第4話 至福のティータイム
メイベル伯爵家の夜会から数日が経った。
あろうことか、あの夜会の出来事は今やほとんどが捻じ曲げられて、ついには私が加護の力を使ってレグルス・メイベルを没落させた——なんて噂まで囁かれているらしい。
精霊の力を悪用してるだとか、メイベル家から巨額の財産を奪い取るために妹を利用しただとか。
誰の仕業かは知らないが、良くもまぁたかが数日でそこまで話を変えられるのかと感心すらしてしまう。
噂を訂正するつもりもなければ、悪い噂の出所を探すつもりもない。
そんなこと私にはどうだっていい。
手作りの甘い焼き菓子と、国中から選び抜いた茶葉を堪能しながら寛ぐティータイム。
その時間さえあれば、孤独だと揶揄されるこの生活でも私は幸せと言える。
「——って聞いてるの、お姉様」
だが、誰にも邪魔されない私だけの時間も今はもうなかった。
「はぁ、何も聞いていないわ。精霊の声かと思って無視していたところよ」
「なっ! せっかく一人で寂しくお茶を飲んでるから話し相手になってあげようと思ったのに」
「生憎と、話し相手には困ってないのよ」
誰も頼んでいないけれど。
むしろ、誰にも話しかけてほしくない。
夜会から少し変化があったとするなら、こうしてシルエナが私の至福のティータイムに度々邪魔するようになったことだろう。
嫌な顔をして冷たい返事をしても、シルエナは帰らない。
「精霊様とは会話にならないでしょ」
「あなたとも会話になっているのか怪しいけど」
「でもほら、使用人が私用のティーカップまで用意してくれてるわよ?」
「不本意よ。明日から用意しないよう言っておくわ」
レグルスと婚約していた二年間、シルエナはほとんど彼にべったりだった。
そのせいもあって、こうして面と向かって話すことも久々に感じる。
仲は悪かったから話しても喧嘩ばかりだったが、今は話す機会が増えただけで内容はそれほど変わりない。
「話を戻すわね」
そう言いながら、シルエナはクッキーを一枚手に取った。
よりにもよって私のお気に入り。最後に食べようと楽しみにしていたというのに。
「あっ」
それを平然と口に運んだ。
「んんー! これは絶品ね。こんなにもお菓子作りが上手な貴族なんてお姉様くらいよ、誇らしいわ」
「馬鹿にしてる?」
「そんなわけないでしょ? 街でお店を出せるくらいだわ」
シルエナは私の恨みなど知る由もなく、空になったカップを持ち上げる。
「おかわりもらうわね?」
こうして今日も、私の平穏なティータイムは騒がしい妹によって壊されていく。
「早く要件を話して、部屋に戻ってちょうだい」
「精霊から聞いてるのに相変わらず自分の口で言わせるのが好きね、お姉様は」
「すべての情報を頭に入れているわけないでしょう。特にあなたの事はね」
すべてを知っている精霊から話を聞いても、私にそれを聞く気がないなら意味がない。
夜会で疲れたこともあり、ここ最近はほとんどの声を無視している。
「そう、まぁいいけど。筒抜けの方が嫌だもの」
新しく注がれた紅茶に満足したのか、シルエナは機嫌よくカップを口元へ運んだ。
「私に新しい縁談が来たのだけど、お父様から聞いた?」
「見境がないわね」
「公爵令嬢なのよ。周りの貴族が婚約解消したばかりの私を放っておくはずがないでしょ」
「また変な男に騙されても、次は助けないわよ」
「わ、わかってるわ……」
シルエナが前回のことを感謝していることは分かっている。
だからといって、これから先私が手を差し伸べ続けるわけにはいかない。
そもそも今回の件も、精霊の声がなければ私も知らないままの話だ。
「それに関しては感謝してる。彼の不祥事について、証拠を集めてくれていたのも知ってるから……」
「男くらい自分で見極めなさい」
「はーい……」
妙に素直な返事が聞こえてきて少し驚いた。
