輸送機械と権利の配分 その一
帝国軍事学院で、暴走した公女が裏切り者を探し回っていた――そのころ。
嵐が迫っていることなど、秉核はまったく気づいていなかった。下町の「小さな商売」に気を揉んでいた。
新手機械店の支店が開かれた。
帝都の傭兵協会本部の正面に位置する店だった。
自転車店とガス発生器式自動車の整備店を兼ねたその店には、毎日多くの客が出入りしていた。
隣の傭兵会館は、ひどく閑散とした雰囲気になっていた。
自転車修理店で働くのは、すべて下町から募った若者たち。毎朝五時、秉核は自分より少し年上の労働者たちに、この最も単純な自転車の分解方法を直接教えていた。
分解の過程で手は当然油まみれで、貴族の優雅さのかけらも見られなかった。
集められた若者たちは機械工でもなく、文字もほとんど読めなかった。
だが頭の回転は速く、自転車の部品交換を覚えるのも早かった。
秉核が支払う実習給与は、月五リラ。
出来高給は修理した自転車の数に連動し、繁忙期なら二十リラを稼ぐこともできた。
自転車部品は、秉核が専用工場を建てて供給した。生産基準も秉核が策定。生産を担う工場には、機械学院の同級生たちが共同で出資していた。この時点で秉核が協力を得られた相手は、第三グループの同級生だけではなかった。
軍納品の請負工場の運営で副収入を稼ぎ、その利益を協力者に道理にかなった形で分配する。
そんな「稼ぎやすくて気前が良い」という評判は、帝都の機械学院の学生たちの間で広く知れ渡っていた。
……
ベアリングなどの精密部品の製造工程は、機械院の数名の学生が担っていた。
技術者にしかできない仕事は、重要な技術者だけが担当すればよい。
組立のような低技術で労働集約的な工程なら、下町に大量の労働力がある。秉核の考えでは、貴族のうぬぼれた気取った態度を捨て、手取り足取り教え、誠実で道理にかなった方法で彼らを組織立てて管理する。
そうすれば、機械技師の膨大な時間を節約し、煩雑で技術含量の低い工程を処理できる。
機械技師が自転車を作る! この時代では、かなり風変わりな発想だった。だが秉核の現代人としての思考、すなわち『技術の応用と発展は市場の需要を満たす必要がある』。
この考えによれば、帝国の下町で収入が上位一割の家庭でも、購入できる機械製品は自転車だけだった。
貴族の名声や高貴なイメージなど、秉核はまったく気にしなかった。
鉄の飯碗だけを狙い、自分の技術と生産手段を兵器市場にぶら下げ、飢え死にしそうになっても考え方を変えようとしない。
それは一九八〇年代、大鍋飯の時代の話だ。
姪と不平等条約を結ばされた秉核は、家族から送られてくる小遣いまで彼女に管理されることになった。そのとき、秉核は自分で稼がねばならないと感じた。
……
むろん、新しい機械店の利益の大半は、自転車ではなくガス機関車の輸送チームがもたらすものだった。
ガス発生器機関車。大型タンク式のガス発生器を背負ったガス機関車(薪でも走行できる)。秉核はまず第三グループの学生と協力した。
他のグループの学生も素早く参加させ、三日ごとに交代で工場の重要な生産工程を解決するチームを編成した。
間もなく帝都に、四十台のガス機関車からなる車列が形づくられた。
これらの機関車が生み出す輸送力は千台の馬車に匹敵し、帝都周辺の野菜や魚介類、果物の貨物輸送を担った。
これが新手機械店の主な収入源となった。
これまでこの国の鉄道輸送は主要都市間の物流を支えてきた。だが都市と郊外のあいだの物資の移動は、依然として馬車の仕組みに頼っていた。
そのため、都市部の基礎物価と農村の農産物価格には、数倍から十倍もの開きが生じていた。
たとえばサトイモや野生の果物など、本来ほとんど価値のないものが、都市部では高値で取引されていた。
機械機関車の輸送力は、まさにこの落差を埋めるものだった。
機械機関車による輸送産業の台頭は、伝統産業にとって明らかな脅威だった。馬車産業などがその例である。
帝都の運輸産業の背後には、利益を求める地方のボスたちが暗躍していた。
下町全体の利益は、小さな貴族たちに独占されていたと言える。
だが今、これらのボスたちは声も出せない状態だった。
……
技術革新は必然的に利害の衝突を引き起こす。
封建社会で産業革命を進めるのは困難である。
その原因は、封建的な社会が社会的権利の一つひとつを固定化していることにある。
社会のさまざまな既得権益の塊が、あらゆる階層で技術による利益獲得を抑え込んでいる。
市場で新技術を広めたいなら、権利がなければ広めることはできない。
たとえばこのガス車技術。ごく小さな機械技師の一族がガス車技術を握ったところで、帝都では普及しないだろう。
帝都の各交通路線の背後には多くの人々が生計を立てており、その利益の筋をたどれば、大勢の貴族たちに行き着く。
新技術は最初は必ず欠陥があり、故障率や修理率の高さから、当初はコストの優位が見えない。
しかしひとたび新技術が市場を占めようとすれば、すでに市場を握っている勢力から敵視される。
たとえば地球では、テスラの交流電流はエジソンのゼネラル・エレクトリックに抑圧された。交流電流が普及したのは、テスラが貧困のうちに亡くなってからのことである。
それでもまだ独占資本グループの時代であり、独占資本同士の競争と衝突が、技術向上のための比較的大きな余地を残していた。
新技術を握った者は力をつけることができた。
あるいは特定の資本グループの力を借り、技術革新を通じて利益の連鎖を広げることもできた。
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