第十六話
第16話 私は、あなたを騙していました
『殿下』
『私は、あなたを騙していました』
レオニードは、その一文から目を離せなかった。
騙していた。
その言葉だけが、胸に突き刺さる。
「……何を?」
誰もいない部屋で、レオニードは呟いた。
震える手で続きを開く。
『私はずっと、あなたに嫌われようとしていました』
『けれど、それだけではありません』
『私はあなたに、ひとつだけ嘘をつきました』
レオニードの心臓が大きく鳴った。
『私は、あなたを愛していない』
あの日。
婚約破棄を告げられたとき。
アリアナが最後に言った言葉。
――「私も、殿下を愛しておりません」
あれが嘘だった。
「……嘘だったのか」
レオニードの目から涙が落ちる。
「最初から……?」
手紙は続いていた。
『本当は、ずっと愛していました』
『あなたが初めて私に笑いかけてくれた日から』
『あなたが王太子として悩んでいた夜も』
『あなたが誰にも見せない弱さを、私にだけ見せてくれた日も』
『全部、大切でした』
レオニードは手紙を握りしめた。
「だったら……」
声が震える。
「どうして、あんなことをしたんだ」
答えは、次のページにあった。
『あなたに愛されている限り、私は死ぬ』
『正確には――』
『あなたが十八歳の冬を越えたあと、私に死が移る』
レオニードは息を止めた。
「……死が、移る?」
『だから私は、あなたの愛を捨てさせました』
『あなたに嫌われれば、呪いは私には届かない』
『そう思っていました』
そこで文章が一度途切れている。
そして次の行。
『でも、違いました』
レオニードの指が止まる。
『私は間違っていました』
『あなたが私を嫌ったあとも、呪いは止まりませんでした』
「……なぜ」
『なぜなら――』
その先だけ、黒く塗りつぶされていた。
レオニードは紙を光に透かす。
微かに文字が見える。
『呪いが欲しいのは、愛ではない』
『王太子の――』
そこから先は完全に読めない。
「くそ……!」
レオニードは机を叩いた。
「また……!」
何度も。
何度も。
肝心なところだけが消されている。
そのとき。
手紙の最後に、小さな追伸があることに気づいた。
『殿下』
『お願いがあります』
『私の死を利用して、王にならないでください』
「……?」
『あなたが王になれば、必ず誰かが死にます』
『それは私ではありません』
レオニードの顔から血の気が引く。
「……俺が王になったら?」
『王になったあなたが、最初に失う人は――』
そこで文章が途切れていた。
しかし。
今度は紙の裏に続きがあった。
『リリア様です』
「……!」
レオニードは立ち上がった。
その瞬間。
扉が開いた。
「殿下!」
騎士が駆け込んでくる。
「聖女リリア様が――」
「リリアがどうした!」
「姿を消しました」
「……何?」
騎士は震える声で続ける。
「聖女様の部屋には、黒い指輪だけが残されていました」
レオニードは手紙を握りしめた。
アリアナが残した言葉。
――リリア様です。
そして今。
リリアが消えた。
「……アリアナ」
レオニードは呟く。
「お前は、これを知っていたのか?」
返事はない。
ただ、机の上の手紙の最後。
今まで見えなかった文字が、ゆっくり浮かび上がっていた。
『だから殿下』
『私が死んだあとも――』
『絶対に、王にならないで』
その直後。
王宮の鐘が鳴り響いた。
王位継承を告げる――
戴冠式の日程が、
正式に決まった。




