第九話
第9話 犯人は、王宮の中にいる
「……誰かが、アリアナを殺した?」
レオニードの声は低かった。
父親はすぐには答えなかった。
「断定はできない」
「なら調べればいい」
レオニードは顔を上げた。
「俺は王太子だ。王宮の記録をすべて調べる」
「殿下」
「今度こそ――」
拳を握る。
「俺が、アリアナを守る」
その言葉に、マリアが目を伏せた。
「……遅すぎます」
小さな声だった。
レオニードの動きが止まる。
「申し訳ありません」
マリアは涙をこらえながら続けた。
「でも……アリアナ様は、ずっと殿下を守っていました」
「……分かっている」
「いいえ」
マリアは首を横に振った。
「まだ、分かっていません」
そして、一枚の紙を差し出した。
「これは、アリアナ様が亡くなる前日の夜に書かれたものです」
レオニードが受け取る。
そこには短い文章があった。
『マリアへ』
『もし私が死んだら、殿下には絶対に言わないで』
『私が最後まで笑っていたと』
レオニードの指が震える。
「……なぜ」
さらに読む。
『殿下は、優しいから』
『私が苦しんでいたと知れば、自分を責めてしまう』
『だから、最後まで私は悪女でいる』
その下には――
『そして、もし誰かに「アリアナは殺された」と言われても、信じないで』
レオニードの目が見開かれる。
「……殺されたと?」
マリアは頷いた。
「私も意味が分かりませんでした」
父親が紙を取り上げる。
その瞬間。
紙の端に、微かな血痕があることに気づいた。
「これは……」
「アリアナ様の血です」
マリアが答えた。
「亡くなる前、手を怪我されていました」
「何があった?」
「教えてくれませんでした」
レオニードは黙り込んだ。
そのとき。
廊下から足音が聞こえた。
一人ではない。
複数人。
そして――
「殿下!」
王宮の騎士が部屋へ飛び込んできた。
「国王陛下がお呼びです!」
「理由は?」
騎士は一瞬ためらった。
「……昨夜、王宮の宝物庫からある物が盗まれました」
父親が眉をひそめる。
「何を?」
騎士は答えた。
「百年前に封印された――」
一度、言葉を飲み込む。
「『呪いの指輪』です」
レオニードの顔色が変わった。
「……指輪?」
「はい」
騎士が続ける。
「そして、宝物庫の警備記録に妙なものが残っていました」
「何だ」
「昨夜、宝物庫に入った人物は――」
騎士は震える声で告げた。
「アリアナ・フォン・ヴァルディア公爵令嬢」
部屋が静まり返った。
「……ありえない」
マリアが即座に否定する。
「アリアナ様は、その時にはもう亡くなっています」
「だからこそ問題なのです」
騎士が一枚の記録を差し出した。
そこには確かに――
『アリアナ・フォン・ヴァルディア』
という署名が残っていた。
レオニードは記録を見つめる。
そして、ふと気づいた。
その署名の筆跡は――
アリアナ本人のものではない。
「……偽物だ」
「え?」
レオニードは紙を握りしめた。
「アリアナの字を真似ている」
だが。
父親が静かに言った。
「それだけではない」
「何です?」
父親は署名の下を指差した。
そこには、日時が記されていた。
――レオニードが十八歳の冬を越えた、その日の夜。
そして、その横には――
『王位継承者の命、確定』
という赤い文字が書かれていた。
レオニードは凍りついた。
アリアナが死んだ日。
誰かが動いていた。
そして、その人物は――
今も王宮の中にいる。




