人を叩く;『借金』;見た目で人を量る畜生 その四
秉核の手首には、皇帝から賜った腕輪がついていた。それが天体塔の通行証だと綺絢は知らなかった。だが、そこに刻まれた紋様には見覚えがあった。
御園家の内部密室にあるものと同じ紋様なのだ。
綺絢は、これが皇室に関わるものだと知っていた。
だから彼女には、少し思うところがあった。
……
しかし秉核は、綺絢のその考えに気づかなかった。
秉核は、目の前の貴族少女が腕輪に気づいたことを悟り、動揺した。
極度の緊張と躊躇のなかにあった。
秉核は表面は何気ない様子でいたが、目の前の少女を観察していた。この娘が「銃焰」という言葉を口にしようものなら、すぐに拘束して、新たな逃亡を始めるつもりだった。
秉核はこの時、二ヶ月前の状況を冷静に思い返していた。
あれは過剰反応だったと気づいてはいたが、それでも戻るつもりはなかった。
冗談じゃない!たとえ誤解だとしても、秉核は逃亡中に実際、大きな問題を起こしたことを自覚していた。
十分な資本を得るまでは、遠くへ逃げ続ける必要があると考えていたのだ。
……
この『小貴族』の女性は何も言わなかった。(秉核の考えでは、銃焰家より小さな貴族は、すべて小貴族である。)
これで秉核はほっとした。心のなかでつぶやく。
「彼女はただ好奇心からで、この腕輪を知っているわけではない。そうだ、これほどの小貴族に皇室の事情を知る由もない」
――たった五十キロ離れているだけで、御園家は帝国大貴族の噂話に介入する資格などないのだ。
綺絢の笑顔に、秉核も笑顔を返した。その笑顔に、綺絢は思わず一瞬たじろいだ。
綺絢は家来たちに命じた。「融鋼に、ええと、融鋼様に馬を一頭譲りなさい」
馬の隊列からすぐに馬を引いてくる者が現れた。
秉核は礼を述べると、馬の方へ歩み寄った。
秉核は馬を見た。
毛並みはつややかで、筋肉はくっきりと浮き、馬体はよく肥えている。
骨格も大きく、明らかに美しい馬だった。
こうした軍馬は高級品である。
しかし秉核が近づいていくと、突然、馬の目が瞬いた。ひどく人間くさい軽蔑の色を浮かべたように見えた。秉核が半メートル以内に近づくと、馬は暴れ出し、尻を向けて後ろ脚で秉核を蹴ろうとした。
なぜ蹴ったのか。理由は単純で、動物にもえこひいきがある。秉核がボロボロの服を着て背も高くないのを見て、即座にこう反応したのだ。
御苑家が飼う馬は個性的で、ぼろきれのような格好で乗ろうとすれば、当然気性を見せるだろう。
しかし秉核はさっと脇へ飛び退いた。馬の蹄が落ちるより早かった。
秉核は素早く馬の前脚へ回り込み、先手を取ってその前脚を蹴りつけた。
ガシャンという音とともに、人を蹴ろうと力んでバランスを崩していた畜生は地面に倒れ、豚を屠るような悲鳴を上げた。
四本の脚をばたつかせながら、まるで野狼に囲まれたかのように暴れた。
だが数秒後、素早く立ち上がると、今度は逃げ出そうとした。
そしてその背中に、あの小柄な人間が再び飛び乗ってきたことに気づく。
……
馬の背に飛び乗ると、秉核は両足で馬をしっかり挟み込み、手綱を引いて、これ以上暴れないよう抑え込んだ。秉核は馬に乗るのが好きではなかった。
馬より、おとなしくて怒らない機械車の方が好きだった。
だが、自分に牙をむく相手なら、この畜生をきちんと懲らしめてやらねばならないと思った。
背中に人が乗ったと気づいた馬は、すぐにしゃがみ込み、転がって秉核を振り落とそうとした。だが、馬がしゃがんだ瞬間、秉核は素早く飛び降り、今度は馬の頭に飛び乗って口元を蹴った。一蹴りしたあと、馬が噛みつこうとしたところで、秉核はすばやく脇へ身をかわした。
そして馬の運命を握るたてがみをつかみ、地面へ引きずり下ろして転倒させた。
馬は何度か立ち上がろうとしたが、頭をつかまれているためにバランスを崩し、また倒れた。
秉核の小さな体は、一瞬の爆発力が驚くほどだった。
しかも力加減が極めて正確で、馬の抵抗を毎回効果的に封じた。
二分間の騒動のあと、馬は抵抗をやめて運命を受け入れた。
仰向けに転がり、四本の脚を曲げて腹を見せた。
馬が従順になったのを見て、秉核はようやく馬を起こした。
懸命に、正しい姿勢へ戻そうとする。
再び立ち上がった馬は、蹄で地面を数回叩いたあと、すぐに首を曲げて秉核に近寄り、媚びるように頭を秉核の手にこすりつけた。
さきほどの頑固なロバのような姿とは、まるで違っていた。
……
この一連の出来事のなかで、御苑家の人々は最初こそ、馬が人を蹴ろうとしたときは止めようとしたが、秉核が押し始めるとすぐに傍へ退き、見物しながら声援を送った。
人間と動物の戦いを見物することは、必ずしも侮辱にはならない。馬は人類にとって特別な性質と役割を持つ動物だからだ。秉核がこの暴れ馬を完全に制圧すると、周囲の人々は惜しみない拍手を送った。
……
綺絢が近づいてきて言った。
「申し訳ありません、こんな事態になるとは思い至りませんでした」
秉核は答えた。
「こんな予想外のサプライズは、誰にも予測できませんよ」
表面上の会話はこうだったが、二人の心のなかでは別の言葉が交わされていた。
綺絢は秉核を見ながら、心のなかで思った。
「兵士職の上級者?こんなに若くして?皇室の嫡流なのか?」
秉核は汗を拭いながら、内心でまたがっている馬を罵った。
「媚びへつらう奴め、お前はわざわざ奴らに派遣されて、俺を試してるんじゃないだろうな?」




