第二十四話
第24話 最後の一枚
戴冠式まで、あと二日。
レオニードは眠れなかった。
机の上には、アリアナからの手紙。
何度読んでも、最後の一文だけが頭に残る。
――私の遺書の最後の一枚を、読んでください。
「最後の一枚……」
そのとき。
扉が三度、叩かれた。
「殿下」
父親だった。
「入れ」
扉が開く。
父親は一枚の封筒を持っていた。
「見つけた」
レオニードが立ち上がる。
「どこに?」
「アリアナの部屋だ」
封筒には何も書かれていない。
だが、封蝋だけが違った。
ヴァルディア公爵家の紋章。
そして、その上に――
王家の紋章。
二つの紋章が重なっている。
「……どうして」
「分からない」
父親は封筒を差し出した。
「ただ、裏にこう書いてある」
レオニードが見る。
『十八歳の冬を越えた王太子へ』
レオニードはゆっくり封を開けた。
中には、一枚だけ。
『殿下』
『この手紙を読む頃、私はきっとあなたの前にいないでしょう』
胸が締めつけられる。
『私はずっと、あなたを守るために嘘をついてきました』
『でも、一つだけ本当のことがあります』
レオニードは息を止めた。
『私が悪役になった理由は、呪いだけではありません』
「……?」
『私は、王宮の中にいる誰かが、あなたを王にしたがっていることを知っていました』
父親が顔を上げる。
「誰だ……?」
手紙には、名前がない。
『その人は、あなたを王にしたい』
『そして、あなたが王になるためには――』
一行、空白。
その下に。
『私とリリア様が必要です』
レオニードの表情が変わる。
「二人が……?」
『私は王太子の「愛」を持っていました』
『リリア様は聖女の「力」を持っていました』
『二つを合わせることで、王位継承の儀式が完成します』
「……王になるための儀式?」
父親が呟く。
『だから私は、リリア様を守りました』
『そして、あなたから愛されないようにしました』
レオニードの手が震える。
『あなたが私を愛していれば、私が儀式の犠牲になる』
『でも、あなたが私を嫌えば――』
そこで文章が途切れている。
レオニードは紙を裏返す。
何もない。
「また……」
そのとき、父親が紙を火に近づけた。
すると――
文字が浮かび上がった。
『私が犠牲にならなくても、別の方法がある』
『それは――』
文字が、ゆっくり現れる。
『王になる者自身が、愛する者を選ばないこと』
レオニードは息を止めた。
「……俺が?」
『殿下』
『あなたが王になるために必要なのは、愛する女性ではありません』
『愛を捨てることです』
「……」
そして最後。
『だから、私を忘れてください』
レオニードの目から涙が落ちた。
『あなたが私を忘れれば、誰も死なない』
『それが私の望みです』
しばらく沈黙が続いた。
だが。
父親が手紙の端を見て、眉をひそめた。
「殿下」
「何です?」
「この手紙……」
父親が指差す。
紙の端に、小さな数字が刻まれている。
――三。
「……三?」
「日付か?」
違う。
レオニードは気づいた。
この数字は、今までの手紙にもあった。
一枚目。
――一。
二枚目。
――二。
そして今回。
――三。
「……手紙が三枚?」
父親が頷く。
「いや」
レオニードは首を振った。
「違う」
彼は立ち上がった。
「これは、順番だ」
「順番?」
「アリアナは最初から――」
レオニードが手紙を並べる。
「三枚目を最後に読むようにしていた」
その瞬間。
部屋の外から、女性の声がした。
「……違います」
二人が振り返る。
そこに立っていたのは――
リリアだった。
「その手紙は、三枚目ではありません」
「リリア?」
彼女は震える手で、一枚の紙を取り出した。
「アリアナ様が……私に預けたものです」
レオニードが受け取る。
そこには、こう書かれていた。
『これは、四枚目』
そして――
『四枚目を読んだ人は、必ず五枚目を探してください』
レオニードは息を呑む。
「……五枚目?」
リリアが頷く。
「はい」
「どこにある?」
リリアは首を横に振った。
「分かりません」
そして、小さな声で続けた。
「でも……」
「アリアナ様は、最後にこう言いました」
『五枚目は、私が一番愛した人の――』
そこでリリアは言葉を止めた。
「……何と言った?」
リリアはレオニードを見つめる。
「『心臓の中にある』と」
レオニードは息を呑んだ。
その瞬間。
胸元が――
微かに熱くなった。




