第5話 精霊が恐れる第三王子
一目見た瞬間から、関わりたくないと思った。
見上げるほどの長身に、服の上からでも分かる鍛え抜かれた身体。
ただ立っているだけで、私まで戦場に立たされているかのような雰囲気を纏っている。
無造作に後ろへ掻き上げられた白い髪と炎を閉じ込めたような赤い瞳が、異様なほど鮮やかに見えた。
襟元から覗く首筋に痛々しい傷跡は、ここ数日前に新しくついた傷なのだろうか。
それほど古い傷には見えない。
これが噂に聞く『戦場の狂人』——少なくとも、根拠のない噂話だと笑い飛ばせるような容姿ではなかった。
……男慣れしているシルエナが逃げ出した理由も、分かってしまった。
「ヴェローナも知っているとは思うが紹介しておこう。こちらは、ディオラ・エクスティナ第三王子だ」
父が紹介を終えたところで、私はドレスの裾を摘んで一礼した。
「お初にお目にかかります、ディオラ殿下。アルヴェリオ公爵家長女ヴェローナ・アルヴェリオと申します。戦いにおいて、殿下のお噂はかねてより伺っておりました」
「そうか」
……そうか?
それだけ言うと、ディオラ殿下は私の目をジッと見つめてきた。
顔に何かついているのかと思うほどに、遠慮のない視線だった。
髪から瞳、そして首元から下まで見下ろして、また顔に戻ってきて目を合わせる。
まるで品定めでもされているような気分だった。
「……何か問題でもありましたか?」
「いや、思っていたより普通だと思ってな」
「それは褒めていらっしゃるのでしょうか?」
「もちろんそのつもりだ」
「でしたら殿下は褒めるのがお上手ではないようですね」
隣で父が小さく、だが分かりやすく咳払いをした。
見れば、すごい形相でこちらを睨んでいる。
初対面の王族に対する態度ではないと言いたいのだろう。
けれど、私だって好きでこの時間を過ごしているわけではない。
つい先ほどまで、シルエナに邪魔されながらもティータイムを楽しんでいたところだった。
そこに入り込んできたのはディオラ殿下の方である。
帰ってもらえるなら早急に願いたいところだ。
「まぁこんな庭で立ち話もなんでしょう。殿下、どうぞこちらへ」
父に促されたものの、ディオラ殿下は動かなかった。
代わりに、ティータイムを楽しんでいた菓子が並ぶ机に視線を向ける。
「いや、俺もあの菓子を味見させてもらうとする。あとは二人で話してもよいか? アルヴェリオ公爵」
「えぇ、もちろんです」
そう言って、父はこちらを睨みながら屋敷の中へと消えていった。
余計なことを言うな、とでも言いたいのだろうが、この男相手では殺されようとも愛想笑いを続けられそうにない。
それにしても、私の神聖なる場所に妹だけでなく、あろうことか戦闘狂の第三王子まで足を踏み入れてくるとは。
いよいよ平穏と呼ぶには程遠いものとなってしまった。
「紅茶を飲もうにもカップが見当たらない。困ったな?」
「すぐにご用意させます」
近くに控えていた使用人へ頼み、新しいものを用意させる。
しばらくして、カップを持ってきた使用人の手は目に見えて震えていた。
ディオラ殿下はその様子を気にも留めていないらしい。
無意識だろうけど、これほど周囲を怯えさせておいて、本当にこの男はこの国の王子なのか。
私は未だにその疑念が拭えない。
「早速ですがディオラ殿下」
「ディオラでよい」
「ではディオラ様、ここへ来た用件をお聞きしても?」
「縁談だと聞いているだろう。俺がヴェローナ嬢に興味を持った。それだけの話だ」
見るだけでわかる。
この男は嘘をついている。
けれど、その確信を得るために肝心な精霊は、ディオラ殿下がここへ来てから一言も話さなくなっていた。
いつもなら向き合った人間の知りたくない情報まで教えてくるというのに。
「戦から帰還して数日後に、面識のない令嬢を……ましてや、愛想のいいシルエナではなく私を婚約者に選ぶのは些か疑問ですが」
「顔が好みだ。わざわざ聞かなくとも、真実は精霊の加護が教えてくれるのだろう?」
「普段はそうですが、今日は少しばかり疲れているようで」
精霊に疲れなんて概念はない。
それのせいでどれほど苦労してきたか。
そこでふと、嫌な予感が脳裏をよぎった。
確かディオラ殿下が戦っていた場所は精霊の森の近くだったはずだ。
「精霊の森で何かしたんですか?」
「……そうだな。何もしてないといえば嘘になる」
「一体何を?」
ディオラ殿下はすぐに答えなかった。
それだけで嫌な予感がさらに強くなった。
やがて彼は平然と言った。
「少し更地にしただけだ。戦いに勝つため、仕方ないだろう?」
「……何をすれば森を更地にできるっていうのよ」
思わず素が出てしまう。
その答えで合点がいった。
精霊はこの男を怖がっている。
もちろん分からなくはない。だが、彼と話す時に精霊と話せないのは困る。
今まで出会った中で、一番知りたい相手だというのに。
「メイベル伯爵家の件は聞いた。妹のためにレグルスの不正を暴いたのだろう?」
唐突に話題が変わった。
てっきり悪い噂の方を聞いたのかと思ったが、彼の耳には事実に近い話が届いているらしい。
「少し手を貸しただけです」
「妹との仲もマシになったようで何よりだな」
「……そう見えているだけでしょう」
シルエナは私を嫌っている。それは今さら覆ることのない事実だ。
「精霊の力を持つ公女……君に一つお願いしたいことがある」
「嫌です、聞きませんよ」
「俺を殺そうとする人間を探してくれ。見返りはそうだな……」
「話を進めないでください」
ディオラ殿下は首元の傷を指でなぞりながら、少し考える。
やがて何かを思いついたように笑みを浮かべると、その赤い双眸を細めた。
「俺の妃に迎えてやる、ってのはどうだ?」
「絶対にお断りよ」




