第2話 数ヶ月ぶりの夜会
数日後。
「ヴェローナお姉様……これは乗り込んでるのと変わらないわよね?」
「私が催しに来ることが何かおかしい?」
「……いつも招待状を破り捨ててるじゃない」
メイデル伯爵が主催する夜会に、私は珍しく出席することにした。
シルエナと二人で社交界に出るのはこれが初めてだった。
会場に到着すると、レグルスが少し驚いた様子でこちらに近付いてきた。
「ヴェローナ様! わざわざ我が家の夜会へお越しくださりありがとうございます。事前に伺っていればもう少し手厚いお出迎えを……」
「結構よ。外は冷えるから早く中に入れてちょうだい」
「あぁ……失礼いたしました。どうぞ、こちらへ」
私が前を歩き始めると、見ていないところでレグルスはシルエナを睨んだ。
精霊の加護を詳しく知らない人間はこれだから困る。精霊の目があることに気付いてない。
そもそも自分の目で見えているのだけれど。
「何をしているの? 早く案内しなさい」
レグルスに冷たく指示しながら、会場の中へ足を踏み入れる。
優雅な音色が流れる会場は多くの貴族で賑わっていた。
中に入った途端、私の姿に気付いた者から次々に声を掛けてきた。
精霊のおかげで、昔からこういった人が集まる催しは大がつくほど嫌いだった。
珍しいものでも見るような視線を向けられるが、数ヶ月ぶりに社交界へ顔を出したのだ。それは仕方がない。
顔も覚えてない人に挨拶を返しながら会場を進んでいく。聞けば精霊が教えてくれるがまったく興味ない。
それより前を歩くレグルスが少し満足気な表情で、周囲に手を振って歩いていることに苛立ちが湧いてしまう。
私がここへ来たこと自体はどうも思っていないらしい。
むしろ、アルヴェリオ公爵家の娘二人が揃って自家の夜会へ来ていることを誇らしく思っているように見えた。
「お姉様、これからどうするの?」
「みんなにあなたの嫌いなレグルスを知ってもらうだけよ」
「知ってもらうって、まさか精霊様が言ったことをみんなに言うつもり?」
「そうよ。何かおかしい?」
それだけ? とでも言いたげに、シルエナは怪訝な表情を浮かべた。
いや——精霊曰く、実際にそう思っているらしい。
「とりあえず私に任せるといいわ。そろそろ時間よ」
私がそう言って机に置かれたワインを手に取って喉を潤した。
シルエナはまだ言い足りない様子だったが、いつの間にか舞台に上がっていたレグルスの声によってその考えは遮られた。
「皆様」
会場の人々の視線は一気にレグルスへ集まる。
「本日は我がメイデル伯爵家の夜会へお集まりいただきありがとうございます。今夜は私の婚約者であるシルエナ嬢と、その姉君であるヴェローナ様にもお越しいただいております」
そう言ってレグルスが私たちに手を向けると、会場の視線が一斉にこちらへ集まった。
拍手の音に包まれる中、私はシルエナの背中を押した。
「ほら、シルエナ。時間よ」
「わ、私は何をしたらいいの!?」
「そうね、私が質問したら『はい』か『いいえ』で答えなさい」
「よくわからないけど……わかったわ」
シルエナは僅かに表情を強張らせながらも、集まる視線と拍手に公爵令嬢らしく上品に礼をした。
「ヴェローナ様、そして我が愛しのシルエナ嬢、良ければ舞台へ上がって挨拶を……」
「いえ、結構よ」
私の言葉に、会場は静まり返った。
先程まで響いていた拍手が嘘のように止まる。
「も、申し訳ございません、ヴェローナ様。少しお気分が優れないようで——」
「二つだけ訂正をすると、今の私は至って元気よ。それともう一つ、シルエナはもうあなたの婚約者じゃないわ」
「……は、え? な、どういったご冗談でしょうか、ヴェローナ様。今もシルエナ嬢は私の婚約者で、それは公爵様も認めておられて……」
私は大きめのため息をついた。
わざとらしく、全員に聞こえるように。
「すでにアルヴェリオ公爵も、婚約の解消には同意しているわ」
私の言葉に反応したのはレグルスだけではなく、メイデル伯爵も同じだった。
しかし、レグルスに慌てる様子はない。思い当たる節なんて一つもないと言いたげに首を傾げた。
