はじまりは
「とりあえずの幸せ」
今から、さかのぼること十四年前のことだ。
俺、林田 進は、当時高校入りたての十六歳だった。家は大きいわけではないが二階建てで両親は下に、俺は上でほとんど顔も合わせないような生活をしていた。
俺が中学入るよりも前から父は余り家庭をかえりみない人で外に愛人がいた。それでも世間体から離婚することなく金曜日の夜にだけ着替えを取りに帰ってくるという状態だった。母は文句も言わず、俺が中学に上がるころから週五日のパートをし始めた。
夕方新聞を配りそのままコンビニへ行き夜中働いて朝刊を配って帰ってくるというそれでも俺の弁当はあり、ワイシャツにはアイロンがかかっていた。ほとんど母と逆の生活をしていた。
その日、俺はいつものように高校の友人二人を家に招いていた。親が夜いないというのにかこつけて俺は大抵そうしていた。酒と共に。タバコは誰も吸わなかった。
トントン……突然ノックされ開けてみると母がいた。朝まで帰ってきたことのない母の出現に俺はうろたえた。
「何だよっ!」
突然の大声に母はビックリした目をしたが、すぐにこう言った。
「私、ちょっとでかけるわね。」
「勝手にいけよ。」
俺は中を見られたくない一心で何も聞かずにドアを閉めた。その日友人たちはめずらしく早々に帰っていった。いつもは次の日になってから帰っていたのに。本日中に全員がいなくなった……・。
そしてそのまま俺は寝た。
金曜の朝、といってももう昼に近かったけれども、二階から下に下りていくと弁当がなかった。ワイシャツにもアイロンがかかってなかった。俺は家のいたるところを探したが母は見つからなかった。いつも部屋はさっぱり綺麗にしているので隠れるような場所はない。
そしてようやく俺は昨日の夜、母が出かけるといっていたことを思い出した。
「どこへ行ったんだろう……・。」
とりあえず学校に行くことにした。代わりのシャツを着て。
母の弁当のない昼間は弁当を得るのにかなり苦戦しなければならないことを思い知った。その場所まで行って、おばちゃんに人ごみの中で声をかけ品物も良く見えない状態でさっさと選びお金を払って移動する。初めての俺にはかなり大変なことだった。
「普通だって。」
毎日やっている友人は平然と言っていた。あまりおいしくない弁当を食べつつ、通常通りの時間を過ごした。しかし普段ならこのまま友人たちと遊びに行くのをやめてまっすぐ帰ったのは母のことがやっぱり気になっていたからかもしれない。
「ただいまーと。」
「おい。」
急に低い声がして俺は驚いて、そっちをみると、そこには普段会いもしない父親がいた。
「なんだ、父さんか。」
「母さんはどこだ?」
「さぁ?」
「さぁ、じゃないだろう。」
「しらねーって。」
「なんだと?」
「昨日でかけるとか言っていたけど、今朝から見てないし。」
「……母さんが帰ってきたら伝えておけ。離婚はしないと。」
ププププー外から車のクラクションの音がした。父は再びでっかいトランクを持ってでかけた。
「何なんだよ……」
ぶつぶつ言いつつ、台所でお茶を飲んでいると、朝にはなかった封筒がおいてあったことに気がついた。中には手紙が入っていて、宛名は俺と父になっていた。差出人は母になっていた。
『父さんへ 離婚してください。 あなたとの生活を続ける理由がなくなりました。 進へ あなたは私の子供ではありませんが、そのうち迎えに行きますのでもう少し待っていてください。』
何度も何度も読み直し、自分の部屋に戻ってふとんを頭からかぶった。まるでこれがユメであることを願うか模様に……。しかし、夢じゃないと知るのは腹の音で目が覚めたからだろう。
起きて、再び台所に向かったがやっぱり手紙はおきっぱなしで、誰もいなかった。そして、内容も当然ながら変化していなかった。
