第08話「勇者なのだから」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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「うおおおっ!!」
魔物が蠢く森の中、一人、青年の叫び声が響く。
その巨体は、焼けただれた森の奥でうごめいていた。
肌は岩のように硬く、牙は鍛冶場の鉄をも噛み砕く。
だが、青年は果敢に立ち向かう。
唸り声と共に、大地を踏み割る勢いで跳びかかり、鍛え上げられた脚で踏み込んで剣を振るう。
魔物の首が鈍い音を立ててもげ、血しぶきを上げて地に沈んだ。
残りの魔物が威嚇するように吠えた。
しかし彼は恐れない。
「かかって、こいよ……」
剣を握り直し、戦場を睨みつけた。
彼の名はライガ。
ある日突然、水晶に反応したことで“勇者”の適性を持つと判明した。
それからというもの、村は彼を「英雄」と称え、祭り上げた。
だが──。
その全てが、あまりにも不自然だった。
「はぁ……っ、はぁっ」
ライガは魔物の討伐を終え、息絶え絶えに村に帰還した。
「ああ、勇者様! ここにいらしたのですね? ほら、見てください! うちで採れた作物です。勇者様に気に入って頂けますでしょうか」
今度は中年の男が割って入ってくる。
「…………っ」
ライガは思わず顔を引きつらせた。
以前、自分が働いていた畑の持ち主の男だ。
「さぁ、さぁ! ぜひ、ぜひ♪」
男はあからさまに低姿勢で手ぐすねを引きながらニコニコと笑顔を振りまいている。
しかし、やはり自分には気づいていない。
「どうかしました? お気に召しませんでしょうか?」
「……いや、別に」
ライガは淡々と礼を言って受け取ったが、心の奥には冷たい感情しかなかった。
身だしなみを整えただけで、ここまで気づかれないとは。
今はどうだ。
「勇者様」と持ち上げ、「英雄様」と持て囃し、「救世主」と讃える。
人々の視線が、急激に変わったその温度差が、あまりに気持ち悪かった。
数日後、ライガはまた魔物の討伐に出ていた。
沼地に巣食う毒蛇の群れを退治し、帰還したその日の夕暮れ。
村の広場に集まった人々が、彼を出迎えた。
「勇者様、お帰りなさいませ!」
「おぉ……! 今回も素晴らしい活躍、ありがたき幸せ!」
口々に賞賛の言葉が飛ぶ。
しかし、ライガの顔には疲労が色濃く滲んでいた。体力の限界だった。
大蛇の牙を肩に受け、血を流しながら戦い抜いた。倒れかけ、何度も立ち上がった。
だが、誰も彼の苦労を顧みようとしない。
「で、次は北の山ですね。あそこにも魔物が出たと報告が来ております」
村長が当然のように地図を広げ、指を差す。
「……今、帰ったばかりなんだ。少しだけ休ませてほしい」
ライガはそう言ったが──。
「えっ? でも、勇者様なんですよね?」
村長の口から出たその言葉は、無邪気で、そして残酷だった。
「……勇者様なのだから、すぐに討伐に行けて当然でしょう?」
これが、ずっと続いている現実だった。
何かが出来れば、「勇者様なのだから当然」と言われ、少しでもミスすれば、「期待してたのに」と、冷たい目。
褒められるのは、“勇者”という肩書に対してだけ。
そこに、ライガという人間は存在しない。
彼の心は、少しずつ、確実にすり減っていく。
◆◇◆◇
翌朝。
ライガはまた、村の門の前に立っていた。北の山へ向かうよう言われたのだ。
誰も「気を付けて」なんて言葉は掛けない。「行って当然。だって勇者なんだから」と、それだけ。
「……行ってきます」
誰に言った訳でもない。その声には、疲れと、そしてほんの少しの諦めが混じっていた。
朝霧が立ち込める中、ライガは村の門を背に、ゆっくりと歩き出す。
北の山へ向かう道は、人通りもなく静まり返っている。鳥の声すら届かず、ただ自分の足音だけがぬかるんだ地面を踏みしめていた。
腰にかけた剣の重みが、今日はやけに鈍く感じられる。
