第六話
第6話 十八歳の冬を越えたあと
「……本当に、始まるんですか」
レオニードの声が、地下書庫に落ちた。
誰も答えなかった。
アリアナの父も、マリアも。
ただ、古びた日記だけが机の上に置かれている。
レオニードは震える指で、アリアナが残した紙片を拾った。
――殿下を救うだけなら、私が死ぬ必要はない。
その言葉が、頭から離れない。
「なら……なぜだ」
レオニードは呟いた。
「アリアナは、なぜ死んだ?」
父親が静かに口を開く。
「それを調べるために、私はこの書庫を開けた」
「何か分かったのですか?」
「まだ何も。だが……一つだけ、おかしなことがある」
父親は日記をめくった。
最後の数ページ。
そこには、何度も同じ言葉が書かれていた。
――十八歳の冬を越えた者は、王太子ではなくなる。
「……どういう意味です?」
レオニードが眉を寄せる。
父親は首を横に振った。
「分からない」
その瞬間だった。
マリアが小さく息を呑んだ。
「待ってください」
彼女は日記の端を指差した。
「ここ……紙の色が違います」
全員が覗き込む。
確かに、最後のページだけ微妙に色が違っていた。
父親が慎重にページを剥がす。
すると――
その下から、もう一枚の紙が現れた。
そこには、アリアナの字でこう書かれていた。
『このページを見つけたということは、私はもういないのでしょう』
レオニードの顔から血の気が引いた。
『お父様。お願いがあります』
『どうか、殿下を責めないでください』
『殿下は、何も知らないのです』
そして――
『十八歳の冬を越えたあと、本当に始まるのは――』
そこで文章が途切れていた。
紙の下半分が、綺麗に切り取られている。
「……まただ」
レオニードが呟く。
「どうして、肝心なところだけ……」
父親が紙を裏返した。
そこには、別の文章があった。
たった一行。
『王太子が王になる日、愛する者の死が始まりを告げる』
「……王になる日?」
レオニードが顔を上げる。
その瞬間。
地下書庫の扉が激しく叩かれた。
「誰だ!」
父親が叫ぶ。
返事はない。
もう一度。
――ドン、ドン、ドン。
マリアが怯えたようにレオニードの背後へ隠れる。
父親が扉を開ける。
そこには――
王宮の使者が立っていた。
「レオニード殿下!」
「何があった」
使者は息を切らしながら頭を下げた。
「国王陛下から緊急のご命令です」
「何?」
「殿下には、明朝より王位継承のための正式な準備に入っていただくことになりました」
レオニードは固まった。
十八歳。
冬を越えた。
そして今――
王になる準備が始まった。
その瞬間。
懐に入れていたアリアナの手紙が、床へ落ちた。
封筒の裏。
今まで誰も気づかなかった場所に、小さな文字が書かれていた。
『もし殿下が王になることになったのなら』
『どうか、私の部屋の鏡を割ってください』
レオニードは息を止めた。
アリアナは――
自分が王になる日まで、
すべてを予想していた。
そして、その鏡の向こうには――
まだ誰にも知られていない「何か」が隠されていた。




