第7話 街へ行く前に
翌朝。
今日はいつもより目覚めが悪かった。
何が原因なのかは分かっている。
昨日のティータイムで、用意していたクッキーをシルエナとディオラ殿下の二人にほとんど食べられてしまったからだ。
甘いものが足りないと、次の日にはいつもこうなってしまう。
「ヴェローナ様、紅茶をご用意しました」
朝の身支度を整えていると、私付きの使用人であるソフィネが淹れたての紅茶を運んできた。
柔らかな茶色の髪を後ろで一つにまとめた、私よりも少し年上の女性だ。
私付きになってからそれなりに長いが、彼女は私の行動に必要以上の口を挟んでこない。
むしろ——
「ありがとう、ソフィネ。この紅茶、できるだけ甘くしてくれない?」
「砂糖のみですが、すでにわたくしが味見できないほどには甘くしております」
求めることは大抵こちらが口にする前に察して動いてくれている。
私が頼れる数少ない使用人だ。
「そういえば昨日のお菓子作りでハチミツがなくなってたわね」
「必要であれば買って参りますが?」
いつも使っているハチミツは、王都にある馴染みの店で買っている。
いくつもの場所を何度も回ってようやく見つけた店で、少なくとも私の中では王都一だと思っているほど美味しい。
このハチミツだけはいつも使用人に頼まず、自分の足で買いに行っている。
もしかすれば、街で美味しいお菓子に出会える可能性もあるから。
「いいわ。今回も私が買いに行くから。今から街に行くから用意してくれる?」
「かしこまりました。馬車をご用意させます」
「頼んだわね」
紅茶を一口飲む。
ハチミツほどとはいかないが、砂糖もこだわっている。
ハチミツとは違う濃厚な甘さで、これもまた美味しい。
「そういえば、ランスはまだ帰ってないの?」
「予定通りであれば、午前中にはお戻りになられるかと」
ランスはアルヴェリオ公爵家に仕えている騎士だ。
その中でも腕が立つ彼は、私たち姉妹が屋敷を離れる際の護衛を父から任されている。
ここ三日ほど、次女のメオリナが婚約者の伯爵家を訪ねるために王都を離れていた。
その間、ランスはメオリナの護衛として同行していた。
「帰ってきてすぐは疲れているでしょうし、今日は別の騎士に頼むとするわ」
とはいえ、あまり関わりのない騎士と二人で街へ行くのも心細い。
「あなたも来る? ソフィネ」
「わ、わたくしが着いていっても良いのでしょうか?」
「ええ、あなたが嫌じゃないのなら」
いつも無表情なソフィネが心なしか嬉しそうにしている。
「嫌だなんてとんでもございません」
「嬉しいの?」
「もちろんでございます。本当はヴェローナ様と一緒に街へ行ってみたかったのですが、いつもランスがお付き添いしておりましたので」
どうやら本心らしい。
彼女の言葉が嘘ではないと、精霊が言っている。
長い付き合いではあるけど、ソフィネのこんな一面をあまり見たことがなかった。
私と買い物に行きたいなんて、実は変な子だったのね。
「じゃあ用意できたらまた呼びに来てちょうだい」
「承知いたしました」
ソフィネが部屋をあとにする。
一人になった部屋で甘い紅茶を堪能しながら、ちょうど一杯を飲み干したところでソフィネが戻ってきた。
「ヴェローナ様、準備が整いました」
外へ出ると、屋敷の前にはすでに馬車が用意されており、その近くには同行する騎士が待機していた。
「あら」
乗り込もうとしたところで、ちょうど見慣れた馬車が門を抜けてきた。
メオリナの馬車だ。
「メオリナお嬢様がお帰りになったようです。挨拶されていきますか?」
「そうね」
予定よりも少し早めの帰宅らしい。
門を抜け、玄関前に止まった馬車からメオリナが降りてくる。
「おかえりなさい、メオリナ」
三日ぶりだというのに、こちらを一瞬見ただけで返事もせずに私の横を通り過ぎていく。
相変わらずだった。
シルエナなら嫌そうな顔をしながらも、何か言葉は返してくる。
だけど、メオリナは違う。私と言葉を交わすことすら嫌っている。
屋敷へ入っていくメオリナを見送る。
「……ヴェローナ様」
「気にしなくていいわ、行きましょうソフィネ」
そう言って馬車へ戻ろうとする私たちの前に、次はランスが慌てた様子で現れた。
「ヴェローナお嬢様っ!」
「おかえり、ランス。そんなに焦ってどうしたのよ」
「お出掛けになさると聞いたので、同行しようかと……」
「今日は疲れているだろうから大丈夫よ。それに、ほら」
馬車の前に立っている騎士を指差す。
「もう代わりの護衛も用意してもらったのよ」
「何度も護衛を経験している僕の方が役に立てますよ!どっちの方がいいか、ぜひ精霊様に聞いてみてください」
「精霊にそんな未来予知の力はないのよ」
それほどまでしてついていきたい理由は分からないが、今の彼に何を言っても引き下がる気はないらしい。
「そこまで言うならいいわ、来なさい」
「ありがとうございます!」
許可を出すと、ランスは嬉しそうな頭を下げた。
仕方がないので待機していた騎士には戻ってもらうことにする。
「本当にいいのですか、ヴェローナ様」
「私との買い物に喜んで付いてくる騎士は彼くらいよ。ここまで言って返すのも可哀想でしょう」
「分かりました。ランスが調子に乗らないよう監視しておきます」
「ええ。任せたわ」
こうして、私たちは三人で街へと向かうことになった。




