第二十五話
第25話 心臓の中の手紙
「……熱い」
レオニードは胸元を押さえた。
服の下。
心臓のあたりが、異様なほど熱を持っている。
リリアが近づく。
「殿下……大丈夫ですか?」
「分からない」
父親がレオニードの胸元を見る。
「何か身につけているのか?」
「何も――」
そこで、レオニードは思い出した。
婚約していた頃。
アリアナから贈られた小さな銀のペンダント。
婚約破棄の日以来、外していた。
……はずだった。
「待て」
レオニードは首元を探る。
指先に、冷たい金属が触れた。
「……これ」
服の中から取り出す。
小さな銀のペンダント。
父親が目を見開いた。
「それは……」
「アリアナからもらったものです」
ペンダントの裏には、何も刻まれていない。
だが。
胸元の熱が強くなるにつれて――
銀色の表面に文字が浮かび始めた。
『五枚目』
レオニードは息を止める。
「……これが?」
リリアが頷く。
「きっと……」
ペンダントを開く。
中には、小さな紙が折り畳まれていた。
レオニードの手が震える。
ゆっくり開く。
『殿下へ』
『あなたは今、きっと混乱しているでしょう』
『どうしてこんなものを持っているのか』
『どうして私は、死んだあとまであなたに秘密を残すのか』
『私にも分かりません』
そこで一度、文章が途切れていた。
『ただ、一つだけ覚えていてください』
『私はあなたを騙したかったわけではありません』
『あなたに生きてほしかった』
レオニードの目から涙が落ちる。
『だから、もし私が死んでも――』
『私を探さないでください』
「……また、それか」
レオニードは苦しそうに笑った。
「何度、俺に同じことを言えば気が済むんだ」
だが。
その下の文章を読んだ瞬間。
笑みが消えた。
『もし、それでも私を探してしまったなら』
『あなたはもう、呪いの中にいます』
「……」
『そして、五枚目の手紙を読んだ時点で――』
『あなたの心臓には、黒い指輪の力が宿ります』
父親が顔を上げる。
「まさか……」
レオニードの胸元に、黒い線が浮かび始めた。
心臓を中心に。
細い紋様が、ゆっくりと広がっていく。
「殿下!」
リリアが叫ぶ。
レオニードは胸を押さえた。
苦しい。
息ができない。
その瞬間。
どこからともなく声が響いた。
『ようやく見つけた』
全員が凍りつく。
「……ノア?」
『違う』
声は低く、冷たい。
『私はノアではない』
レオニードの胸の紋様が、さらに濃くなる。
『私は、この国の王位を守ってきた者』
父親が青ざめる。
「……王家の守護者?」
『そう呼ばれていた時代もある』
声が笑う。
『だが今は――』
『王を選ぶ者だ』
レオニードは息を絞り出す。
「お前が……アリアナを?」
『違う』
『アリアナを生かしたのはノア』
『彼女を死なせたのは――』
声が途切れる。
そして。
『お前だ』
「……!」
レオニードは息を呑む。
「俺が……?」
『そうだ』
『お前が彼女を愛した』
『だから彼女は死んだ』
『お前が彼女を捨てた』
『だから彼女は生き返った』
『そして今――』
声が低く響く。
『お前は、また彼女を愛した』
レオニードの胸の紋様が、一瞬で黒く染まる。
『これで、儀式が始まる』
「……儀式?」
父親が叫ぶ。
「何の儀式だ!」
声は答えない。
代わりに。
遠くから、王宮の鐘が鳴った。
――ゴーン。
一度。
二度。
三度。
そして四度目。
レオニードの胸に刻まれた紋様が光る。
『第一段階――』
『王太子の心臓に、印を刻む』
「やめろ!」
レオニードが叫ぶ。
だが。
声は淡々と続けた。
『第二段階――』
『王太子に、最も愛する者を選ばせる』
レオニードの目が見開かれる。
そして最後に。
『第三段階――』
『選ばれなかった者を、殺す』
その瞬間。
王宮から新たな鐘が鳴り響いた。
戴冠式まで――
あと一日。




