第二十一話
第21話 あなたは誰?
「アリアナ!」
レオニードは森へ駆け込んだ。
月明かりの下。
木々の間を抜ける。
「どこだ!」
返事はない。
ただ――
遠くで枝を踏む音がする。
「アリアナ!」
さらに奥へ進む。
すると。
一本の大樹の前に、少女が立っていた。
白いドレス。
銀色の髪。
青い瞳。
間違いない。
「……アリアナ」
少女はゆっくり振り返った。
そして。
「来ないで」
震える声。
「殿下は……ここに来ちゃだめ」
レオニードは足を止めた。
「どうして?」
「あなたが来たら……」
少女は胸元を押さえる。
「また、私があなたを傷つける」
「お前は俺を傷つけてなんかいない」
「違う!」
初めて、少女が声を荒げた。
「私はあなたを騙した!」
涙が頬を伝う。
「婚約を壊して、あなたに嫌われて……全部、私がやった」
「知ってる」
「違うの……」
少女は首を横に振る。
「それだけじゃない」
レオニードが息を呑む。
「何をした?」
少女は答えない。
代わりに、一歩後ろへ下がった。
「私は……もう、アリアナじゃない」
「そんなこと言うな」
「本当なの」
少女の瞳が揺れる。
「私は三回、死んだ」
レオニードの顔が強張る。
「……三回?」
「一回目は、前の人生」
「二回目は……」
少女は胸元を握りしめる。
「あなたの十八歳の冬」
「そして三回目が――」
彼女は自分の胸を指した。
「三日前」
レオニードは息を止めた。
「じゃあ……」
「はい」
少女は涙を拭う。
「私は三日前に、一度死んでいます」
「でも、今ここにいる」
「ノアが……私を戻した」
その名前に、レオニードの表情が変わる。
「堕天使か」
少女は頷いた。
「彼は私を死なせてくれない」
「なぜ?」
少女は苦しそうに笑った。
「私が死んだら、あなたが幸せになるから」
レオニードは理解できなかった。
「……どういう意味だ」
「ノアは、エレノア様を愛していました」
「そして今度は――」
少女の瞳から涙が落ちる。
「私を、エレノア様の代わりにしようとしている」
「……!」
レオニードが一歩近づく。
「だから、アリアナはエレノアの生まれ変わりじゃないと言ったのか」
「はい」
「では、お前は誰なんだ?」
少女は黙った。
しばらくして。
小さな声で答える。
「私は――」
「エレノア様が、最後に残した魂です」
レオニードは言葉を失った。
「エレノア様は死ぬ直前、自分の魂を二つに分けた」
「一つは、王家に」
「もう一つは――」
少女は自分を指差す。
「私に」
「なぜ?」
「ノアから、あなたを守るため」
その瞬間。
森の奥から低い声が響いた。
「余計なことを話すな」
少女の身体が震える。
「……ノア」
闇の中から、黒い翼が現れる。
長い銀髪。
赤い瞳。
人間とは思えない美しい顔。
そして、レオニードを見つめる。
「お前が、彼女を奪った王子か」
レオニードは剣を抜いた。
「アリアナを返せ」
男は笑った。
「返す?」
「彼女は物じゃない」
「違う」
ノアは静かに首を振る。
「彼女は――」
アリアナを見つめる。
「私が百年待ち続けた女だ」
「……!」
アリアナが震える。
「ノア……お願い」
「黙れ」
ノアの目が赤く光る。
その瞬間。
アリアナの身体が苦しそうに折れた。
「アリアナ!」
レオニードが駆け寄る。
だが、ノアが手を上げた。
黒い炎が二人の間に現れる。
「近づくな」
「何をした!」
「何もしていない」
ノアは冷たく笑う。
「ただ、思い出させただけだ」
「何を?」
ノアはアリアナを見る。
「彼女が前の人生で――」
そして。
レオニードの顔を見て言った。
「お前に殺されたことを」
「……は?」
レオニードの顔から血の気が引いた。
アリアナは泣きながら首を振る。
「違う……」
「違わない」
ノアが囁く。
「お前は一度、彼女を殺した」
「そして二度目の人生でも――」
「また、彼女を捨てた」
レオニードは動けなかった。
だが。
アリアナが震える声で叫ぶ。
「違う!」
「殿下は――」
涙を流しながら。
「私を殺してなんかいない!」
その言葉に、ノアが初めて表情を変えた。
そして彼は――
悲しそうに笑った。
「……まだ、思い出していないのか」
「何を?」
ノアはレオニードを見つめる。
「お前が彼女を殺した――」
「本当の理由を」




