第二十八話
第28話 殺された母
『私の母を殺した人です』
その声が消えた瞬間。
レオニードは女を睨んだ。
「……お前が?」
女は笑わなかった。
「そうよ」
あまりにもあっさりとした返事だった。
リリアが一歩後ずさる。
「では……アリアナ様のお母様は、誰に?」
「私に」
女は黒い指輪を掲げる。
「正確には、この指輪の力で殺した」
レオニードの拳が震える。
「なぜだ」
「邪魔だったから」
「何が?」
「アリアナを守ろうとしていた」
女は冷たく笑った。
「あなたの父親も、アリアナの母親も――みんな邪魔だった」
その瞬間。
レオニードの脳裏に、国王の言葉が蘇った。
――アリアナは、私の娘ではない。
「……父上は知っていたのか」
「もちろん」
女は答えた。
「国王は、最初からすべて知っていた」
「なら、なぜアリアナを公爵家に?」
「守るためよ」
「……守る?」
「ええ」
女は指輪を握る。
「私から隠すために」
レオニードは息を呑む。
「アリアナの母親は、死ぬ直前に娘を公爵家へ託した」
「そして、名前を変えた」
「アリアナという名前も――」
女が笑う。
「偽名よ」
その瞬間。
遠くから、女性の声が聞こえた。
「違います」
全員が振り返る。
森の入口。
そこに――
アリアナが立っていた。
「……アリアナ!」
レオニードが駆け出そうとする。
だが、アリアナは首を横に振った。
「来ないでください」
「どうして!」
「その人は、私をあなたのところへ誘き出すためにここにいます」
女が笑う。
「やっと出てきたわね」
アリアナの顔が強張る。
「……あなたは、母を殺した」
「ええ」
「私まで殺すつもり?」
「違うわ」
女は首を振った。
「あなたには、生きてもらわないと困るの」
「何のために?」
女はアリアナを見つめる。
そして――
「王を産むためよ」
空気が凍った。
レオニードの顔色が変わる。
「……何?」
女は笑う。
「あなたの魂と、アリアナの魂を掛け合わせれば――」
「最も強い王の器が生まれる」
「そんな……」
リリアが呟く。
アリアナは震えていた。
「だから……」
彼女の声が小さくなる。
「私の母を殺したの?」
「そう」
「私をずっと追い続けていたのも?」
「そうよ」
「……ノアが私を何度も生き返らせたのは?」
女は答えない。
代わりに、黒い翼を広げる。
「ノアはあなたを愛している」
「だから何度でも蘇らせる」
「私はあなたを利用する」
「だから何度でも殺す」
アリアナの目から涙が落ちた。
「……私には、逃げる場所なんてなかった」
レオニードが一歩前へ出る。
「ある」
「殿下……」
「俺のところへ来い」
アリアナは首を横に振る。
「駄目です」
「なぜ」
「私があなたのところへ行けば、あなたが死ぬ」
「それでもいい」
「私は嫌!」
アリアナが叫ぶ。
「あなたが死ぬくらいなら、私は何度でも死ぬ!」
レオニードが息を呑む。
その瞬間。
黒い指輪が光った。
女が笑う。
「そう」
「やっと言ったわね」
「その言葉を待っていたの」
「……何?」
女はレオニードを見る。
「今、あなたは『彼女が何度でも死ぬ』と言った」
「それがどうした」
「儀式は――」
女の目が赤く輝く。
「今、完成した」
――ゴーン。
王宮の鐘が鳴った。
戴冠式の前夜。
レオニードの胸に黒い紋様が走る。
アリアナの首元にも、同じ紋様が浮かぶ。
二人の紋様が――
一本の黒い線で繋がった。
「……!」
女が微笑む。
「これで、どちらかが死ねば――」
「もう一人も死ぬ」
レオニードはアリアナを見る。
彼女は泣いていた。
「殿下……」
「今度こそ」
レオニードは彼女の手を握る。
「絶対に離さない」
その瞬間。
女の背後から――
もう一つの黒い翼が現れた。
「……ノア?」
女が振り返る。
そして初めて、顔から笑みが消えた。
「なぜ、ここに……」
闇の中。
赤い瞳が二つ、光る。
『彼女に触れるな』
低い声。
『その女は――』
ノアがゆっくり姿を現す。
『私の花嫁だ』




