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帰向  作者: 凛光穂
第二巻 機械師の心

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試練後の生活 その二

 これほど速いペースの授業を指導者とともに進めるにあたり。


 秉核(ヘイカク)は一瞬だけ時間を割いて、壇下を見た。


 壇下の生徒たちの視線はもうぼんやりとしていて、まるで大学の講師が黒板で高等数学を解いているときの、学生たちの困惑した眼差しのようだった。


 秉核(ヘイカク)は講師に速度を落とすよう勧めるべきかと考えたが、もちろん今は話す暇などない。しかも秉核(ヘイカク)には錯覚だったのか、壇下を見る余裕ができた瞬間、講師の手の動きがさらに速くなったように感じられた。


(注)スコットは実験中に秉核(ヘイカク)を観察し続け、指導のなかで手法を加速させていたが、その主な目的は秉核(ヘイカク)の評価にあった。

 具体的な指導手順をどうやって大多数の学生に伝えるか?

 これについては帝国機械学院に不文律があった。グループリーダーは講師を補佐する良き助手である、と。


  ……


 授業はまもなく終わった。


 講壇に立つスコットは機械の触手を手際よく操り、工具箱を片づけながら言い放った。

「今日の授業はここまで。分からない部分は自分で本を調べるか、理解したクラスメートに聞くこと。各班のリーダーは責任をもって対応せよ」


 そう言い残すと、指導教官は威張りくさって去っていった。呆然とする秉核(ヘイカク)と、同じく呆然とする聴衆を残して。


 指導教官が完全に去ったあと、秉核(ヘイカク)は覚悟を決めて学生たちを見回し、無理に笑いながら言った。

「みなさん、もう……大体は理解できていますよね?」


 どのグループの学生も黙ったままで、各グループリーダーが互いに顔を見合わせたあと、第一グループのリーダーである波輪・コステル(ポーレン・コステル)が諦めたような口調で言った。「銃焰君(ガンフレイム君)、今回の講義を完全に理解しているのは君だけだ。もう君に頼るしかない」


 学校では、煩雑なティーチングアシスタントの仕事が始まった。


  ……


 蒸気暦一〇二五年三月十八日。天体塔でだらだらと二週間を過ごしたあと、


 秉核(ヘイカク)はようやく、再び下町を訪れる時間を得た。試練の前、秉核(ヘイカク)は下町の傭兵ギルドと協力関係を結んでいた。試練のあとは山のような用事が重なり、まる一ヶ月も足を運べなかった。協力の話は伝令を通じて何度も延期せざるを得ず、秉核(ヘイカク)自身も申し訳なく思うほどだった。


 下町の数多くの通りを抜け、二人のこそ泥の手をかわしながら、


 秉核(ヘイカク)は無事、下町の傭兵ギルドの門前に着いた。契約上の常駐機械技師として、一ヶ月も顔を出さないのは重大な契約違反だ。秉核(ヘイカク)は会長にどう説明しようかと考えていた。


 しかしギルドの門をくぐると、数人の係員が笑顔ですぐに迎えに来て、秉核(ヘイカク)を専用の機械室へ案内した。


 数分後、圖竹(ズチク)が笑顔で駆けつけた。秉核(ヘイカク)と挨拶を交わす一方で、契約違反のことには一切触れない。むしろ秉核(ヘイカク)のほうが申し訳なさそうに、契約どおりの補償を求めた。


 秉核(ヘイカク)が違約金を計算してみると一万四千リラになり、その金額を提示したとき。


 圖竹(ズチク)はすぐに手を振って言った。「秉核様(ヘイカク様)、そんなに他人行儀にされると困ります。我々とご協力いただけるだけで光栄です。それ以外はすべてお気遣いなく」(不可抗力事由は、協会が傭兵を強制する際によく使う理屈だった。今は強権に迫られた生存本能から、自ら秉核(ヘイカク)に理由を差し出していた)

「それに帝国機械院の急な試練は、契約上の不可抗力事由ですから、まったく問題ありません」


 協会のあまりの丁寧さに、秉核(ヘイカク)は照れくさそうに言った。

「しかし、私のクライアントたちはどうなるんです?」


 圖竹(ズチク)は笑いながら言った。

「協会はすでに彼らに説明しました。彼らもあなたの事情を理解しています」

「帝国の公務と協会の事情、どちらが重いかは皆わかっています」


  ……


 秉核(ヘイカク)が初めて来た時点で、早くも圖竹(ズチク)は秉核(ヘイカク)の素性を調べ上げていた。調べ終えたあと、この協会支部長は驚いた。銃焰(ガンフレイム)家は頂点の貴族で、帝国北方の武器供給を掌握していたのだ。


 傭兵協会という下町の公認組織も、毎年の重要な弾薬・武器の調達の一部では、軽武器について銃焰(ガンフレイム)家に頭を下げて購入を頼まなければならなかった。最新の帝国機械院の試験結果が、情報に敏い傭兵協会上層部に知れ渡る。すると圖竹(ズチク)は秉核(ヘイカク)の老執事のように気遣いを見せるようになった。


  ……


 秉核(ヘイカク)は、この傭兵部門で大権を握る責任者が、以前の横柄な態度から急に丁寧になったのを見て取った。その理由は心のなかでよく分かっていたが、あえて触れないことにした。

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