消しゴム能力 その一
夜9時、銃焰・秉核の広々とした寝室で
「どさっ」と秉核は自分のベッドに倒れ込み、柔らかな寝台の上で体が弾んだ。秉核は自分が冷静で聡明だと自覚していたが、昼間はさまざまな雑事に気を取られ、思考が散漫になりがちだった。もちろんこれは当時の秉核の思い上がりで、数年後にはこの考えが中二病だったと自覚することになる。
晩餐会で、ロスは使用人に秉核を先に退席させるよう命じた。その後エロットとさらに詳しく話し合ったが、もちろん書斎で何を話したかは機密事項である。
ただし晩餐会の序盤で、秉核は双方の会話に北方のヘイラ人についての言及が何度かあるのを耳にした。
おそらく軍事システムに関わる話だろう。
ヘイラ人は今、帝国の北方に位置している。氷原の民族だ。
蒸気時代以前の御獣暦には、遊牧のさなか、他の遊牧民に打ち負かされ続けていた。
しかし蒸気時代以降、彼らは鉄道と蒸気列車を頼りに、広大な土地を少しずつ支配下に収めていった。
近年はさらに、南方の黒海地域や東地中海沿岸へ絶えず浸透を続けている。
この千年の間に、帝国とヘイラ人の間では多くの衝突が起きた。
六百三十年前、帝国の|聖セイソーク・ヒヨ大帝《セイソーク・ヒヨ大帝》が主導した盾撃戦争では、十七万の部隊と千六百の二足機甲を動員し、ヘイラ人との全面戦争に突入した。
戦争は一時、ヘイラ人の核心工業都市にまで押し寄せた。
しかし大寒波のなか、帝国の主力装甲部隊は寒さで凍結して行動不能となり、甚大な被害を被った。
それ以来、帝国のヘイラに対する戦争は防御戦争へと変わり、ヘイラ人の海への出口を封じることが主目的となった。
……
そして今宵の晩餐会で、ロースが幾度もヘイラに言及し、エロットもひどく厳粛な態度を見せたことから、秉核は何か尋常ならざる気配を感じ取った。
帝国の北方戦争の意思決定は、黒海艦隊副司令ロースや、王立騎士団の一介の連隊長にすぎないアイロットが画策できるようなものではなかった。
聖ソークのヘイラ人に対する方針は、北方の龍牙要塞の公爵と、帝都のあの大物たちが決めていた。
家長の長子がこうした情報に関心を寄せるのは、大物たちの決定が多くの貴族家系に影響を及ぼすからだ。
そして銃焰家は今、情報を掴んで分析し、上層部のコネクションを使って上層へ探りを入れ、家の政策を調整しようとしている。
帝国が戦争を始めようとするなら、北方に位置する銃焰家は、十分な準備を整え、十分な資源を手中に収め、帝国内での発言権が弱まったり犠牲にされたりしないよう確保しなければならない。
銃焰家は蒸気暦とともに産業革命の波に乗って生まれた新興貴族で、多くの貴族から見れば由緒は浅い。だが帝国にとって重要な軍需生産の権利を握っていた。――だから老舗の貴族たちの目には、銃焰家が子爵の地位に戻っても、それは当然のことで惜しくはないと映っていた。
……
そう思うと、秉核はあくびをひとつして自嘲気味に笑い、独り言をつぶやいた。「まあ、こんなことを私が心配する必要もないか。銃焰家は今から没落し始めたところで、あるべき地位に戻るだけだ。それでも私はこの大きなベッドで寝られる。私は嫡流だからな」
秉核は引き出しを開け、魔示石(体内の魔力分布を映し出す鏡に相当する。新魔法体系では魔素への要求が高くなく、上古の魔法体系では九十九パーセントの新魔法が零階魔法に分類される)を取り出した。
秉核は今夜の修業を始めた。
体内で魔力のポイントを制御し、法脈を組み上げていく。
これは痛みを伴う過程ではないが、法脈が広がるときには、小さな虫が這うような感覚がある。
この痺れるような痒みのなかでも体を安定させ続けることで、法脈は整然と育つのだ。
……
秉核の体内には予脈があり、成長速度は正常の範囲内だった。思芬伯爵は毎週秉核の学習状況を確認する。もちろん秉核はいつも伯爵を満足させていた。非常に整然としていて、少しの狂いもない。わずかなずれでもあれば学習を中断し、思芬伯爵は数日から十数日をかけてその法脈を修正しなければならない。ロスは三度修正されたという。現在の秉核は一度も修正されていない。だが伯爵は毎回秉核に不満を抱いていた。秉核の学習は整然としているものの、進度がいつも常人より遅れているからだ。
これは秉核が一族の法脈に真剣に取り組んでいないせいである。――その理由は、秉核の「チート」が彼に法脈の可能性を絶えず探求させているからだった。
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