第二十三話
第23話 戴冠式まで、あと三日
「三日後……」
レオニードは呆然と呟いた。
目の前には、まだアリアナがいる。
だが、その身体は薄い。
まるで朝日に溶ける雪のようだった。
「どうすればいい?」
レオニードが尋ねる。
「どうすれば、お前を救える?」
アリアナは悲しそうに笑った。
「……戴冠式を止めてください」
「分かった」
即答だった。
「今すぐ止める」
「殿下」
「王になんてならない」
アリアナの瞳が揺れる。
「でも……」
「お前が死ぬくらいなら、王位なんていらない」
「違います」
アリアナは首を横に振る。
「戴冠式を止めるだけでは駄目です」
「なぜ?」
「ノアは、王になる人を必要としているんです」
「俺を?」
「はい」
アリアナは胸元の黒い紋章に触れた。
「あなたが王にならなければ、次の王を選ぶ」
「……誰を?」
「分かりません」
アリアナの声が震える。
「だから、私が死ぬ必要があった」
「それならなおさら――」
「違うんです!」
アリアナが叫ぶ。
「私は死ぬことで、あなたを救おうとしたんじゃない」
レオニードが黙る。
「私は――」
アリアナは涙を流した。
「あなたが王になる未来を、壊そうとしたんです」
「……」
「でも失敗しました」
彼女の首元の紋章が赤く光る。
「ノアは、私を何度でも蘇らせる」
「どうして?」
「私があなたを愛している限り」
レオニードは息を止めた。
「私の命は、あなたの王位と繋がっている」
「なら――」
「だから」
アリアナが微笑む。
「私があなたを愛することをやめればいい」
「……何?」
「そうすれば、私は自由になれる」
レオニードは首を振った。
「そんなこと、できるわけない」
「できます」
「できない!」
初めて。
レオニードが声を荒らげた。
「俺はもう、お前を手放さない」
アリアナは目を伏せる。
「……殿下」
その声は、とても悲しかった。
「その言葉を、もっと早く聞きたかった」
「なら、今からでも――」
「もう遅いんです」
アリアナの姿が消え始める。
「待って!」
レオニードが手を伸ばす。
だが。
指先は空を掴んだ。
「アリアナ!」
彼女は最後に微笑んだ。
「三日後」
「必ず、王宮へ来てください」
「なぜ?」
「そこで――」
アリアナの声が遠ざかる。
「私の遺書の最後の一枚を、読んでください」
そして。
姿が消えた。
*
翌朝。
王宮。
レオニードは国王の前に立っていた。
「父上」
「……何だ」
「戴冠式を中止してください」
国王の顔色が変わる。
「できない」
「なぜです」
「もう決まったことだ」
「俺は王になりません」
「ならば誰がなる?」
レオニードは答えられない。
国王は静かに言った。
「お前が王にならなければ、国は乱れる」
「それでも」
「アリアナのためか?」
レオニードの目が鋭くなる。
「……なぜ、その名前を」
国王は俯いた。
「私は、あの子に約束した」
「何を?」
「お前を守ると」
「だったら――」
「だが、私は約束を破った」
レオニードが息を止める。
国王は震える手で、一通の封筒を取り出した。
「これは、アリアナが私に預けたものだ」
「……いつ?」
「お前が戴冠する日まで、決して開けるなと言われていた」
レオニードは封筒を見る。
そこには――
『国王陛下へ』
そして裏には。
『この手紙を渡したら、私はもう戻れません』
国王は封筒を握りしめた。
「……私は怖かった」
「父上?」
「アリアナが死ぬことよりも――」
国王は目を閉じる。
「お前が真実を知ることが」
その瞬間。
レオニードの背後から、宰相の声がした。
「陛下」
二人が振り返る。
「戴冠式の準備が整いました」
宰相はいつもの笑顔だった。
「三日後――」
そして、レオニードを見つめる。
「殿下は、正式に王となります」
レオニードはその目を見返した。
「……宰相」
「はい」
「あなたは、アリアナが死ぬことを知っていたのか?」
一瞬。
宰相の笑顔が消えた。
だが――
「何のことでしょう?」
そう答えた。
その夜。
宰相の執務室。
誰もいないはずの部屋で、彼は一冊の古い本を開いた。
最後のページ。
そこにはこう書かれていた。
『王が誕生する日に、二人目の魂が目覚める』
宰相は静かに笑った。
「あと三日か」
そして。
その本の隣には――
アリアナの遺書が、一枚。
『最後の一枚』
と書かれていた。




