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帰向  作者: 凛光穂
第三巻 緊迫の逃亡?刺激的な逃避行!いたずらな旅

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籠から出た鳥 その一

 場所は波輪(ポーレン)港。


 馬車から降りた。


 秉核(ヘイカク)は言った。

「じゃあね」


 秉核(ヘイカク)は礼儀正しく御苑家の使用人に手を振った。波輪(ポーレン)港まで護送してきた御苑家の使用人も、何も知らないまま笑顔で秉核(ヘイカク)に手を振り返した。

 まるで旧知の間柄のような、別れの空気が流れた。


 御苑家の馬車屋の男たちに見送られながら、秉核(ヘイカク)は工具箱を提げ、軽やかで楽しげな足取りで歩き出した。波輪(ポーレン)港の行き交う人混みの中へ消えていった。


 御苑家の使用人たちの視線から離れると、秉核(ヘイカク)はさっそく街をぶらつき始めた。

 通りには、鯨油で揚げた食べ物の匂い、馬糞の臭い、そして花の香水の香りが満ちていた。


 通りには馬車が行き交い、ロバが引く荷車もあり、秉核(ヘイカク)は自転車まで目にした。

 それは帝都で自分が製造した自転車だった。


 秉核(ヘイカク)は波輪(ポーレン)港の人々の商才に思わず感嘆した。

「こんなところまで売れてきたのか」


 御苑家の田園経済と比べれば、波輪(ポーレン)家の領地は明らかに港町の商業経済だった。

 この家系は機械技師と船乗りを数多く輩出してきた。

 中位職業は機械制御者と船長で、もちろん騎士の血筋もある。


  ……


 この家系の由緒は侯爵の爵位にふさわしい。機械分野では相当な影響力を持っている。


 数ヶ月前、天体塔機械学院が補充試験を行った際、波輪(ポーレン)家への特別な配慮がその一端を窺わせた。


 現在の蒸気船産業でも、波輪(ポーレン)家の工場にはその影響力と経済力が如実に表れている。


 例えば銃焰(ガンフレイム)家の機械技師や機械制御者は、軍需生産の閑散期になると、飛行船や列車でポーレン港へ送られ、船舶の生産に加わる。一方、銃焰(ガンフレイム)家の工場には銃焰(ガンフレイム)家の機械技師しかいない。これは波輪家(ポーレン)が銃焰(ガンフレイム)家よりもはるかに裕福であることを示している。


 もし今、秉核(ヘイカク)が命知らずにも波輪家(ポーレン)の造船拠点を訪れれば、家族の知り合いに『驚き』とともに出会うことになるだろう。


  ……


 賑やかな通りで三十分ほど当てもなくぶらついた後、秉核(ヘイカク)は小さなノートを取り出し、計画を立て始めた。

 第一歩は、一定量の食料と二着の衣類を買うこと。

 最後に船の切符を買うことだった。


  ……


 四十分後、ポーレン港の中央遠洋広場の真ん中には、一つの彫像が立っていた。


 彫像は船の上に立ち、夜明珠を掲げる女神だった。三メートル四方の石台の上に据えられている。

 船首の部分が突き出しており、その下に日陰を作り出していた。


 秉核(ヘイカク)は帆布の背嚢を背負い、街の十字路にある彫像の台座に腰を下ろし、船の彫像の下にある魚の彫像に頭を寄せて、買ったばかりの干し魚を噛んでいた。秉核(ヘイカク)は長い足をぶらぶらと揺らし、革靴で地面を擦るようにしながら、のんびりした様子でつぶやいた。

「世界は広い、見てみたいな」


 中位職業者に昇格した後、この河口の街へ逃げ込んでから、数ヶ月にわたって抱えていた心理的な圧力は徐々に消えていった。

 そして今は、籠から出された鳥のような高揚感に包まれていた。


 干し魚を食べ終えると、秉核(ヘイカク)は通りの角へ行ってしゃがみ込み、銅板を十枚取り出した。

 そこにいる乞食に尋ねた。

「ここに密航船があるだろう」


 乞食は無表情で銅板を奪い取ると、目を閉じて何も言わなかった。


 秉核(ヘイカク)は呆然とし、さらに銅板を十枚取り出した。

 乞食は黙ってそれを受け取った。


 そして言った。

「密航船はあるが、お前が行くべき場所ではない。早く家に帰れ」


 秉核(ヘイカク)は少し腹が立った。

 金をもらいながら仕事をしないのは品がない、と思った。


 しかし突然、乞食が子供を見るような目で自分を見ていることに気づいた。秉核(ヘイカク)は少し立場を変えて考え、心の怒りをいくらか鎮めた。


 秉核(ヘイカク)は心の中で無力に首を振った。

「確かに、今の年齢で外に出るのは、ほとんどの人にとって自殺行為に見えるだろう」


 乞食は、秉核(ヘイカク)が裕福な家の子で金を持っていると見て、金をせびった。


 そして乞食は、金を要求したうえで、彼(乞食)の目に映る秉核(ヘイカク)にとって最善の選択は引き返すことだと告げた。

 ――ある意味、これは一種の善意だった。


  ……


 秉核(ヘイカク)は心の中で、遠い記憶にあったかのようなその言葉をつぶやいた。

「貧しい者と数十円のことで争ってはいけない。彼らの置かれた状況では争えないのだ。貧者の善意を得たければ、彼らの致命傷を踏まぬよう細心の注意を払え」


 秉核(ヘイカク)は財布を取り出した。中には全部で二十リラ入っていた。秉核(ヘイカク)は少し躊躇してから十五リラを取り出すと、乞食の服の裾に押し込み、呆然とする乞食に笑いかけた。

「ありがとう」と言って踵を返し、去っていった。


 ―――――

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