『俺が母の子供じゃない?じゃ、誰の子供なんだ?』
俺は母に連絡を取るために、新聞屋に電話した。
「すみませんが、そちらに林田ユキはいますか?」
「林田?あ―林田さんね、あ―――彼女ならすいぶん前にやめたよ。」
「やめた?いつですか?」
「もう、二年くらいになるかなぁ……。」
「……そうですか。ありがとうございました。」
母は新聞配達の仕事はしていなかった。深夜働いていたはずのコンビニにも行ってみたが、やっぱりずいぶん前にやめていた。
家で一人というのは、普段は感じないが、わかっていると寂しくなるもので、テレビをつけ、見たくもない番組を見ながら、さっきのコンビニでついでに買った弁当を食べていた。チャイムの音で玄関まで行くが、大抵セールスで電話が鳴っても同じような状態だった。
学校で話をするには屋上にかぎると、思う。昼ご飯で、話す会話だろうかと思いつつ……。
「なぁ、玲、おまえ、親が離婚って言ったらどうする?」
そこにいた友人たち三人の一人、坂本 玲に聞いてみた。
「うち、もう、しているんだけど。」
「あれ?そうだっけ?誰かしてない奴は?」
「いや、離婚、してないところのほうが多いから!」
浩介はあっさり、突っ込んだ。
「俺のところは、してないぞ。」
「隆史、おまえだったらどーする?」
「それは……どっちについていくかってことか?」
「うーん……まぁ、そうかな……・。」
「母親。」
「あっさりした意見だな!」
浩介が食いついた。
「だって、親父、ご飯作れねーもん!」
「そんな理由かよ!」
「……だってさぁ、仲が悪いとかなら考えるけど、そうじゃないから想像できないな。なに、おまえのとこ、離婚するのか?」
隆史は、おそるおそるということもなく、あっさり聞いた。これも、友人としての付き合いの長さから来るモノだろう。
「……たぶん。」
「で、どっちについていくんだ?」
ついていくといっても、今は母はいないし、父はいないも当然だし。
「……うーん……。考え中。玲はどっちといるんだ?」
「母親。」
「やっぱり、めしだよな?」
隆史は、ご飯が一番の優先のようだ。
「お前じゃないんだから!」
「うちの場合は、父が愛人を作って出て行ったからなぁ……。」
「俺のところは、俺の記憶にあるときから愛人いるのに、出て行かないな……。」
「お前のところの、おふくろさん、耐える女だな……。俺の母親は、さっさと紙に印押したけどな。」
「で、限界で離婚か?」
「……さぁ?」
「さぁって……。」
「なんせ、急な話でねぇ……どーもなぁ……。」
俺は頭をかいた。
「はっきりしないやつだ。」
「普通迷うよ。」
「……ま、いざとなったら一人暮らしだな、お前のところは金があるだろうが。」
玲は冷静にそう言いきった。
「そーゆー問題なのか?」
「金は大事だ。」
「確かに。」
「うーーーーん……ひとりねぇ……。今は、ほとんど毎日、一人だけどさー、母親が消えたら、父親と住む?毎日?一緒に?想像できない……。やったことないからなぁ……そんな生活。」
「慣れだろう。」
「そうか!?」
「あ、あと三分でチャイム―。」
「走れ!」
そして、土日に遊びに行くのも断り、友人たちもまた、何かを察したのか遊びにこなかった。
そんな、月曜日の朝のことだった。玄関のほうで鍵を使う音がして、俺は玄関で行くとそこには知らない男性が二人立っていた。
「もしかして、進君かい?いたのか……。」
「おじさんたち、誰?」
「う。……おじさん……。」
どうやら、おじさん扱いされたのがちょっと傷ついたのか、一人が言い直した。
「お兄さんたちは、あなたのお母さんに頼まれて、荷物を取りに来たんだ。」
どうも、口調が気になる。
「母の……母はどこにいるんですか?」
