現代の工場と兵器供給 その二
家族の利益は目に見えない大網のようなもので、今の秉核にはまだ揺るがしようがない。しかし去年に比べれば、秉核がこの世界で動かせる力は何倍にも増えていた。
六日後。
帝都の郊外にある付属工場地区。それは秉核が試験を行った工場だった。
今ではそこに巨大な煙突がそびえ、一連の石炭化学反応釜が据え付けられている。
この生産様式は、地球の産業革命初期の汚染を、そして人類が鉄鋼工業の時代に入ったばかりのころの光景を思い起こさせる。
もし魔法の補助なしにこれほどの設備を動かせば、二十世紀の地球なら、この工場は翌日には周囲の怒れる住民に包囲されるだろう。
排出される廃ガスと廃水の量は、環境保護部門から天文学的な罰金を科されるほどだった。
二十一世紀の大型化学工業設備は、大規模かつ汚染ゼロの方向へ進化している。観光都市やガーデンシティの周辺に置くことさえ可能だ(シンガポールの主力産業には化学工業も含まれている)。だが、今の技術条件下では、秉核は排出量を最小限に抑えることしかできなかった。
……
工場の構内に入ると、そこは数ヶ月前よりも整然と、そして清潔になっていた。
どの機械にも塵ひとつ見当たらず、地面にも余計な物は散らばっていない。
労働者たちの服装は新しいものに変わっていた。
もちろん、構内では宿舎が改装され、シャワー設備が設けられ、専用の食堂も用意されていた。
管理を強めるのと同時に、労働者に仕事上の福利を整えてやることは欠かせない。
労働者の服装は整い、食事は規則正しく、生活のリズムは健康的で秩序立っている。
これが現代の工場管理の前提条件である。
無菌無塵の作業場であってこそ、高品質で高精度の製品が生まれる。
そして工場の運営で最も重要な要素は、労働者の生活が安定し、心が落ち着いていることだ。これがあって初めて、工場の各部門の人員は大規模に規則を守り、安全に生産を行うことができる。
……
秉核はカジェットからの注文を引き受けたあと、この工場の請負を申請した。うん、秉核の予想に反し、申請はとてもスムーズに通った。年間一万三千リラを支払うと、この工場は秉核の請負下に置かれた。秉核には驚くほど安いと感じられた。後になって秉核は知った。
帝都内で工場を請け負うのは、機械組の組長たちの権限だった。
しかし機械学院の組長たちのほとんどは、工場の請負に積極的ではなかった。
大半の組長にとって、工場の請負は純粋な出費でしかなかった。
試験任務に対処するときに動かせる、一種の資源として使うものだ。
機械学院の組長の多くは大貴族の子弟で、たいていは一、二ヶ月だけ請け負う。
主に試験用の機械を作るために使っていた。
カイスの一年間の小遣いは、わずか六千あまりだった。銃焰家の領地はボレン家ほど豊かではないため、璃韻の初年度の小遣いは三千八百、秉核の初年度の小遣いは千六百であった。
機械学院の裕福な商人や小貴族の子供たちの年間小遣いは、ほとんどが千を超えなかった。
(注。二十一世紀の学生の小遣いと、学生が払う教科書代は別の概念である。小遣いは自分で自由に使える金であり、教科書代は家庭から受け取ることができる。同じように、秉核がカジェットに作った無人偵察機の材料費も、第三組の学生たちが試練で見せた金遣いの荒さも、すべては家庭の支援によるものだ。小遣いとは関係がない。)
……
だから機械院の組長たちは、普段は工場を請け負わない。
秉核が今、一万三千リラで工場を請け負うのを安いと考える。秉核には技術があり、技術者(同級生)がいて、管理計画も生産計画もある。
カジェットという販売ルートも確保できている。
利益を出せると踏んでいるからだ。
秉核がこの工場を選んだのは、試練の間に工場の人員とすっかり顔なじみになっていたからだ。学院の第三組の学生を仲間に引き入れたこともある(同級生を工場の技術者として雇った)。
この同級生たちも工場の労働者とよく知り合っている。だからすぐに管理を始められる。
……
秉核が第三組の学生を自分の工場に誘おうとしたとき、小さな出来事があった。
秉核が年初の試練で消費した材料は五万リラを超え、その部分は帝国が七十%を負担した。
工場労働者のやる気を引き出すために使われた金は八千リラであった。
注。後期には水炭漿車両三台が、軍に一台一万リラで買い取られた。
結局、秉核は逆に数千リラの利益を得た。現代人の感覚でその金を仲間と分けようとして、秉核は奇妙な事実に気づく。
工場試練のとき、自分の口座には三十二万リラの残高があった。
当時、試練の最中に秉核は四十万帝国リラの為替手形を提示した。考核の五分の一を自ら引き受け、さらには他の同僚たちにも署名させ、金持ち然とした態度を見せつけたのだった。
当時、秉核は四十万リラも要らないと分かっていた。それでも四十万リラの為替手形を示せば、資金は豊富だと工場に自信を見せられる。工場の労働者たちに「金を払わずにただ働きさせる心配はない」と伝えたかったのだ。しかし、秉核のこの行動はクラスメートたちの誤解を招いた。
試験が終わった後も、工場の責任者にはこの巨額を着服する勇気などなかった。だから大金はそのまま口座に残っていた。一方、各グループの学生たちも誰一人として声を上げなかった。試験から二ヶ月後、軍から資金が振り込まれ、秉核は喜んでその工場の口座から金を引き出しに行った。
ところが口座には、軍からの資金だけでなく、これほどの巨額の残高があった。
……
現代的な道徳観を持つ者として、秉核はこのクラスメートたちに金を返すことにした。
返金の過程で、同級生たちは安堵した顔で金を受け取るどころか、再三辞退する素振りを見せた。これも封建社会の名残である。小規模な工場主たちは、搾取されることに慣れきっていた。第三グループの生徒たちの目には、試練の後に秉核へ三十二万リラを全額支払うことは搾取ではなく、対価を払って事を成すごく普通の手順に映った。
結局、秉核は金を懐に入れたい誘惑を押し殺し、半ば無理やりに返金した。
管理者が封建領主のように貪欲では、有効な管理規則など定められるはずもない。
工業生産をまともに管理することなど不可能だ。
……