これで少しは静かになってくれるといいのだけれど。
そう願って私もカップへ口をつける。
少し冷えてしまっているけど、だからこそ紅茶の匂いがいつもよりしっかり鼻を抜けた。
ようやく本来のティータイムが戻ってきた——そう思ったのも束の間だった。
「ち、違う。違うわ、お姉様」
「まだ何か自慢したいの?」
「そうじゃなくて、本題よ。こっそり聞いたんだけど、お父様がお姉様の婚約相手を探してるそうなの。何も聞いていないの?」
「聞いてないけど、その程度なら特に問題はないわ」
アルヴェリオ公爵の長女として、これまでにも縁談は何度もあった。
しかし、形は違えど誰もが私には見せない思惑を隠し持っていた。
だから、縁談を円滑に断りたい時は精霊にその人物について探ってもらう。
隠し事や過去の行い、本音や未来の展望まで精霊はすべて教えてくれた。
その話を彼らの前で口にすると顔色を変える。
やがて逃げるように私の前から姿を消してくれるのだ。
所詮はその程度ということ。秘密の一つや二つで恐れて逃げてるようじゃ、私の相手は務まらない。
愛なんていらない。けれど、婚約するなら度胸くらいは見せてほしいと常々思っている。
「お姉様、問題はその相手よ……半年ほど前から北部の辺境で魔物との争いがあったのわかる?」
「ええ。内容も知ってるわ」
争いが起きていた場所の近くには、精霊の森がある。
そのせいで、私は王都にいながら戦況を嫌というほど精霊に聞かされた。
一時は私に森を守ってほしいと言ってきた。
もちろん断ったけれど。
「その戦いに第三王子のディオラ様も参加したそうなの。そのディオラ様が先日帰ってきて……何故か、お姉様を婚約相手に……」
「え? それは初耳なのだけれど」
ディオラ・エクスティナ。エクスティナ王国の第三王子で、噂によれば戦いをこよなく愛する戦闘狂だとか。
私が彼について知っていることはそれくらいだ。
だが、その情報だけでも絶対に会いたくない人物だと分かる。
彼とは接点もなければ、面識すらないはずだ。
それどころか——。
「……おかしいわね」
「何がよ」
精霊から彼について聞いた記憶がない。
王族なのだから、名前くらい話題に上っても不思議ではない。
ましてや半年もの間、精霊の森に近い土地で戦っていたのだ。現地の様子を散々聞かされていた私が、その中心にいた第三王子について何一つ聞かされていない。
今まで気にも留めていなかった。
けれど、改めて考えてみれば妙な話だった。
「その話、どこまで信憑性があるの?」
「私に聞くより、精霊様に聞いた方が信じられるでしょ」
「そうね……」
私は近くにいる精霊へ意識を向けようとした——その時だった。
「……何?」
屋敷の方が騒がしくなった。
その違和感と重なるように、精霊が何も話さなくなった。
お願いしても、今までこんなことは一度もなかったのに。
「……シルエナ」
「精霊に聞くまでもなかったみたいね」
シルエナの視線を追って、庭の向こうを見る
屋敷から父がこちらに歩いてくる。
その隣には、もう一人いる。
凱旋パーティーで一度見かけたことがある顔だった。
「あれが、第三王子ね……」
「わ、私は先に部屋へ戻ってるから。お菓子とお茶ありがとう、お姉様」
「待ちなさい」
呼び止めた時には遅かった。
シルエナは私を残して、逃げるように裏から屋敷へと戻っていった。
「あとで覚えておきなさい……」
とはいえ、今はそれどころじゃない。
こちらへ近づいてくる父と、その隣を歩く第三王子を見ながら、私は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「こんなの聞いてないわ……」
ここ数日、精霊の声を無視し続けていたことを、このときばかりは少しだけ後悔した。




