野良育ち その一
蒸気暦千二十五年七月末。
帝都、天体塔最上階の皇室居所。
机に向かう皇帝陛下の眉間に、深い皺が寄っていた。
駅の事件から、ちょうど一ヶ月が過ぎていた。
銃焰家の少年は、まるで蒸発したかのように姿を消した。皇帝陛下みずからが再三催促した。帝国が銃焰家を監視する秘密の経路まで動員した。だが、その小僧がどこにいるのかは皆目分からなかった。(皇帝は、秉核がこっそり家に帰ったのではないかと疑っていた)
皇帝は天体塔のガラス窓まで歩み寄った。窓越しに、帝国の帝都と、それを支える広大な国土を見下ろした。彼の顔には、不可解な歪みが浮かんだ。やがてこの年老いた皇帝は、呆れ返ったような口調で言った。「この世代の銃焰の若者は、みんな才能があるな」
(注。十年前は線路に寝転び、今日は飛び降りて失踪した。機械制御者のタネがこんな無茶苦茶な形で失われるとは、皇帝もさすがにやり切れない様子だ。)
……
そのころ、帝都の南西五十~六十キロの地点で。夜の帳の中、秉核は夜遊びに興じていた。
「パチパチ」と泥の上を歩く秉核。足の裏と脚には泥がべっとりと付いていた。白い肌は、細かい小麦粉を混ぜた泥漿を塗った磁器のよう。蚊に刺されて日焼けし茶色くなった田舎の子供たちの肌とは、まるで違っていた。しかし今の銃焰秉核は、走り、木に登り、水に入るのがひどく上手かった。貴族の教育を受けた痕跡など、どこにも見当たらない。——秉核は野生に狂っていた。
秉核の言葉を借りれば、ここの空気はきれいで、川には魚やエビがたくさんいる。生活の質は最高だ。
もちろん秉核は、田舎暮らしを楽しんでいるだけではない。
新しい魔法法脈体系の開発も、まったく遅れてはいなかった。
むしろ法脈体系の進展は、これまでにない速さで進んでいた。
……
田舎では、空気が新鮮なだけでなく、さまざまな虫も飛び交っていた。しかしこのとき、それらの虫は秉核に近づこうとしなかった。秉核の体は汗びっしょりだったが、蚊の一匹も寄り付かず、刺された痕も一つもなかった。
まるでサウナ室にいるかのように、赤らんでいた。
虫除けの術。ごく単純な魔法である。蚊の脅威に迫られ、秉核は全身に音波探知の法脈構造を張り巡らせた。
音波定位術の変種で、原理は音波を高周波の超音波に調整することにある。全身の表皮では、六百七十四箇所の法脈構造が放射していた。秉核が望めば、指を水に浸して最大出力の超音波を発動させる。
すると水面には、超音波に粉砕された白い水霧さえ立ち上る(加湿器の原理と同じだ)。
水中の皮膚表面となれば、大きな粒子はすべて弾き返される。草の切れ端やヒル、口器を持つ水生生物などは、秉核の皮膚に近づいた途端、突然強まる振動を受けて付着できなくなる。だから秉核の脚に付くのは細かい泥漿ばかり。
大きな粒子は、付いていなかった。
……
秉核は皮膚からの音波の放出と感知によって、夜の闇の中でも三十メートル範囲内の静止した目標や低速の目標、昆虫や飛ぶ虫を鋭く察知していた。草の上の虫や水中の魚が秉核からどれだけ離れているかも、秉核は感知して大まかに把握していた。このコウモリのような夜間感知は、秉核が夜に持つ唯一の感知手段ではない。
彼はスペクトル視覚も開いていた。その目は、百メートル範囲内のものをすべてはっきりと見分けることができた。
聡明な秉核は、慣れた足取りで白琳湿地帯へ潜入していった。
ここ数ヶ月、一度ならず訪れているのは明らかだった。
……
注。御園家が厳しく禁じていなければ、秉核がこれほど頻繁に湿地帯を訪れることはなかっただろう。だが御園家は禁じはしたものの、秉核を止める力はなかった。
逆に秉核は、妙に試してみたくなった。
これは一種の反抗的な思考である。
秉核
「私にとって、目の見えない連中が今さら禁域を定めたところで、私が侵したからってどうするというのだ?ふふ、秋にひとつ火を放ったらどうなるだろう?」
見渡す限りの湿地が秉核の眼前に広がると、ふと「ここは今、私のものだ」という豪放な感情が湧き上がった。
脳裏には自然と、「ここで好き放題にやってやる」という考えが浮かんだ。
この湿地帯では、昼間は御苑家の戦鷹が二十四時間、偵察を行っていた。
ここを厳重に見張り、誰も入れさせなかった。
そして夜になった今、それらの飛行監視員はすっかり帰還していた。広大な牧草地帯には見張りの目がなく、秉核が何をしているのか、他の者は誰も知らなかった。
……
このとき秉核は、二ヶ月にわたる法脈開発を経て、体内の法脈を、自ら原始的に創造した法脈によって中位職業へと育て上げていた。
帝国では、下位職業者の数は少なくない。帝国軍では五十人に一人という密度に達している。
だが、中位職業者はごく少ない。騎士は五百人に一人、医牧師は三千人に一人。
機械制御者に至っては、軍隊にはほとんどいない。いくつかの大名家の重工業地帯でも、二千人に一人の割合である。
(帝国の重工業人口は、帝国人口の一パーセントにも満たない。)
……
中位職業の目印は、複数の新魔法を同時に展開できることにある。
ただし、中位職業がどのタイプに属するかは、どのスキルポイントを割り振ったか(どの新魔法が使えるか)によって決まる。
機械制御者の目印は、分光視覚術、熱伝導術、物質分離。注。この三つの術法のほかに、大陸の高等機械師の家系はそれぞれ難易度の高い製造系術法を専門としている。たとえば輕鈞家の高級金属分析術、オーカ帝国塔視家の擬態触媒術などである。
騎士の目印は、神経活性化、筋力蓄積、骨格靭性化、動体視力、反射回避。
これら複数の魔法を同時に使用し、一時間以上維持できることである。
照準者マーク(射手に対応する中位魔法)は、動体視力、立体視覚、骨格凝定術(大部分の骨格関節が突然かみ合って安定する)、高感度バランス術(銃口や砲口の動きが滑らかでない)。
そして現在、秉核の法脈上の魔法の種類の配置は、上述した三大中位職業とはまったく異なっている。
厳密に分類するなら探検者というジャンルに近く、このジャンルは非常にマイナーだが、傭兵協会ではよく見かける。
秉核は探検者に近いだけで、正統な探検者の基準に従っているわけではなく、自由な装備選択に属していた。探検者なら少なくとも造糧術を習得しているはずだが、秉核は今のところ、ちょうどこれを学んでいなかった。
造糧術とは、多糖類の繊維質(乾燥木材)を、鉄鍋で熱するなどの補助条件下で、小分子の糖類、すなわちデンプン、蔗糖、ブドウ糖へと水解させる術である。
……
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