俺は彼にくってかかった。
「君には、まだ言うなと言われている。」
「なんで!?」
「別にいいだろう、君にユキさんは必要ない。」
「な……。」
「君はもう、十六歳を過ぎたし、義務教育はすんだ。母親がいなくても大丈夫だろう?」
「……あんた、母さんのなんなんだ?」
「フム……ファン?というか、しかし、ちかって恋人ではない。」
俺は無意識に彼につかみかかっていた。
「なんでもいいから、母さん返せよ!どこにいるんだ?」
「大丈夫、傷一つつけるようなことはしていない、我々は、誘拐犯ではない。手紙もあっただろう?」
「そ、それは……でも、聞きたいことが!」
「まだですかーーー?」
外にいた、若い人達が、五、六人待っていた。
「ああ、はじめてくれ。」
「しつれーしまーす。」
すると、彼らは勝手に部屋に上がり込み、あれこれ、母の物を詰め込みはじめた。
「何、するんだよ!」
とめようとしたが、がたいのいいほうが俺を捕まえていた。
「離せよ!」
殴ろうとしたが、おにーさんだと強調したほうが先に俺の腹を殴っていた。殴られることはめったになかったので、あまりに効いて、うずくまってしまった。
「どうする?」
「んー、邪魔させないように縛る。」
「まじめに考えてよ!仮にもユキさんの息子よ!」
「しかし、本当の子供じゃないんだろう?」
「けど、ユキさん、引き取るみたいだし……今はねー……無理だけどさ。」
「そーか、うーん……。」
「だ、だれだよ、あんたたち……。」
「あら、すごい。私のパンチで気を失ってなかったのね。腕力、おちたのかしら?」
「それはないと思う。」
がたいのいい男は真顔で反論していたようだ。
「ユキさんの息子、昔、空手やらせていたって言っていたからねー。父親の命令だったみたいだけど。」
「それでか……なるほど。」
たしかに、昔、少々やってはいたが、小学校六年の頃には勝手にやめていた。やめてなきゃよかった!
そんなことを考えているうちに荷物は次々と出て行った。
「そうそう、あなたのお母さん、ユキさんから伝言と言うか、メモがあるわよ。本当は机の上にでも置いておく予定だったんだけど……・せっかく会えたし、渡しておくわね。」と、目の前に置かれた。
「母さんは……。」
「大丈夫よ、そのうちあんたを引き取りに来るから。」
「そう、それまで、待っていることだね。」
「終わりましたー。」
業者の声は言った。
「さすが、仕事が速いわねぇ……。」
「ユキさんの整頓のよさも一つの要因だろう。」
「そーねー。」
「じゃ、進君、もうしばらく、まっていてくれたまえ。また会おう。」
「またねー。」
「ま……待て……。」
俺の言葉は完全に無視され、彼らは車で去っていった。
俺は目の前に置かれた手紙を握り締め、体をどーにか起こして、二階まで上がりそのまま倒れこんだ。
やっぱり朝は腹の音で目が覚めた。殴られたところはまだいたむが、そうも言っていられない。手紙を見てみると、書かれているのは一言だけだった。『さくら学園』とだけ。
俺はインターネットでそれを引いてみた。すると、親のいない子供や、なにかの事情で預けられた子供たちのいる施設だと知った。俺は、とりあえず、財布と携帯を持ってでかけることにした。
夕方前についたその場所は、すごく古めかしいのかと思いきや、そうでもなかった。そこを訪ね、母がここのことを手紙に書いていった事を話すと、つい最近、母はここへ俺のことを聞きに来たそうだ。
そこの園長はどうやら、俺のことを覚えていたようだ。
「こんなに大きくなって。」
彼女は涙ぐんでいたが、俺に記憶はない。
「あなたはねー、まだ、赤ん坊だったわ。それを子供がいないからって林田夫妻が引き取っていったの。」
「あの……いや、俺の本当の母と父は?」
