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帰向  作者: 凛光穂
第四巻 赤子の純を欺くな、謀を弄び信を失い、良き人を測り難し

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神賜時代の遺産 その一

 ビックスの海風が吹き抜ける波止場で。


 秉核(ヘイカク)は小さな水兵の服を着て、波止場の柵にまたがっていた。4メートルもある木製の柵も、秉核(ヘイカク)にとっては階段を一段上がるようなものだった。

 そして、そのすぐ傍らには――


 蘇塔(スータ)は柵のそばに立っていた。貴族の品格を損なうような行動は一切取らなかった。ビックス大公(ビックスダイコウ)家のしつけが行き届いているのだ。


 高いところにいた秉核(ヘイカク)は、埠頭の巨大な物体を目を丸くして見つめていた。


 思わず、下で柵にもたれかかり足を組んでいる蘇塔(スータ)に声をかけた。

「あれは何だ?」


 蘇塔(スータ)は答えた。

「海生の魔鉱獣だよ」


 秉核(ヘイカク)はぽかんとした。

「え?魔鉱獣?」


 蘇塔(スータ)はうなずいた。

「そうだよ。あれ?どこへ行くの?」


 蘇塔(スータ)は、秉核(ヘイカク)が柵を飛び越え、まるで手綱を切った馬のように、500メートル先で蒸気機械が轟音を立てている区域へ走り出すのを見て、思わず叫んだ。


 この光景を目の当たりにした蘇塔(スータ)は、秉核(ヘイカク)に向かって声を張り上げた。


 秉核(ヘイカク)は蘇塔(スータ)の叫び声を聞いても足を緩めなかった。

 ただ振り返り、「ちょっと見てくるから、ついて来ないで」と応える。


  ……


 秉核(ヘイカク)は海岸の賑わう場所へ駆け出した。

 轟音を立てて行き交う履帯式の蒸気車両を巧みにかわしながら、目当ての目標へ近づいていく。


 海岸線に広がる2ヘクタールの空き地。そこには島のような巨大な亀が横たわっていた。これほどの巨大な海獣は、秉核(ヘイカク)の知る常識を超えていた。

 それは今や小さな山のように海岸線へ引き上げられていた。


 巨大な島亀の縁まで来ると、秉核(ヘイカク)は慣れた手つきでよじ登り、粗い甲羅の上に足を踏み入れた。


「一歩、二歩、三歩……」


 秉核(ヘイカク)は歩きながら、海から引き上げられたばかりの巨獣の大きさを測っていた。

 甲羅の直径は120メートル、最も厚い部分で36メートルあった。


 表面が粗い岩のように硬化した甲羅の頂上に立っていた。


 秉核(ヘイカク)は心の中でつぶやいた。

「この巨亀は、いったいどんな動力でこんなに厚い甲羅を進化させたんだ?」


 傍らで作業していた労働者が、巨大な甲羅の上にぼんやり立つ小さな人影を見つけると、すぐに怒鳴った。

「おい、そこの小僧、降りろよ。邪魔だ、これから爆薬を仕掛けるんだ」


  ……


 20分後。


 ゴォゴォゴォ、と蒸気機関車がやって来て、幅広いキャタピラが波止場の防波堤を踏みしめていく。

 蒸気車の上部に据えられた超大型ドリル(地球で道路を破壊するあの種類)が、機械腕の動きに合わせて亀の甲羅に穴を開け始めた。


 カンカンという金属の衝突音とともに、亀の甲羅にひびが入った。

 穴あけ作業が終わると、機械車は甲羅の反対側へ移っていった。


 50メートル先。


 耳を塞いだ秉核(ヘイカク)は、小山のような巨亀の甲羅に衝撃ドリルで穴を穿つ機械ドリル車を、好奇心いっぱいに見つめていた。

 ドリルで穴が開いても血の匂いはせず、甲羅のひび割れから血が流れ出すこともなかった。


 この時、数メートル離れた場所で2人の港湾労働者が雑談していたが、秉核(ヘイカク)の行動には気づかなかった。

 彼らはいつものように冗談を交えつつ、自分たちの船隊が海上で何に遭遇したかを自慢していた。


 ある親方風の男が酒瓶を一口あおった後、感慨深げに言った。

「魔鉱亀はどんどん大きくなっている。祖父の時代には、最大の魔鉱獣でも体長100メートルしかなかった。今回のは6隻の船で砲撃して、ようやく甲羅を貫通できた。あと数年したら、また新しい捕獲砲に交換しなければならないだろう」


 秉核(ヘイカク)は、傍らの会話がこの海生の魔鉱獣についての話だと気づいた。


 すぐに耳を塞ぐのをやめ、振り返って彼らの話に聞き入った。


 秉核(ヘイカク)はその港湾の親方の前へ走り寄った。


 この波止場の親分は、突然飛び出してきた秉核(ヘイカク)に驚いた。最初は目の前の子供を叱りつけて追い払おうとしたが、秉核(ヘイカク)の容貌と、粗末な布の服の下に着ている上質な綿絨の服を見て、どこかの御曹司かもしれないと気づいた。


 秉核(ヘイカク)は笑みを浮かべ、言葉を失っている親方に尋ねた。「親方さん、海生魔鉱獣がどんどん大きくなっているということは、大昔はとても小さかったんですか?」轟音の響く騒がしい環境で、秉核(ヘイカク)は集音術を使い、それでも親方の耳にはっきり届く穏やかな調子で話した。


 この作業班長は説明した。

「坊ちゃんの推測どおり、千数百年前には石臼ほどの大きさで、千年前には北海の海岸の埠頭で日光浴をしていました。しかしここ数百年で彼らの体はますます大きくなり、もはや岸に上がることはなく、海に浮かんでいます。春には島のように浮かび上がり、秋には海底に沈んで影も形もなくなります」


 これらの話を聞いて、秉核(ヘイカク)は考え込み始めた。


「あらゆる生命の変化は、必要に応じて変化するものだ」


 地球で体積がある程度大きい巨獣は、その大きさゆえに天敵から逃れられるため、防御用の甲羅を進化させない。

 過大な防御は動きに響き、餌を探す範囲にも影響するからだ。


 しかし人間のような外部からの干渉に直面すると、巨大な体躯は殺されるのを防げず、最も直接的な進化の方向は防御ではなく体躯の縮小となる。

 たとえば地球のアフリカゾウは、銃を持った密猟者に遭ってから、わずか数百年で背が低くなり始めた。


 海で見られるこの状況は生物学の常識に反しており、非常に奇妙に見える。


 秉核(ヘイカク)が考え込んでいると、そばの現場監督が腰を屈めて秉核(ヘイカク)に言った。

「坊ちゃん、すぐに爆薬を仕掛けて爆破しますので、いったん現場から離れていただけますか」


  ……


 ―――――

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