登り道の途中、倒木に腰を下ろす。冷たい風が甲冑の下に入り込み、体温を奪っていく。
集めた小枝に急いで火打ち石で火を起こした。
ポケットから取り出した干し肉を、何となく噛み千切る。
味は……よく分からない。ただ、腹を満たすための作業。
咀嚼しながら、ふと思った。
(いつからだろう、こんなふうに何も感じなくなったのは)
最初は嬉しかったはずだった。誰かに認めてもらえた気がして。
あの日、水晶が光り、神父が手を取り、「これは天の祝福だ!」と涙を流して言った。
周りの村人がざわめき、目を輝かせ、「すごい」「選ばれし者だ」と手のひらを返した。
『……勇者様』
あの響きが、どれだけ心を満たしたか。ずっと、心の中で乾いていた何かが、じんわりと満たされていく気がした。
でも。
──違ったんだ。
誰も「俺」を見ていなかった。
見ていたのは、「勇者」だった。
途端に態度を変えた大人たち。にこやかな笑顔の裏にあったのは、打算と利用だけだった。
親しげな言葉の奥には、どこか他人行儀な、線を引いたような距離感。
できることは当然、できなければ失望。
望まれた通りに動くほど、空っぽになっていく気がした。
パチパチと音を立てながら、焚火の火の粉が小さくはぜて宙に消えていく。
ふと、膝を見つめた。
そこには、子供の頃に転んでついた古傷がある。
誰にも手当てしてもらえず、自分で水を汲んで洗った、あの時の。
「……俺は、何のために戦ってるんだろうな」
思わず、声が漏れる。
戦うのは村を守るため。誰かのため。
でも──その『誰か』は、果たして、本当に自分を見ているのか?
(勇者じゃなくなったら、また俺は“いない人”になるのか?)
揺れる火を見つめながら、疑念が湧いてきた。
◆◇◆◇
その日の夕方、任務を終えたライガが村に戻ると、広場に人だかりができていた。
彼が姿を現した瞬間、誰かが叫ぶ。
「戻ったぞー! 勇者様のお帰りだ!」
拍手が起こる。
「まぁ! すごいわ勇者様!」
「いやー、さすがは勇者様!」
「これで安心だね、うん」
口々に賞賛の言葉を発している。
しかしその中で、誰一人として──ライガの名を呼ぶものは居なかった。
「……ただいま」
そう呟いて、彼はゆっくりと歩き出した。
しかし誰も、それに答えはしなかった。
夜。屋根裏の小さな部屋。
ベッドに横になったライガは、天井を見つめながら、胸の中をそっと押さえる。
そこには、何もない空洞がある気がしてならなかった。
(俺は……何のために、生きてるんだ?)
静寂の中。ライガはポツリと呟く。
その時、体の奥底から何かじんわりと力を感じた。
(なんだ――……!?)
自分の中で何かが変わっていく。そんな言葉に出来ない違和感に襲われた。
違和感の正体が分かったのは、次の日だった。
酒場の隅で、独り食事をしていたライガに、女性が話しかけてきた。
「こんにちは、貴方が勇者様ね? 私、治癒士のジョブを持ってるの。私とパーティー組まない?」
「え……?」
困惑していると、次々に人が集まってきた。
「よぅ! 俺、剣闘士のジョブ持ってるんだ。俺も仲間に加えてくれよ!」
「私、魔導士のジョブを持ってるの! 私もパーティーに入れて頂戴♪」
一体、何が起こってる??
ライガは状況が理解できない。確かに仲間が居てくれたら魔物退治は楽だろうと思ったけれど、別に公募していた訳でもない。
「ちょ……っ! 待ってくれ! 何なんだ一体!?」
既にパーティーを組む勢いの面々に、慌てて制止しようとした矢先。
「俺たちも仲間に入れてくれよ! 俺は鍛冶師のジョブが……」
「あ、私は盗賊のジョブを持ってて……」
こっちの話などお構いなしに勝手に次々と人が集まってくる。
「~~~~~っ!!!」
言い知れない程の気持ち悪さ。
まるで、全てがセッティングされたかのような、何かの舞台装置のような都合の良さ。
ライガは堪らずその場を走り去った。
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