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【連載版】嫌われ公女の後始末  作者: 月波うより


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第6話 ただ、平穏を望む

 エクスティナ王国第三王子ディオラ・エクスティナ。

 精霊が彼に怯えて身を隠したおかげで、私は未だに彼が何を考えているのかが分からないでいる。


「なぜ断る。俺の妃になれるんだぞ? 悪い話ではないだろう」


 本人はさも名案でも思いついたとばかりに、そんな馬鹿げたことを言ってくる。

 本気で言っているのか、あるいは冗談のつもりなのか。

 彼の表情から読み解くのは難しいが、私としては後者であってほしいと思う。


 こういう時こそ精霊の声は役立つというのに。

 そもそも、精霊と話せなくなったのはこの男のせいだ。


 この国で最も神聖視されている精霊の森を更地に?


 そんな大事をよくも仕出かしてくれたわね、と王子でなければ問い詰めたいくらいだった。


 膝の上で拳を握り、その苛立ちを甘い紅茶で流し込む。


「紅茶のおかわりはもうございませんので、ティータイムはこれで終わります。お帰りください、ディオラ様」

「俺を相手にそれほど無礼な態度が取れる人間がいるとは。その気丈な性格も噂通りだな、ますます気に入った」


 慣れとは怖いもので、会う前に抱いていた恐怖はもはや薄れてしまった。

 それよりも、この傲慢で遠慮のない言動に怒りという感情が増している。


「あなたの妃になる予定もありませんし、あなたを狙っている人物を探すつもりもありません。私は——」

「平穏を望む、か?」


 心を見透かされたようだった。


「……ええ、仰る通りです」


 私は平穏を望んでる。

 人と関わると、ろくなことにならない。


 親しくなるほど、知りたくないことまで知って傷つけられる。

 私が傷つくだけなら我慢できるが、時にその真実は誰かを傷つけることもある。


 ……そんな思いをするくらいなら、一人で生きている方がよっぽど楽だった。


「残念だが、もう遅い」

「……遅い? 何がでしょうか」


 ディオラ殿下はすぐに答えず、カップへ手を伸ばした。

 そして残り少ない紅茶を飲み干してから言った。


「俺はもう君に会ってしまった。もし俺が近いうちに殺されることがあれば、疑われるのはまず君だ」


 ディオラ殿下は何食わぬ顔で、お皿の上に置かれた最後の一枚のクッキーを口へ放り込む。


「シナリオはそうだな……例えば、俺がヴェローナ嬢に好意を持って縁談を持ち掛けた。だが、君は強くそれを拒んだ。怒った俺を恐れた君が誰かを雇って殺す計画を立てる、っていうのはどうだ? 誰でも簡単に思いつく物語だが、悪くないだろう」

「そんな馬鹿な話を……」


 そんなことで公爵令嬢の私が彼を殺すはずがない。

 動機も薄ければ、実現性も低い。


 だが、動機はどうであれ、疑念が一つでもあれば私を黒幕に仕立てることは容易だと彼は言いたいのだろう。


 疑念の発端は、死ぬ直前にディオラ殿下と私が顔合わせたこと。

 あとは、人々がそれを信じるかどうかだけの話。


「王族が死んだというのに『犯人は分かりませんでした』なんて国民の笑い話になるからな」

「そのような濡れ衣を、アルヴェリオ公爵が許すはずないでしょう」

「許す許さないの話ではない。王子を殺すのは立派な反逆罪だ。疑われてしまった時にはもう遅い、それだけだ」


 つまり私に逃げ道はないと、彼はそう言いたいのね。


「予めそこまで計算して私の元へ来たのですか」

「まさか。ここへ来る途中に思いついた口実だ」


 ディオラ殿下の言葉は、一つも信用できない。

 そろそろ精霊も慣れた頃合いだろう。早く出てきて、この男について教えてほしいのだけど。


「……そもそも、私を頼る前に王家で調べればよろしいでしょう。それにスーペリオ公爵家には王国随一と謳われる騎士団があります。命を守るためならそちらを頼る方がよほど確実では?」

「あぁ、すでに手配している——セルス。名前くらいは知っているだろう」

「……ええ、存じております」


 スーペリオ公爵家。

 アルヴェリオ公爵家と肩を並べると言われる、この国屈指の家格を誇る三大貴族の一つだ。


 だが、我が家とは性質が大きく異なる。

 アルヴェリオ公爵家が国の財政を担うなら、スーペリオ公爵家は国の防衛を担っている。


 抱えている騎士団の規模だけは、他家が力を合わせても及ばないとも評されている。


 その中でも、スーペリオ公爵家の長男セルス・フィン・スーぺリオは別格の才能を見せる神童と呼ばれる人物だ。

 次期公爵という立場がありながら、剣を取って自ら騎士を率いる。

 若くして王都でも名を馳せる彼の戦いぶりは、精霊から何度か聞いた。


「であれば、セルス様だけで十分でしょう」


 彼に敵う者は、はたしてこの国に何人いるのだろうか。

 それこそディオラ殿下くらいか。


「この傷は俺を狙う者から魔法によって付けられた傷だ」

「……本当ですか」

「ああ。避けたことで致命傷は免れたがな」


 その痛々しい傷跡を見せてきた。


「相手は確実に俺を殺しに来た」

「分かったので、あまり見せないでください」


 その痛々しい傷跡を早く隠してほしい。


「それと君にはセルスについての調査も頼んだ」

「なぜですか?」

「決まっているだろう。セルスはまだ信頼できないからな」


 まるで私は信頼しているような言い方ね。

 まったく嬉しくないけど。


 それより協力する前提で話が進んでいることへの不満が大きい。

 しかし、ここまで聞いて断れないのもまた事実だ。


「……協力はします。ですが、一つだけ条件がございます」

「いいだろう、聞いてやる」


 頼んでいる側が上から目線なのは、もうこの際放っておくとする。

 私が求めるものは一つ。


「隣国のお菓子を用意してください」

「ほう、そんなことでよいのか。宝石の一つや二つは強請ってきても構わんのだぞ?」

「いえ、結構です」

「これほど欲がない令嬢も珍しい。俺の命の見返りが菓子とは面白い」


 宝石なんて屋敷に転がっている。必要ならば買えばいい。

 けれど、公爵令嬢という立場では、菓子を買うためだけに隣国まで足を運ぶのも容易ではない。


「わかった、好きなだけ用意してやろう」


 特に悩む素振りすらなく了承すると、やがてディオラ殿下は立ち上がった。


「話は終わりだ。また近々会いに来る。それまでに俺が死なないことを祈っておくといい」

「事件が解決していることを祈っております」


 返事の代わりに片手をあげると、ディオラ殿下はそのまま庭園を後にした。


 その姿が見えなくなり、しばらくしてからだった。

 静まり返っていた庭園が騒がしくなり始めた。


「……今さら出てきたわけ?」


 随分と薄情で、自分勝手な生き物だ。

 そもそも精霊が生き物なのかは知らないけど。


 愚痴や文句よりも先に聞きたいことがある。


「ディオラ殿下について、知っていることはないの?」


 しばらく耳を傾けたが、期待していた答えは何も返ってこなかった。

 それもこれも、暴れて精霊の森を脅かしたせいだ。


「本当に何をしてるの、あの男は……」


 精霊に聞けば大抵のことはわかると言うのに。

 ディオラ・エクスティナという男だけは、例外らしい。

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