第七話
第7話 割れた鏡の向こう側
翌朝。
レオニードは、アリアナの部屋に立っていた。
主を失った部屋は、あまりにも静かだった。
窓辺には、彼女がいつも読んでいた本。
机の上には、使いかけの香水。
そして――壁際に置かれた大きな姿見。
レオニードは鏡の前に立った。
「……これを、割れと?」
隣にいたマリアが頷く。
「アリアナ様がそう書かれたのなら……きっと意味があります」
レオニードは拳を握った。
正直、怖かった。
鏡を割れば、何かが出てくる。
そんな予感がしていた。
それでも。
彼は剣を抜いた。
「……アリアナ」
小さく名前を呼ぶ。
「お前が残したものなら、俺は見る」
――ガシャンッ!
鏡が砕け散った。
床に無数の破片が落ちる。
だが。
何も起こらない。
「……?」
マリアが首を傾げた。
レオニードも黙っている。
ただの鏡だったのか。
そう思った、そのとき。
「殿下」
父親の声がした。
「鏡の裏を」
レオニードが振り返る。
割れた鏡をどかす。
壁には、小さな鍵穴があった。
「……隠し扉?」
鍵は――
なかった。
するとマリアが、突然何かを思い出したように言った。
「待ってください」
彼女はアリアナの机へ走った。
引き出しを一つずつ開けていく。
そして、一番奥から小さな箱を取り出した。
「これ……」
箱の蓋には、アリアナの字。
『私が死んだあと、王太子殿下が来たら開けて』
レオニードは息を呑んだ。
箱を開ける。
中には一本の古びた鍵。
そして、一枚の紙。
『殿下へ』
たった三文字だった。
レオニードは震える手で紙を開く。
『あなたがこれを読んでいるということは、私はもうあなたの隣にはいないのでしょう』
胸が締めつけられる。
『ごめんなさい』
『でも、これだけは信じてください』
『私は一度も、あなたを嫌いになったことはありません』
レオニードの目から涙が落ちた。
「……だったら」
声が震える。
「だったら、なぜ……俺を捨てた」
答えは書かれていない。
ただ最後に――
『鏡の向こうに、あなたが王になったあとに起こることを残しました』
『それを見れば、きっと分かります』
レオニードは鍵を握った。
そして壁の鍵穴へ差し込む。
――カチッ。
壁の一部が、ゆっくりと開いた。
その先にあったのは、小さな部屋。
中央には一つの棺が置かれていた。
「……棺?」
マリアが青ざめる。
だが。
レオニードは、棺よりもその横に置かれていたものに目を奪われた。
そこには――
王冠があった。
現在の王家のものではない。
百年以上前に失われたとされる、
初代女王の王冠。
そして、その下には一枚の肖像画。
そこに描かれていた女性を見た瞬間。
レオニードは息を失った。
「……アリアナ?」
違う。
アリアナではない。
けれど――
顔も。
瞳も。
微笑み方さえ。
あまりにも彼女に似ていた。
肖像画の裏には、こう書かれていた。
『彼女は二度目の人生で、また同じ人を愛した』
そして、その下に――
『今度こそ、彼を生かすために』
レオニードは立ち尽くした。
そのとき。
棺の中から――
コツン。
小さな音がした。




