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帰向  作者: 凛光穂
第四巻 赤子の純を欺くな、謀を弄び信を失い、良き人を測り難し

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謀る者の謀 その一

 時間は、秉核(ヘイカク)が戦車工場を離れた二十分後。


 具体的な場所は、帝国第三戦車工廠の脇にある工廠管理事務室。

 そこには陰謀の雰囲気が漂っていた。


 林隱公爵(リンイン)と帝国首相は、机を挟んで向かい合っていた。

 首相は紳士的に、自らの白磁のティーカップに濃厚なココアパウダーを注いだ。

 続いて湯沸かしの湯を注ぎ入れると、水流がカップの中に渦を作り、浮かぶ泡を巻き上げた。


 一方の林隱公爵(リンイン)は西大陸の地図を広げていた。

 地図には、大陸の政治・軍事情勢が一目でわかるようになっていた。


 オーカ(オーカ)帝国は大陸の最西端にどっしりと構えている。

 しかしオーカ(オーカ)の北東の国境線にはプロイス(プロイス)がある。

 オーカ(オーカ)帝国にとって三百年続く陸上同盟国であり、大陸で唯一の同盟国だった。


 そのため、オーカ(オーカ)帝国が政治的になにかをしようとする時、この同盟国の意見はオーカ(オーカ)の外交政策の実行を左右する力を持つ。


 ーたとえばオーカ(オーカ)帝国はもともと、ヒマン諸国の王選に介入することを決めていた。


 オーカ(オーカ)は当初ビックスを駒に選び、同時にプロイス(プロイス)がこの政治的立場を獲得するのを抑えようとしていた。


 しかしオーカ(オーカ)のこの政治決定がなぜか漏れ、プロイス(プロイス)にオーカ(オーカ)の操作計画が知られてしまった。これにプロイス(プロイス)は激しく不満を抱き、即刻オーカ(オーカ)へ外交使節を派遣して抗議した。


 注、この情報漏洩は、オーカ(オーカ)帝国議会の一部議員がプロイス(プロイス)と密接な関係にあることを示している。

 現在、両帝国の高層政治家が裏で直接密談している。


  ……


 プロイス(プロイス)の外交的圧力の下、オーカ(オーカ)帝国はヒーマン人の王選における政治工作を考え直さざるを得なくなった。


 第一、ビクス王子(ビクスオウジ)を護衛して王選の旅に参加させる決定は変わらない。


 しかし『ビクスという傀儡を操り、ヒーマン人盟主の座を奪う』という選択肢は貫けない。


 オーカ(オーカ)議会の紳士たちは、自国と同盟国の双方が受け入れられる別の方策を取るしかなかった。


  ……


 二人は地図を広げたテーブルの前を行きつ戻りつしていた。


 首相は地図から視線を上げた。

 幾分、諦めのこもった口調だった。

「プロイス(プロイス)の外交大使が来ている。彼らの要求を無視することはできない。帝国の中部大陸戦略には、まだ彼らの協力が必要だ」


 首相の貴族的で紳士的な物腰とは対照的に、林隱公爵(リンイン)の動きにはいくらか鉄血の気があった。

 彼は指を大陸中部へ向けて指し示した。

「プロイスは台頭しても構わないが、ヒーマン帝国の残骸は徹底的に解体されなければならない」

 と述べた。


 陸軍の長老たちは、西大陸に将来出現するかもしれない陸権国家に対して非常に警戒していた。


 首相はカップのホットココアに角砂糖をさらに数個入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜた。

 角砂糖が熱湯にすぐ溶けていくにつれ、ココアの香りがホールに広がっていった。


 首相は淡々と言った。

「プロイスが我々の案に不満なら、彼らが選帝に勝利することも我々は受け入れられない。では――」


「チンチン」

 首相はティースプーンで陶器のカップを軽く叩いた。


 そして、偽善的な嘆きの調子で言った。

「選帝侯制度など消え去ってしまえ。ヒーマン人のこの見せかけだけの同盟は、とっくに終わっているべきだった。ビックス公国の小王子も、我々はすでに準備万端だ!」


 二人が今謀っている政治的陰謀には、ビックスの意思などまったく考慮されていなかった。

 強国同士の結託の中で、弱国の利益は無視される。

 今の二人の話し合いは、まるでビックスが家で飼っている雌鶏で、それを今まさに客のもてなしに料理しようとしているかのようだった。


  ……


 林隱公爵(リンイン)は、脚本を審査する監督のようだった。


「では、プロイス(プロイス)人にこの劇を演じさせよう」

 この陸軍元帥は威厳のあるひげを撫でながら、頷いて言った。


「プロイスが自ら手を下す必要はない。今、新たに即位したオークリー大公(オークリー)は愚か者だ」

 首相の顔に陰険な笑みが浮かんだ。


 二人の帝国の大物が『今、新たに即位したオークリー大公(オークリー)』という話題を語る様子には、軽蔑と悪趣味が満ちていた。

 居酒屋の無駄話で孔乙己を語る時のようだった。


 林隱公爵(リンイン)は頷きながら笑った。「オークリー大公(オークリー)(ヒーマン人の前選王)は一生を忍耐で過ごし、自分の後継者からは弱虫と思われていた」


 首相はティーカップを軽く揺らしながら評した。

「あの新大公は、祖父がヒーマン人の盟主だった地位に慣れきっていながら、大陸各国の力を理解できず、祖父の死後にどう腕を振るうかばかりを楽しみにしていた。他の公国の者にヒーマン人皇帝の座を奪われて、どうして我慢できようか?」


 首相はスプーンですくって味見をし、こう言った。

「大陸はこのココアのようなものだ。よくかき混ぜなければならない」


 そう言いながら、彼はスプーンでティーカップの底をかき混ぜ、引き抜いて、付着した茶色い粘稠物を舐めた。

「ほら、これでちょうどいい味になる」


 林隱公爵(リンイン)は地図を見つめながら言った。

「大陸が均衡を保っているうちは、帝国は超然とした態度で大陸の情勢をコントロールできる」


  ……


 ―――――

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