高通用系主脈 その一
御苑家の馬車隊とともに、一族の荘園へと戻った。
荘園に入った秉核は、その豪華絢爛たる贅沢さに目を見張った。もちろん、優雅な庭園芸術に秉核が興味を引かれたのは五分と続かない。
すぐに退屈そうな顔になった。
もし百歳の老人の心境なら、これほど精巧で美しい荘園を前にして、自然とその中で安らぐことができただろう。
しかし今の秉核は、百歳の老人ではない。若く、青春に満ち、澎湃たる活力をたたえた秉核にとって、この精巧な庭園はどこか窮屈だった。
何かを壊してしまいそうで、身動きがとれない気がした。
……
一時間後。
夕暮れ時。
真っ白な陶器の浴槽に湯気が立ち込める中、秉核は温かい湯に心地よく浸かっていた。
秉核は鋏を手に取り、少しずつ自分の髪を切り整えていった。鏡面反射の術のおかげで、秉核は自分の顔をはっきりと見ることができた。
ちょきちょきと鋏を入れ、自分を恥ずかしい思いにさせた長い髪を切り落としていく。
十分後、ずいぶん短くなった自分の髪を引っ張りながら、秉核は鏡面術に映る自分を見た。
満足そうにうなずく。
秉核が浴槽から腕を上げると、水滴が液体の水晶のようにざあざあと腕を伝って落ちた。秉核の視線は、左手首のブレスレットに注がれる。
この金属製の柔らかな輪(機械式時計の金属バンドに似ている)には、今では多くの傷がついていた。
帝都から逃げ出して以来、秉核はずっと何気なく手首に着け続けていた。
皇帝陛下から直々に賜ったこのブレスレットは、帝都の貴族たちにとって重大な意味を持つ約束だった。
これを授かった貴族は、将来を非常に有望視される。
聖ソーク帝国では、皇室の勅令ひとつが地方の一族の興隆と衰退を左右する。(注。銃焰家は職務を全うする限り、皇室を含むいかなる勢力にも気まぐれな弾圧を受けないことを保証されている。これは銃焰家が完全に大貴族の域に達している証である。)
一般的な子爵や男爵の家系は、皇帝の寵愛を求めても得られず、ただ皇帝の怒りを恐れて震えている。
……
現在、逃亡中の秉核がこの純プラチナ製のブレスレットを常に身に着けているのは、|聖ソーク皇帝《聖ソークコウテイ》の偉大さを偲んでいるからではない。
それは、人生初の試練で優勝という成績を収めたあとの、意気揚々とした気分を思い出すためである。
もちろん秉核は、放浪の途中で資金が尽きたら、この品を質屋に持ち込めば多少はしのげるだろうと考えていた。(注。銃焰伯爵様が秉核のこの考えを知ったら、きっと痛い目に遭わせて秉核の「間違い」を正すことだろう。)
そして今、秉核はこのブレスレットを数秒見つめた。
思わず、二時間前のことを思い出していた。
自分が綺絢に出会ったとき、綺絢がこの品に示した、あの興味の眼差しを。
……
そう考えると。
秉核の心に、緊張と淡い恐怖がよぎった。今の秉核が最も恐れているのは、帝国憲兵に捕まって連れ戻されることだった。
捕まっても死ぬわけではないと分かっていても、とにかく戻りたくないのだ。
これは、試験の結果が悪くて家に帰る勇気が出ない、冬休みの宿題が真っ白で学校へ行く勇気が出ない地球の学生と同じ状況だ。
——どちらも死ぬわけではない。ただ勇気がないだけだ。
……
秉核は憂鬱な気分で額をこすりながら、浴槽から上がった。
白い布で、体の水滴を拭き取る。
その後、御苑家から届けられた服を着た。
袖口をきちんと結び、金属製のリストバンドを袖の中に隠した。
……
この時
一方その頃。
御苑家の大広間では、一族そろっての夕食会が始まっていた。(注。秉核は身元不明の食客に過ぎず、格式を重んじる御苑家がこんな正式な場で彼をもてなすことはない。だからこの場に秉核はいない。)
花、ミルク、絹のテーブルクロス、赤い絨毯。クリスタルガラスのボウル。さまざまな磁器。
使用人さえも上質な起毛布の服をまとい、両側に並んで立っている。
これが御苑家の晩餐会だ。
御苑家は毎日、このような正式な晩餐会を開く。
生産力が、蒸気動力の時代へと入り始めた頃。
田園貴族の生活水準は大きく向上し、その贅沢さは蒸気時代以前の皇室の生活と、ほとんど変わらないほどだった。
これとは対照的に、工業都市の貴族たちの暮らしは、こうした田園貴族の贅沢には及ばなかった。例えば聖ソークの皇室は、天体塔の最上階三層に住んでいた。
その三階層に必要な使用人は、限られていた。
帝国各地の工業貴族や大軍功貴族にとって、工業都市内の各工業区の運営を維持するため、この巨大な体系を制御することが第一の目的だった。
したがって、一族の重要な成員は、工場や警備部門といった要所の責任者として、長期間働くことになる。
こうした貴族の子弟は普段、自分の作業区域で寝食を済ませている。一族の重要人物が長期間そろうことはない。
重要人物たちが普段出席できないため、こうした格式高い晩餐会も開けない。例えば銃焰家では、やや正式な晩餐会となれば月に一度ほどである。
要するに、田園貴族の仕事量はまだ少なすぎる。
だからこそ、こうした贅沢な消費により多くの精力を注げる。
もちろん、消費がある限度を超えれば、精力の消耗は人を悩ませるほどになる。
今の食器の配置、料理の取り合わせの作法。
楽曲と環境の調和。
これは、帝都の権力貴族なら正式な宴席でしか用いないような作法を、田園貴族たちが日常生活のなかで厳格に守っていることを示していた。
……
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