「……お父さんはわからないわ。あなたの本当のお母さんしか知らないことだわ。でも、あなたを生んだあと彼女は、精神がおかしくなってしまって病院に入ることになってしまって。あなたを育てられず、私に個人的に預けていったの。」
「……そうですか。」
「たぶん、ユキさんが向かっているんじゃないかしら?その病院へ。」
「え……母がですか?え、なんで?」
「本当のお母さんから正式なあなたの母親になれるようにと……。つい最近、ここげ相談しに来たのよ。」
「できるんですか?」
「……詳しいことは私にもわからないの。でも、あなたを本当の母親が認知して、その親権を彼女に渡せばいいんじゃないかしら?」
「どこにあるんですか?その病院。」
「あなたのお母さんから口止めされているわ。」
ちょっと考え込んでから聞いた。
「どっちの母ですか?」
「ユキさんよ。」
「どうして……。」
「生みの母親はまだ居場所がはっきりしていないからって。育てのユキさんは自分があの子の母親だからって。」
「母さん……。」
「だから、あなたは待っていて?ユキさんがあなたを迎えに行くのを……。」
「……ハイ。」
家に戻った時にはすでに真っ暗だった。当然、家に灯りはなく、そして母の家具やら何やらが持ち出されている分、部屋はガランとして見えた。
自分でご飯を作ったことがないので、三分でできるラーメンで済ませた。
携帯には友人からメールが来ていた。今日、何も言わずに休んだからだろう。『明日は行く。』
そう返信して寝た。何も考えないようにして……。そして、また金曜がやってきた。
俺は朝から父を待っていて、友人にはちゃんと休むとメールしておいた。こうしておくと、友人から先生のほうへ休みですと伝わる……。持つべきモノは友人たちだ。
ガチャ。玄関が開いた。
「お帰り、父さん。」
「なんだ、まだいたのか、母さんは?」
「俺の本当の母親に会いに行っているらしいよ。」
「……。」
父は少し眉を動かした。俺がぶつけてみた結果がこれだ。父は無言で上がりこみ、部屋を見てびっくりしたように言った。
「どうしたんだ、これは?」
「母さんの荷物なら、この間の月曜に見たことない二人組が母さんに頼まれたからって、持っていったよ。」
「どこに?」
「しらね―よ……。」
父はしばらく呆然としていたが、しかし、ふと我に戻り、再び服を取り替え始めた。
「父さん、俺は、どこの子?」
「……。」
父は何も言わずにもくもくと新しい服をつめていた。俺は言った。
「ここで、彼女と住めば?」
父の動きはふと止まったが、またすぐに動き出して、一週間分の荷物をつめ終わり、去ろうという時に一言言った。
「お前は私の子だ。」
「とお……。」
話しかける間もなく、ドアは閉められた。
そして、車の音が去り、また静かになった。
それから、母がいないこと以外は何も変わらずに二週間は完全に過ぎた、ある日のこと。
チャイムが鳴った。
出てみると、そこにいたのは母の荷物を持っていき、ついでに俺を殴ったやつがまた二人でいた。
「おまたせー。うちにきてもらう準備ができたから、とりあえず荷物まとめて。」
また、どこかの会社の運輸関係の人達が来ていた。どうやら、俺の荷物まで運び出すようだ。
「どこへ行くんですか?」
「お母さんの、ユキさんのところよ。」
「……会えるんですか?」
「あたりまでしょ。息子なんだから。だから、早く荷物、まとめてよ。」
俺は自分の荷物を適当に詰めて車に乗った。それから、一時間も走っただろうか、いままでのうちとは比べ物にならないほどに大きな家の前で止まった。
「ユキさーーーーん。」
車は止まり、ばたばた音がすると母が出てきて、俺を抱きしめた。
「母さん……。」
俺には何て言ったらいいのか、言葉が見つからなかった。
