貴族の子 その一
これは穏やかな陽射しの日である。
黒海の北西海岸線では、蒸気貨物船が埠頭で荷を降ろしていた。
数キロ先の蒸気工場からは轟音とともに列車が次々と現れ、工場の鉄鋼製品を埠頭へ運んでいた。
……
主世界大陸の黒海は、人々が慣習的に海と呼んでいるにすぎない。
これは内陸湖である。ただその面積が非常に大きく、約八十二万平方キロメートル。地球のカスピ海の二倍に相当する。(四川省の面積は四十八万、フランスは六十七万平方キロメートル)
黒海全体と西側の地中海は、わずか五十キロしか離れていない。
もちろん、この五十キロには運河が通っている。
この運河は八千トンの商船が通行できる。だから西大陸の人々は、慣習的にこれを海と呼んでいる。
ここは大陸全体の中央地帯に位置し、東洋と西洋を結ぶ交通の要衝である。
大陸の西部は巨大な地中海を囲んでおり、東部には一連の山脈に隔てられた国々が広がっている。
主世界大陸の中央に位置する、黒海と呼ばれる一連の巨大な湖。
二万年前の神賜時代に伝わる説によれば、これは大地プレートの移動のなかで残った古地中海の名残であるという。
数千万年後にはプレート運動によってこの巨大な内陸湖は圧迫されて消滅する。
そのときは高原が隆起して大陸中部に広大な砂漠が生まれ、大陸を完全に二つに隔てるのだと言われている。
しかし、こうした説は主世界大陸の人々には単なる珍説として扱われている。
何しろ、二万年前の神賜時代に伝わる噂は、そのすべてが神話伝説の趣を帯びているのだから。
……
聖ソーク帝国は、地中海の東海岸と南海岸に築かれた帝国である。領土は西に地中海を望み、東は月墜山脈に接する。北部は黒海の南西岸を占め、黒海と地中海の間の地峡もまた、聖ソーク帝国の支配下にある。
帝国の国土面積は大陸で六番目だが、国力では大陸中部を制している。
ここ数十年は西大陸諸国の国際憲兵の役割を果たし、周辺国の王位継承や権臣のクーデターなど、政治的出来事にしばしば干渉している。
西大陸で帝国を名乗る国は、二つだけである。
……
黒海に面する銃焰家は、帝国からこの地に封じられた伯爵家である。
四百年前に伯爵位を得て以来、すでに九代を数える。
もちろん、これは帝国貴族のなかでは新興貴族に分類される。帝国建国の時から存在する古い貴族の家系も多いからだ。聖ソーク帝国の皇族を例にとれば、その家系は五千年以上続いている。
そうした老舗の貴族と比べれば、新興貴族の由緒はまだ浅い。
……
数千年前
当時の軍隊の主力兵器は、まだマスケット銃と前装式大砲だった。
当時、大陸東部の月隕山脈には、まだ魔獣の姿が見られた。
その頃、聖ソーク家はすでに存在していた。
ただし当時の聖ソーク家に「聖」の接頭辞はなかった。
聖ソークとは「魔獣を駆る手綱」の意。
当時の聖ソーク家の騎士は、武装した戦獣を駆使できることで、大陸中に名を轟かせていた。
あの時代、象を超える巨体の超魔獣にはボイラーが搭載され、蒸気弩を装備していた。大陸最恐の兵種である。
その時代は「獣駆紀元」と呼ばれ、現在は「蒸気紀元」である。
もちろん、現在の聖ソーク家は、西大陸最古の家系ではない。
西大陸の古参貴族のなかには、家系の歴史が一万年以上前まで遡るものも存在する。
……
神賜時代は、魔法と科学がともに高度に発展した時代とされる。
人類の技術は星空の巨大な月にまで到達することができた。都市全体を破壊する超爆弾を放つことも可能だった。
現在の大陸に残る多くの魔鉱獣もまた、神賜時代の科学技術の産物である。
神賜時代が終わった直後は、至る所に強大な科学技術の遺跡が残っていた。
現在の新しい魔法体系の資料も、その時代から伝わるものである。
当時の生存組織は神賜時代の大量の資料を手に入れ、神賜時代の後、大陸を長きにわたって支配した。
しかしこれらの組織もやがて時の流れとともに解け、最終的に一万年前に分裂する。
それらの古い家系は、解体した強者たちの血脈から生まれ、現在では新しい魔法体系において深い基盤を持つ。
大陸にはこんな言葉がある。貴族は冊封されるものではなく、継承されるものだ。
……
銃焰家は新興貴族に属する。
四百年前の先祖は、帝国軍で初めて権力を握った中層将校にすぎなかったが、昇進の後は一気にこの高い爵位まで上り詰めた。
当然ながら、帝国北方最大の兵器工場も掌握している。
この工場が生産する小銃と歩兵砲は帝国の三十%を占め、帝国の軍事システムにおいて極めて重要な位置を占める。
ゆえに、この権力の座に相応しいとされた。
この世界の上流社会では、貴族の爵位が、一族が長きにわたって支配階級の社交界に関与できるかどうかを決めている。銃焰家は二百年ものあいだ爵位の安定を保つため、軍需生産の責務を決して怠らず、常に皇室への忠誠を貫いてきた。
……
汽車の汽笛が長く鳴り響いた。汽車はプラットフォームのスロープを登り、やがて停まった。
機械式のドアが開く。黒いウールの服を着た子供が小さな足を踏み出し、汽車から飛び降りた。
小さな体がよろめいたが、使用人が支えようとするより先に重心を安定させた。そして威勢よくプラットフォームを歩き出す。銃焰・秉核――これが常秉の今世の名である。
……
銃焰家伯爵の四男。もちろん、すべてが順調なら、爵位など秉核が考えるようなことではなかった。
銃焰家の嫡男——銃焰・ロス。
彼は現在、黒海地区艦隊の副司令官で、職務は初級機械制御者である。
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