↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰向  作者: 凛光穂
第二巻 機械師の心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/217

内通する守護騎士 その一

 帝都の上流地区は整然としている。

 ガス灯とコンクリートの道路が、この地をいくつかの機能区域に分けていた。


 上流地区は帝国の貴族が集まる場所だが、そこには贅沢という概念がまったく存在しない。


 なぜなら、大公爵でさえここで家を一軒購入することも、建物を一つ改築することもできない。

 上流地区のすべての土地と建物は、皇室の審査と承認によってのみ与えられる。

 誰がどの建物に住むかも、すべて皇室が決めている。


 軍事区、医牧区、機械区。

 これらの塀に囲まれた建物は、学校、図書館、大型体育館、行政棟、機械実験室、あるいは軍政決策ビルとして使用されていた。

 これらすべてを定めたのは聖ソーク(セイソーク)皇室であり、数世代、数十世代にわたる決定の積み重ねだった。

 聖ソーク(セイソーク)皇室が上城区の各建物の用途を決めるのは、一般人が家庭内の家具の配置を決めるようなものだった。


 ほとんどの者は、上城区で共同体のような暮らしを送ることしかできない。

 ここで家を買うための一握りの土地すら手に入らず、娯楽施設も何一つない。

 それなのに、帝国各地の小貴族たちは上城区に出入りし、そこに住む権利を得たいと願っていた。

 上城区は権力者の社交界の象徴であり、権力は人を惹きつけてやまないからだ。


 しかし秉核(ヘイカク)にとって、この上流地区の厳格な審査は実に疲れるものだった。


  ……


 利便性を考えて、秉核(ヘイカク)は下町の富裕層地区に家を買った。値段は四百五十リラ。この小さな建物を手に入れると、秉核(ヘイカク)は三階建ての部屋という部屋の窓をすべて鉄柵で塞いだ。玄関はパスワード式の機械錠に改造している(これは秉核(ヘイカク)が下町の治安を考えて行った改装だった)。


 この家には高価な宝石も財産もなかったが、秉核(ヘイカク)は一室に一連の大型機器を据え付けた。市場価値は三千リラを超える。鉄骨の支柱なら材料費はたった百リラで済んだかもしれない。だがその上に載った高精度の電子機器と計測システムには、秉核(ヘイカク)の二十日分の工数が費やされていた。


 それは精密な目盛りと光センサーを備えた訓練装置だった。十二歳の秉核(ヘイカク)にとって定体術の修行はすでにあまりに遅いスタートであり、初期の身体調整には器具の助けが必要だった。


  ……


 定体術のほとんどは、穏やかな動作と激しい動作に分かれる。

 穏やかな動作はヨガのようであり、激しい動作は体操のようだ。

 ふつうは、穏やかな動作が数十に、激しい動作がひとつ組み合わされる。

 穏やかな動作は効果が低い。激しい動作は効果が高いかわりに、怪我をしやすい。


 電子測定システムが並ぶ機器の前。


 器具の中で揺れる平均台を見て、秉核(ヘイカク)は恐怖と躊躇を覚えた。深く息を吸い込み、小声で自分に言い聞かせた。

「挑戦だ、これは挑戦なんだ。前世では命がけの仕事をしたが、今生では命を懸けて遊ぶんだ」


 揺れる丸太を数分見つめた末、秉核(ヘイカク)はついに勇気を振り絞り、呼吸を整えて飛び乗った。だが直後、物音が立て続けに響く。秉核(ヘイカク)が痛みに喘ぐ声が聞こえてきた。


  ……


 平らな地面での宙返りなど、秉核(ヘイカク)ぐらいの年の若者には難しくない。


 平均台での宙返りは、体操選手が少年時代に身につける技だ。


 だが、揺れる丸太の上で三百六十度回転の宙返りをするのは、骨折しかねない危険な行為だ。


 そのせいで、秉核(ヘイカク)はすぐに激しく転んだ。


 秉核(ヘイカク)は脚を押さえて、部屋の隅に縮こまった。

 雪のように白い脚には、赤く腫れた跡ができていた。


 秉核(ヘイカク)は痛みに息を吸い込みながら、自分を励ますように言った。

「バランス、ヒッ、バランスを保たなきゃ、うう、ええ(深く息を吐く)自転車に乗る練習でも何度も転んだけど、大丈夫、ケガが早く治れば問題ない。うう、本当に痛い。まだ終わらないのか」


 このとき、秉核(ヘイカク)の膝の赤みはすでに引き、傷ついた靭帯も元通りになっていた。

 だが、痛みの伝達には遅れがある。

 つまり、脚は消しゴム能力の作用で元に戻っても、痛みの情報はなお神経を通って脳へ届き続ける。

 その記憶は、しばらく脳裏に残っていた。


 一分後、秉核(ヘイカク)は歯を食いしばり、再びぐらつく平均台の上に立った。


  ……


 練習を始めて五分後、秉核(ヘイカク)はまた転落した。傷を癒すと、秉核(ヘイカク)は部屋の床に柔らかいシーツを敷いた。


 十分後、秉核(ヘイカク)はジャンプを止めきれずに数歩前に進み、部屋の本棚に頭をぶつけた。

 棚の模型や本が落ちてきた。数分後には本棚の雑貨は片付けられ、本棚の前にワイヤーマットが立てかけられた。


 二十分後、地面には折れた乳歯が転がっていた。秉核(ヘイカク)が拾い上げる。水がめを取ってくると、秉核(ヘイカク)は血の混じった水を吐き出し始めた。

 折れた乳歯は体外のもので、体内ではないため回復できない。


 三十分後、表情の崩れた秉核(ヘイカク)は地面にへたり込み、揺れる丸太を見上げる目には怯えが浮かんでいた。


 秉核(ヘイカク)はがっかりした目で運動器具を見つめ、心の折れたような声でつぶやいた。

「ふふ、もう練習しなくていいよね。うん、練習したって意味ないよね。僕は、僕は……」

 声は次第に小さくなっていった。


 秉核(ヘイカク)は思わず小さな手帳を取り出し、ページをめくって体術の計画のところまで来る。

 すると突然カッとなって跳ね上がり、手帳を地面に叩きつけた。

 そして足で何度も踏みつけた。


 そしてしおれた白菜のように隅にうずくまり、膝に顔を埋めた。そのまま三十分が過ぎ、再び顔を上げたとき、秉核(ヘイカク)は目の端の涙をぬぐった。この世界に来てから、幼くて物事を考えられなかった時期を除けば、秉核(ヘイカク)が他人の前で泣いたり涙を見せたりしたことはない。

 どうしても我慢できなくなったときは、一人で自分の空間に閉じこもって悔しさを吐き出すのだった。


  ……


 ―――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。