「ごめんね……。」
母はひたすら泣いてあやまっているばかりだ。俺がふと見ると、少女がそこにいた。
「お母さん、荷物、運ばないと。」
彼女は俺の方を冷ややかに見つめて、母に向けてそう言った。
「ああ、そうね。あ、紹介するわ。和人さんの娘さんで真雪ちゃんよ。」
「和人さんって誰?」
「ああ、あのねぇ……。」
「お母さん、自己紹介はあとでいいよ。それより荷物−。」
少女は、母を引っ張って、なおかつ俺をにらみつけていってしまった。
「なんだよ、あれ……。」
「すみません、荷物運ぶので……。」
「あ、ハイ。」
業者の人がそっと声をかけてきた。遠慮をしていたようだ。彼らはどこに運ぶのか分っているようで、さくさく作業をしていった。
玄関にいるのは邪魔だったらしい。荷おろしを手伝っていた彼は言った。
「あの子、私の娘なの。」
「あなたの?」
「あ、私、和人―よろしくー。」
「どうも……。」
よくわかってない、自分がぼんやりといた。
よくわかっていないまま、大きな部屋があてがわれ、やっと落ち着いたのは夕方になっていた。
「夕食よぉー。」
とりあえず、声のするほうに集まってみた。するとそこには、母と、少女と、男性の二人がいた。
一人の男性が言った。
「俺が佐藤勇次。君のお母さんに、そして彼が山上和人、と、そのお嬢さんの真雪ちゃんだ。」
「林田進です。……母さん、一体?」
「あのね、私、ずっと離婚を考えていたんだけど、別にする理由もなかったから、だから、しなかったの。でも、今度ね、この佐藤さんと結婚しようかと思って……。」
「え……・¥えーーーーー?」
「大きいな声出さないで。」
少女はしかめっ面をした。
「再婚ってこと?」
「まだ、お父さんと離婚してないから……それに女性は半年たたないと再婚はできないけれど……。あ、でもね、佐藤さんの恋人は和人さんよ?」
「……は!?」
我ながらすっとんきょうな声が出た。これだけの母の言葉で理解できる頭があるのだろうか?
「でね、真雪ちゃんはあんたの、妹になるの。」
「…はぁ???」
どんなに難しい数学の問題より俺には理解不能に陥っていた。
「ダメよ、お母さん、全然わかってないわ、この人。」
「そりゃー、一度に言うからよー」
勇次が手を挙げた。
「わかった、俺が説明しよう」
「……ハイ。」
「俺は、女性に興味がない。」
彼は率直に言った。
「……はぁ……。」
「しかし、世間体的に妻がいないと言うのはかなり苦しいんだ。」
「……はぁ……。」
「日本社会に限らず、妻のいない者は一人前と認めてもらえないし……その、自分でいうのもなんだが、私はかなりの重役クラスにいる。」
「はぁ。」
他に何が言えるだろう。
「しかし、俺が愛しているのは、この和人、一人だ。しかし、君のお母さんにあって彼女なら信じてもいいと思った。だから、本当のことを話した。そして考えができあがった。」
俺には、なぜか、嫌な予感がした。しかし、聞かずにはいられないだろう。
「……どんな考えですか?」
「君のお母さんに俺の妻をやってもらおうと。」
「え……ええええええええ……!!!ま、まってください?愛しているのは、和人さんだけだと言いませんでしたか?」
「言ったが、妻も必要なんだ。」
「で、でも、なんで、俺の母が?!」
「人として信じられると思ったからだ。」
「……。」
俺の思考回路はほとんど、真っ白に近くなっていた……。
「でー、あたしは、一度は女性と結婚したんだけど、ダメだってことに気がついて、奥さんは真雪を置いて他の男と出て行っちゃって。そのあと、雄二さんとユキさんに会ったの。」
もう一人の和人が言った。俺は聞いてみた。
「あの……母とは……どこで?」
「あ、私ね、新聞のほう、やめて、パブにいたの。」
