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イレギュラー・マリオネット~人形達の休日~  作者: 流右京


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7/12

第07話「覚醒」

「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。

前作はこちら

https://ncode.syosetu.com/n9755kt/

麦畑の土は固く、風のない夏は、空気すら重たかった。


ライガは裸足のまま黙々と草を抜いていた。手は泥にまみれ、指先は何度も裂けて、乾いた血が爪の周りに黒く固まっている。

けれど、誰も手袋なんて用意してくれなかった。


「おい! そこの草、ちゃんと根っこまで取れ。やり直しだ」


低い怒鳴り声とともに、後頭部を小突かれる。振り返ると、畑の持ち主の男が、棒きれを片手に苛立った顔をしていた。


「……はい」


ライガは小さく返事をして、また黙って草を引き抜く。文句や反論をすれば、次から仕事を回してもらえない。

以前に働いていた所でも、あまりの理不尽さについ正論で返したら、村中に悪評を触れ回られてしまったことがある。



ようやく午前の作業が終わり、汗でぐっしょりと濡れたシャツを絞りながら、ライガは報酬の受け渡し所に向かった。軒下の箱に銅貨が三枚、置かれているはずだった。


が――。


「今日はゼロだ。お前、種を踏んだだろ」


「……え?」


ライガは思わず顔を上げた。


「種の上に足跡があった。あの場所は蒔き直しだ。あれで銅貨三枚分? 笑わせるな」


「でも、ちゃんと注意して――」


「ああ、また言い訳か? お前、前に働いていた所でも愚痴ばかり言ってたらしいな」


それは噂に尾ひれがついたものだった。

男の目が吊り上がる。その場にいた他の農夫たちも、「やれやれ」という顔で視線を逸らす。誰も助けてはくれない。


「……いえ。すみません」


ライガは、かすれた声で頭を下げた。


そのまま背を向けた彼の肩に、誰かが呟く。


「恩知らずめ。働かせてもらってるだけでも有難く思え」


その言葉に、ライガの足が一瞬止まりかけたが――ただ、黙って歩き続けた。



夜、風の音が木の隙間から吹き込む。


村外れの、誰も使わなくなった小屋。その中で、ライガは小さな火を灯していた。

焚き火と言うには心許ない。拾った木の枝と、ぼろ布で作った簡素な灯だった。


小屋の隅には、割れた陶器の器が一つ。

その中には、昼間に拾い集めた野草や、浜辺で見つけた海藻が浮かんでいた。


彼の膝の上には、一冊の本。もう表紙は擦り切れ、紙も端がちぎれていた。けれど、何度も何度も読み返した形跡があった。


ライガはゆっくりとページをめくる。ほとんど反射のように、口が動いた。


「……この植物は……ラリーク、だな。実と葉は食べられるけど……根には毒がある」


ボソボソと呟きながら、手元の野草と照らし合わせていく。


しおれた葉をそっとちぎり、細かく裂いて火に落とす。出汁を吸った海藻が、ぷくりと泡を立てた。

その香りに、彼の表情がふと緩む。


――苦い。でも、ちょっとだけ、甘い。


それは、誰かが作ってくれたものとは違う。

自分の知識と手で、生きるために作った、“味”。


誰も迎えに来ないこの夜。

誰にも「おやすみ」と言われないこの夜。

けれどライガは、静かに器を両手で包み、火に照らされながらそれをすすった。


(明日は、もう少し味付けを変えてみよう。次はどんな味にしてみようかな)


