが増えた。

誰も、意識的にも、無意識的にも避けなくなった。

勇次さんも和人さんも、母さんもそこにいて、俺らはけっこう笑っていた。

次の日、俺の面談には母がきた。

そしてそのまま、母と二人で真雪ちゃんを待って、三人で帰った。もちろん、俺らのことを知っている人たちは何か、言っているようだったが俺には何も聞こえなかったし、聞く気もなかった。


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