母はか細い声で言った。
「パ、パブ……母さんが……。」
頭がくらくらしてきた。
「ちょっと、古い言い方しないでよ、クラブって言って。安心してよ、オカマのクラブよ。」
「え……え……?」
「だって、お父さんのお給料、ほとんど、彼女のほうに行っちゃうから、私の分やあなたの分がないし、あんたも大きくなってきたから、私も外に出て働こうと思って。」
「だからって、なんでオカマのパブなんか……。」
「ちょっと!クラブよ、失礼ね!なんかって何よ!」
「いや、あの……で、でも、えーと……。」
なんというべきか。
「お父さん、世間というのはそーいうもんなの。」
ずっと聞いていた少女は、あっさりといった。
「真雪、つーめーたーいーーーー。」
「あ、でね、彼女は和人さんの娘さんの真雪ちゃん、十一歳なんだけど、しっかりしているのよ。」
「十一……。」
「それで、お母さんの子供になるのよね。」
彼女は、俺の母に向かってにっこりと笑った。
「そうよ。」
「え……母さんの子になるって……え、和人さんの娘だよね?母さんの、再婚相手は佐藤さんで、なんで、真雪ちゃんが、母さんの子になるのさ?」
頭の中で整頓してみたが、合っているはずだ。
「そうよ、私は佐藤家の養女になるの。」
「養女……。」
「そうなの。そうすれば、真雪ちゃんが勇次さんと私の娘さんにもなるし、財産だって残せるし、片親だって言われることもないし……」
「ちょ、ちょっと、まってよ。……なんで、なんで母さんが、そんなことしなくちゃならないんだよ。」
「進……。」
「別に、父さんとの離婚だけでいいじゃん、なにもわざわざ、再婚して肩書きだけの妻なんかやらなくたって……いいじゃんか。」
「わからないかな?」
「え?」
「君のお父さんが、大きな理由もなくすぐに離婚すると思うかい?」
「それは……。」
しないだろう。世間体をなによりも気にする男だ。
「そう、私は今、君の父親の今までの噂、不倫、不祥事、離婚材料になりそうなもの、すべて調査中だ。そして、いつでも戦う。」
「佐藤さん……。」
母は、感謝しているかのようにさえも見えた。俺は聞いた。
「……なんで、俺を呼んだのさ?」
「進?」
「新しい、家族を持って、子供もいて、別に俺は要らないじゃん!」
「金が入る。」
佐藤氏はきっぱりと言った。どうも、こういう性格らしい。
「……は?」
「君が父親の元にいたいと言うのなら、それも構わない。」
「佐藤さん……。」
「しかし、ここで、お母さんと暮らし、私の子供になれば、私は死んだときに、私の財産の四分の一が君に行く。」
「四分の一?」
「君のお母さんに半分と、真雪と君で半分だ。」
「……え、和人さんは?」
「あたしは断ったの。この人と一緒になるって決めた時に。私は自分でも稼いでいるし、真雪が苦労しさえしなければ……。」
「はっきり言って、つまらない額じゃないよ。と、いうわけで、せめて、一ヶ月は共に過ごしてくれないか?それから結論を出しても遅くはないだろう。」
「……。」
次の日。
日曜日、男二人はラブラブで、母は真雪ちゃんに独占され、俺は一人で部屋の片付けに追われていた。そして、変な生活がスタートした。
月曜日、今まで、聞いたことがないくらいの大声が部屋まで聞こえた。
「朝よぉー!!!!ご飯よぉ――。」
母のこれだけ張り切った声を聞いたのはいつのことだったか、忘れていたほど久しぶりに聞いた。
そして、全員が集まり、朝食。母は一応妻として、勇次さんを見送った。
夜の仕事から戻った状態の和人さんには夕食だったようで、そのまま寝てしまった。
真雪ちゃんはのんびりできるらしいが、俺には学校が遠くなってしまったので早めに家を出るはめになった。それでも、ワイシャツにはアイロンがかかり、弁当もあった。




