第十五話
第15話 私の娘ではない
「……これは、どういうことだ」
アリアナの父は、何度も手紙を読み返した。
差出人――エレノア・ルーディア。
百年以上前に亡くなった女王。
そんな人物から手紙が届くはずがない。
「お父様……?」
マリアが不安そうに覗き込む。
父親は答えなかった。
ただ、震える手で封筒を裏返す。
封蝋。
王家の古い紋章。
そして――
血のように赤い文字。
『二度目の人生を始めた者だけが、この封蝋を解ける』
「……二度目の人生?」
マリアが呟いた。
その瞬間。
父親の脳裏に、幼い頃のアリアナが浮かんだ。
初めて抱いた日のこと。
泣き声を上げず、ただじっと自分を見つめていた。
あの頃から、どこか不思議な子だった。
五歳の誕生日。
突然、父親にこう言ったこともある。
――お父様。
――私、大きくなったら悪い子になるの。
当時は子どもの冗談だと思った。
けれど。
今になって考えると――
「……まさか」
父親は立ち上がった。
「アリアナの出生記録を持ってこい」
「はい!」
マリアが走っていく。
しばらくして。
古い書類が運ばれてきた。
出生証明。
洗礼記録。
公爵家への養女届。
「……養女?」
マリアが目を見開く。
「アリアナ様は、養女だったんですか?」
父親は首を横に振る。
「違う」
書類をめくる。
「これは後から書き換えられている」
「え?」
本来の記録。
そこには――
母親の名前だけが書かれていた。
父親の欄は空白。
そして、その母親の名前を見た瞬間。
父親の手が止まった。
「……エレノア」
「え?」
「アリアナの母親の名前だ」
マリアは絶句した。
「でも……エレノア様は百年以上前の方ですよね?」
「ああ」
「そんな……」
父親は、もう一枚の紙を取り出した。
そこにはアリアナが生まれた日の記録。
奇妙なことに――
出生日時の横に、小さな文字があった。
『前世:エレノア・ルーディア』
父親の呼吸が止まる。
「……前世?」
そのとき。
部屋の外から物音がした。
父親が剣を抜く。
「誰だ!」
返事はない。
扉を開ける。
廊下には誰もいない。
ただ――
床に一枚の紙が落ちていた。
拾い上げる。
『お父様へ』
アリアナの字だった。
『この手紙を読んでいる頃には、きっと私の出生の秘密まで辿り着いていると思います』
父親は震える指で読み進める。
『私は、エレノア様の生まれ変わりではありません』
「……!」
『正確には――』
そこで文章が途切れていた。
紙の端が、何かに焼かれたように黒く焦げている。
父親は急いで裏を見る。
そこには最後の一文だけが残っていた。
『私は、エレノア様が救えなかった人の――』
続きは消えている。
「救えなかった人……?」
父親は呟いた。
そのとき。
背後からマリアの悲鳴が響いた。
「旦那様!」
振り返る。
マリアが、青ざめた顔で立っている。
「アリアナ様の部屋に……誰かが入っています!」
二人は走った。
扉は開いていた。
机の上に置いていた遺書。
すべてなくなっている。
「……誰が」
父親が呟く。
だが。
一枚だけ残っていた。
アリアナから――レオニードへ宛てた手紙。
父親が拾い上げる。
封筒には、まだ開けられていない封蝋。
『レオニード殿下へ』
そして、その下に小さく――
『これは、最後の手紙です』
と書かれていた。
父親は息を呑んだ。
その頃。
王宮の一室では、レオニードもまた同じ封筒を手にしていた。
いつの間にか、彼の机の上に置かれていたのだ。
誰が置いたのかは分からない。
ただ、封筒の裏には一文だけ。
『これを読めば、あなたは私を憎むでしょう』
レオニードはしばらく動かなかった。
そして――
ゆっくりと封を切った。
中に入っていた最初の一行は、
彼が最も聞きたくなかった言葉だった。
『殿下』
『私は、あなたを騙していました』




