第十九話
第19話 墓の中は空だった
「……アリアナが、生きている?」
誰も答えられなかった。
夜風だけが吹き抜ける。
アリアナの母は震えながら続けた。
「門番は最初、見間違いだと思ったそうです」
「だが違った」
父親が低く言う。
母親は頷いた。
「銀色の髪も、青い瞳も……間違いなくアリアナだったと」
レオニードは走り出していた。
「殿下!」
父親が呼び止める。
「待て!」
「待てません!」
レオニードは振り返る。
その瞳は真っ赤だった。
「もし生きているなら――」
声が震える。
「今度こそ、会わなきゃいけない」
*
深夜。
ヴァルディア公爵家。
屋敷中に明かりが灯っていた。
門番たちは青ざめた顔で証言する。
「確かに見ました」
「どこで?」
「中庭です」
「何をしていた?」
「ただ……こちらを見ていました」
レオニードは眉をひそめた。
「話しかけなかったのか」
「声が出なかったんです」
門番は唇を震わせる。
「怖かったんです」
「アリアナが?」
「違います」
門番は首を横に振った。
「アリアナ様の後ろです」
「後ろ?」
その言葉に全員が顔を見合わせた。
「何がいた」
門番は青ざめたまま答えた。
「黒い影です」
沈黙。
「人だったのか?」
「分かりません」
「男か女かも?」
「見えませんでした」
だが。
門番は一つだけ覚えていた。
「その影は……アリアナ様を見ていました」
「見ていた?」
「まるで、逃がさないように」
レオニードの背筋が冷えた。
*
一時間後。
全員は墓地にいた。
アリアナが眠るはずの場所。
白い石碑。
まだ新しい花。
レオニードは墓を見つめた。
「……掘り返すのか」
父親が苦しそうに言う。
「許してくれ、アリアナ」
土が掘り返される。
やがて棺が現れた。
レオニードの手が震える。
棺が開かれる。
そして――
誰も言葉を失った。
「……ない」
マリアが呟く。
棺の中には。
アリアナの遺体がなかった。
代わりに。
一輪の白い花だけが置かれていた。
「そんな……」
母親が崩れ落ちる。
レオニードは棺の中を見る。
信じられなかった。
葬儀の日。
確かに彼女は眠っていた。
この目で見た。
それなのに。
「遺体が……ない」
父親が棺の底を調べる。
すると、一枚の紙が見つかった。
古びた紙だった。
レオニードが開く。
そこには見覚えのある筆跡。
アリアナだった。
『殿下へ』
『もし、この手紙を読んでいるなら』
『きっと私は失敗しました』
レオニードの呼吸が止まる。
『本当は、ここで終わるはずでした』
『私が死ねば、すべて終わるはずだったのです』
「……死ねば?」
『ですが、あの人は私を死なせてくれませんでした』
父親が顔を上げる。
「あの人?」
続きがある。
『エレノア様ではありません』
『リリア様でもありません』
『王でもありません』
そして。
最後の一文。
『私を何度も生き返らせる人です』
全員の顔色が変わった。
「……何度も?」
レオニードが呟く。
その瞬間。
墓地に強い風が吹いた。
白い花びらが舞う。
そして。
誰もいないはずの墓地の奥から――
声が聞こえた。
「レオ……」
レオニードが振り返る。
そこには。
月明かりの下。
白いドレスを着た少女が立っていた。
銀色の髪。
青い瞳。
忘れられるはずがない。
「……アリアナ」
少女は悲しそうに笑った。
そして。
「来ちゃだめ」
そう言った。
次の瞬間。
彼女の身体が、闇の中へ引きずり込まれた。
まるで見えない誰かに捕まったように。
「アリアナ!!」
レオニードは駆け出した。
だが。
そこにはもう誰もいなかった。
ただ地面に――
黒い羽が一枚だけ落ちていた。
そして父親が、その羽を見た瞬間。
顔面蒼白になった。
「……まさか」
「何ですか?」
父親は震える声で答えた。
「堕天使だ」
「え?」
「アリアナを生き返らせているのは――」
父親の声が途切れる。
「百年前に封印された、王家の堕天使かもしれない」




