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帰向  作者: 凛光穂
第四巻 赤子の純を欺くな、謀を弄び信を失い、良き人を測り難し

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クリス半島の秘話、繁栄するビックス その二

 秉核(ヘイカク)は聖ソーク(セイソーク)天体塔の図書館で、ある資料を目にした。


 その資料には、前々代の|聖ソーク(セイソーク)皇帝《聖ソークコウテイ》がオークリー大公(オークリー)の小心さを知って激怒したことが記されていた。伝えられるところでは、二人はかつて親友だったが、その後は完全に縁を切り、生涯交わることはなかったという。


 これらの前々代|聖ソーク(セイソーク)皇帝《聖ソークコウテイ》の怒りの記録が真実かどうか、二人の間に友情があったかどうかは定かでなく、秉核(ヘイカク)は保留の態度を取っている。


 しかし歴史的な事実として、聖ソーク(セイソーク)は盟約を顧みずに先手を打ち、クリス半島を強奪した。

 しかも半島を占領した後も手を引かず、軍事的常識に反して孤立した部隊を率いて北上を続け、まるで激怒して釈明を求めるかのような様子だった。


 結局、先々代の|聖ソーク(セイソーク)皇帝《聖ソークコウテイ》の軍隊は、オークリー大公(オークリー)が急遽組織した連合軍に敗れ、クリス半島へ撤退せざるを得なかった。もちろん、先代のオークリー大公(オークリー)も特段の利益を得ることはなかった。


  ……


 軍事衝突の結果は、次のとおりだ。


 半島戦役が終結すると、内部に矛盾を抱えた反オーカ(オーカ)ー連盟は解散した。


 しかし実際には、聖ソーク(セイソーク)は戦略目標を達成し、オーカ(オーカ)ーが東部戦線で足場を失うことを阻止していた。

 西大陸地中海地域の東部で、独占的な地位を維持することに成功した。


 聖ソーク(セイソーク)は二百年以上にわたり、北方のヘイラ人という脅威に集中するだけでなく、余力をもって大陸の他国の内政に介入し、「国際憲兵」の称号を得ていた。


 一方、前代のヒーマン人の盟主だったオークリー大公(オークリー)は、大国の政治の中で、生涯を臆病に過ごすことを余儀なくされた。


  ……


 列車の屋根に座って風に当たりながら、秉核(ヘイカク)は二百七十年前の戦争を思い、感慨無量になっていた。


 後ろへ流れていく田野を眺めながら、銃焰(ガンフレイム)の秉核(ヘイカク)は、ふと気が変わったように感慨深げに言った。「もしあの時クリス半島がオーカ(オーカ)人に占領されていたら、聖ソーク(セイソーク)にとって必ずしも悪いことではなかったかもしれない。聖ソーク(セイソーク)の外部環境は悪化したかもしれないが、国内の問題は圧力のもとで片づいたかもしれない」


  ……


 十一時間後。


 列車はビクスに到着した。


 ここは海沿いの都市だった。


 銃火の焔を帯びた秉核(ヘイカク)は、窓越しにこの公国の境界線を見た。秉核(ヘイカク)は列車の天窓を開けて車両の屋根に立ち、この辺境の都市を驚きの目で見渡した。


 この国は実に独特で、壮大な城壁が三万平方キロメートルの領土をすっぽりと囲んでいる。

 城壁の平均高さは二十メートル、全長は四百キロメートル。

 六つの丘陵を貫いて走り、それぞれの丘陵の頂には壮麗な城が築かれている。


 これら六つの城が載る丘の頂はひどく平坦で、神賜時代に削られたのだと言われている。

 ビックス公国は後にその山体に要塞を築いた。


 ビックス公国が外の世界と結ばれている鉄道は、わずか十五路線しかない。


 そのうち十二条は山の近くを通っており、つまり山頂の要塞の火力が完全に及ぶ範囲内にある。

 残りの三条は、天然の川に架かる橋を渡るものだ。


 山と山の間には、長城のような高い壁が築かれている。

 この城壁は蒸気暦の始まりに着工され、二百年をかけて完成した。


 このやり方には、秉核(ヘイカク)もビックス公国は実に才能があるとしか言いようがなかった。

 壁を築いて国ごと囲んでしまうとは。


  ……


 なぜオーカ(オーカ)帝国がこの公国をこれほど安心していられるのか、秉核(ヘイカク)はようやく理解した。

 この国の国民には、外へ拡張する余地などない。

 拡張は利益に駆られた人心が原動力だからだ。

 ビックスのこの輝かしい壁は、国境だけでなく、人々の心の中にも築かれているのだった。


 ビックス周辺では、壁内の産業と壁外の産業とで市場価格が数倍も違う。

 壁内の産業には安心感があり、価値を保てるからだ。

 一方、壁外の地域には、どれほど大軍が駐留して安全を確保していても、ビックス人は投資しようとしない。


 ビックスの民謡にこう謡われている。

「壁内の寝台一枚を選べど、壁外の家一軒は要らぬ」


 ビックスの国民的富の観念は壁外を低く見ている。

 だから、たとえ大貴族が壁外で軍事拡張を行い、初期の成果を上げたとしても、その成果は世論では賞賛されても、壁内で現金に換えることはできない。


 民衆は壁外への懸念から、壁外で生産し家業を築こうとはしない。大商人や大貴族も同じで、壁外への投資で国民から金を稼ぐことはできず、ビックス大公(ビックスダイコウ)の外部拡張政策を支持することもできない。


  ……


 歴代のビックス大公(ビックスダイコウ)の中にも、開拓の心を持つ若者が登用されたことがある。しかし、結局はすべてうやむやに終わった。歴代のビックス大公(ビックスダイコウ)に、壁を壊す胆力はなかった。

 ビックス国内の諸勢力にとって壁を壊すことなど不可能であり、たとえ公爵様が壁を壊そうとしても、それは国民全体の意志に逆らうことだった。


 もちろん、今の情勢で壁を壊すことが良い政策とは言えない。

 この不穏な大陸の政治情勢の下では、城壁を取り壊し、対外政策を調整することは、隣接する強国に脅威を抱かせることになる。


 ビックスは十年と経たずに近隣の強国に侵攻され、併合されてしまうかもしれない。


  ……


 列車が城壁の入り口を通過する時。


 分厚い城壁の門を抜けると、目の前に壮大な光景が広がった。


 ビックスの領地は整然と区画されていた。

 四角い田畑では磨き上げられた蒸気機械が種をまき、各所に設けられた大きな水利システムのコンクリート塔が水路の水量を合理的に配分していた。


 この土地には鉄道だけでなく、密集した道路網もあった。

 見渡す限り、その道路網の上を蒸気自動車がのんびりと走っている。

 平坦で秩序ある平原からは、蒸気と煙が活気にあふれて立ち上っていた。

 ここは並外れて繁栄した国だった。


 ここは秉核(ヘイカク)がこれまで見てきた中で、最もよく整備された国だった。


「ここは蒸気時代のユートピアだ」と秉核(ヘイカク)は言った。

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