第二十二話
第22話 前の人生
「本当の理由……?」
レオニードは呟いた。
ノアは答えなかった。
代わりに、アリアナへ手を伸ばす。
「もう十分だ」
「嫌……!」
アリアナが後ずさる。
「私は帰らない」
「帰る場所などない」
「ある!」
アリアナはレオニードを見る。
「私には……この人がいる」
その言葉に、レオニードの胸が締めつけられた。
ノアの目が細くなる。
「なら、見せてやろう」
「何を……?」
「お前たちが忘れた過去を」
黒い翼が大きく広がった。
次の瞬間。
視界が真っ白になる。
*
――雪が降っている。
レオニードは知らない場所に立っていた。
目の前にいるのは――
まだ幼いアリアナ。
いや。
アリアナではない。
エレノアだった。
「……これは?」
レオニードの隣に、アリアナが立っている。
「前の人生です」
「俺もいるのか?」
「……います」
雪の中。
一人の青年が走ってくる。
その顔を見た瞬間。
レオニードは息を呑んだ。
自分だった。
正確には――
前世の自分。
青年はエレノアの手を取った。
「逃げよう」
「でも、あなたは王になるのでしょう?」
「王なんてどうでもいい」
青年は笑った。
「君と一緒なら」
エレノアは泣きそうに笑った。
「私も、あなたといたい」
その光景を見ながら、レオニードは胸が苦しくなった。
「……俺たち」
「はい」
アリアナが答える。
「前の人生でも、愛し合っていました」
だが。
場面が変わる。
王宮。
血まみれの床。
倒れているエレノア。
その前に立つ青年。
「……やめろ!」
レオニードが叫ぶ。
青年の手には剣。
そして。
エレノアの胸には――
黒い指輪。
「違う……」
アリアナが震える。
「これは違う」
ノアの声が響く。
『見ろ』
青年が剣を握りしめる。
『彼女を殺せ』
「やめて!」
アリアナが叫ぶ。
しかし過去の映像は止まらない。
青年が剣を振り上げる。
エレノアは泣きながら笑っていた。
そして――
「愛してる」
その言葉とともに。
剣が振り下ろされる。
レオニードは目を閉じた。
「……俺が」
声が震える。
「俺が、殺した……?」
ノアが答える。
『そうだ』
『だが――』
映像が止まる。
床に倒れたエレノアの手が、ゆっくり動いた。
黒い指輪を外す。
そして。
青年の手へ押し込む。
『これで、あなたは生きられる』
レオニードが目を見開く。
「……何?」
ノアが笑う。
『彼女は自分から死んだ』
『お前を生かすために』
アリアナが泣いている。
「だから……」
「私たちは、同じことを繰り返してる」
レオニードは彼女を見る。
「俺が、お前を殺したわけじゃない?」
アリアナは首を横に振った。
「違う」
「なら、なぜノアは――」
「あなたが殺したと思わせたかったんです」
ノアの表情が変わる。
アリアナは続けた。
「あなたが自分を憎めば、私から離れると思った」
「……ノアが?」
「はい」
「どうして?」
アリアナは涙を拭う。
「ノアは、私を救いたいんじゃない」
「じゃあ何なんだ」
アリアナは答えた。
「私を――」
一度、息を吸う。
「永遠に自分のものにしたいんです」
その瞬間。
ノアの姿が消えた。
代わりに森全体が黒い霧に包まれる。
「アリアナ!」
「殿下!」
二人の手が届く。
あと少し。
指先が触れる。
その瞬間――
アリアナの身体が透け始めた。
「……嫌だ」
「アリアナ!」
「殿下……」
彼女は泣きながら笑った。
「やっと……思い出してくれた」
「何を?」
「あなたが前の人生で、最後に私に言った言葉」
レオニードは息を呑む。
記憶の奥底から。
一つの言葉が浮かび上がる。
――『次の人生でも、必ず君を見つける』
レオニードの目から涙が落ちた。
「……アリアナ」
彼女の姿が、さらに薄くなる。
「今度こそ……」
レオニードが手を伸ばす。
「俺が、お前を守る」
アリアナは微笑んだ。
だが、その瞬間。
彼女の首元に――
黒い紋章が浮かび上がった。
そして森の奥からノアの声が響く。
『その約束は――』
『三日後に破られる』
レオニードは凍りついた。
三日後。
それは――
予定されている戴冠式の日だった。