「一体先程からヴェローナ様は何をおっしゃているのか……」
「そうね、何から話せばいいのかしら。レグルスには隠し事が多くて困るわね」
「隠し事、ですか? そのようなものは私に……」
その様子を見て、私は呆れて本日何度目かのため息を吐いた。
これだけ大勢の貴族に囲まれているというのに、まだとぼければどうにかなると思っていることに辟易とする。
「レグルス。あなたは私が『精霊の加護』を持っていることを知らないようね?」
「いえ、もちろん存じております。ヴェローナ様が精霊の声を聞くことができるというお話は有名ですから」
「なら、どうして私に隠し事ができると思っているの?」
「……え?」
出迎えの時も思ったが、レグルスは私の力を軽視しているように見える。
レグルスとシルエナが婚約して二年もの間、私は二人の関係に一度も口を挟まなかった。そのおかげか、今更自分の隠し事が露見することはないと勘違いしているらしい。
「精霊は人間と違って、あなたに気を遣ってはくれないわ。誰と会って、何をしたのか。聞いてもいないのに、細かいことまで楽しそうに教えてくれるのよ」
私が精霊の加護を持っていることは、この夜会にいる誰もが知っている。
けれど、実際にどこまで精霊の声を聞くことができるのかまで知っている人間は少ない。
「まさか……」
「そう。そのまさかよ」
私は隣に立つシルエナを見た。
「シルエナ。数日前、レグルスに急用ができたと言われて約束を断られたわね?」
「……はい」
「それでも贈り物だけは渡そうと会いに行った。そこで、別の女性と親しげに触れ合うレグルスを見つけた」
「はい」
会場のざわめきが大きくなった。
レグルスは周囲を見回した。
先程まで自慢げに私たちを紹介していたときとは違い、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
「お、お待ちください! 確かに女性とは一緒にいましたが、ヴェローナ様が想像されているような関係ではありません」
「私の想像? 言ったでしょう、真実は精霊が教えてくれるの」
「お言葉ですが、ヴェローナ様と精霊様との間で何か誤解が……誓って私は何も間違ったことをしておりません」
「不思議ね。精霊の加護を持った私を欺けると、あなたは本当に思っているのね」
静まり返った会場に、私の声だけが響いた。
レグルスはまだ自分の置かれている状況に気付いていない。
そんなレグルスの代わりに、メイデル伯爵が低い声で口を挟んできた。
「しかしヴェローナ様。精霊から何をお聞きになったとして、それだけで息子を罪人のように扱うのはいかがなものかと」
「あら、偶然ね。私も同意見よ」
「……はい?」
「伯爵の言うとおり、精霊が教えてくれたからといって、その声を証拠にするつもりはないわ」
「ならば……」
私は近くに控えていたアルヴェリオ家の従者へ目を向ける。
すると、一冊の薄い書類を私のもとへ運んできた。
受け取ったそれを、私はレグルスへ見せた。
「だから、すべて自分で調べたわ」
「それは……?」
「あなたが最近使ったお金についてよ」
レグルスが書類に視線を向ける。
「宝石、ドレス、食事、それから宿代。随分と羽振りがいいのね」
「そ、それはっ、正真正銘すべて私のお金です。それを何に使おうと——」
「自分のお金なら、確かにそうね」
私は一枚めくった。
「でも残念だけど、すべてメイデル伯爵家のお金よ。しかも帳簿には商談費や交際費として記録されている」
「そんなはずは……!」
「写しを取ってあるわ。必要なら一つずつ確認する?」
紙を捲る音が、不自然なほど大きく響いた。
レグルスは言葉を選ぶが、返す言葉がないのか何も答えない。
その様子から周囲の貴族たちの視線は変わり始めていた。
女性関係ならば笑い話で済ませる人間もいるだろう。
けれど、盗んだ金で遊んでいたとなれば話は違う。
「それだけじゃないわ」
「……まだ、何かあるのですか?」
「ええ。むしろ、ここから本題よ」