ライガは、明日に思いをはせた。

知識は、武器になる。覚えたことが命を救う。


探求への興味が、希望を繋いでくれていた。



◆◇◆◇



「そっか、じゃあ兄ちゃん……いや、俺はその頃から料理してたんだな」


ライガはポンと手を叩く。


「ああ、植物の他にも海に潜って魚や貝を獲ったり、山に入って木の実を取ったり……色々やった。単純に知識を得るのが好きだったんだ」


「何かさ、思ったんだけど……。昔の俺って、エルトみたいな……」


「学者肌……か?」


「そう、それそれ! 本好きだし、調べたり勉強したりするのも好きだったんだな」


「ああ、そうだな……。もし、“あんなこと”がなければライガは学者になっていたのかもしれないな」


「あんなこと……?」


「ある日、村の教会で炊き出しがあったんだ。といってもただの善意じゃなかった。実際は、保管期限を過ぎた備蓄米を処分したかっただけらしい。廃棄するにも金がかかるからな。だったら貧民に食わせて処分すれば一石二鳥……ってわけだ」



◆◇◆◇



その日、教会の中庭には白いテントが張られ、大鍋が何個も火にかけられていた。


列は長かった。

教会の神父は、終始同じ文句を繰り返す。


「皆さん、感謝の気持ちを忘れずに並んでください? これは天の御心により、我ら教会が皆さんに恵みを授けるのですから」


だが、その声にはどこか誇らしげで、施しというより上からの恩着せがましさがにじんでいた。


ライガは列の最後尾に並んでいた。


時間が経つにつれ、日差しは強くなり、スープの匂いが風に乗って流れてきた。


次第に順番が近づく。

誰かが不満げに舌打ちした。隣の青年がライガを睨みつける。


「おい、お前……どこから湧いて出た。見かけねぇ顔だな」


「ずっと村にいるけど」


「へぇ、そうかよ。じゃあ、今までどこに隠れてたんだ? コソコソしやがって……不気味な奴だぜ」


何も言い返さずに目を伏せると、男は鼻で笑い、前へ進んでいった。


ようやく順番が回ってきた。

痩せた神父の手元に、スープの皿が並ぶ。


「これを受け取るのは初めての子かな? 名前は?」


「……ライガ、です」


と、その時。


神父に業者が大きな水晶を抱えて声を掛けてきた。


「お~い、神父様。この水晶、どこに移動すりゃ良いんでさ?」


「ああ、ご苦労様。それはええっと……中に入って祭壇の聖具棚に……」


その瞬間だった。


水晶を抱えていた業者が、足元の段差につまずいた。


「あっ――!」


腕の中で滑った水晶が、大きな音を立てて宙に浮く。

周囲が息を呑んだ。


(落ちる!)


反射的に、ライガは体を滑り込ませて、両手で受け止めた。

重い衝撃が腕に響く。


「お、おぉ……! すまん、助かったぜ!」


業者が血相を変えて駆け寄ろうとした、その時――。


――水晶が、淡い蒼白の光を放ち始めた。


「なっ……!?」


神父の目が見開かれる。


光は、ゆっくりと脈打つように明滅を繰り返し、徐々に強く、そして純白に近い輝きへと変わっていく。


周囲がざわめいた。


「え……今、光った?」


「誰が触った……あの子?」


「なんで……? あの子、ただの浮浪児じゃ……」


ライガは、両手で水晶を抱えたまま、動けずにいた。

何が起きているのか、分からなかった。


「まさか……これは……?」


 震える声で神父が呟く。


「水晶が反応したということは、何か適性があるということだ……。しかも、これほど強く光るなんて……!」


神父が慌てて懐から書物を取り出す。


「こ、この光り方、そして純白の神々しさ……! この子に刻まれた適性は――」


そして、神父の手が震えた。


「……間違いない! これは……“勇者”のジョブ適性!」


ざわっ、と空気が一気に変わった。

それまで列の後方にいて、誰からも見向きもされなかった少年に、今や誰もが視線を向けていた。


今まで何百回と見向きもされなかったのに。何をしても存在を無視されてきたのに。


――急に、世界が反転したようだった。



 ◆◇◆◇



「……それからだ。村人達の態度が、ガラリと変わったのは」


レオンの声には、皮肉が混じっていた。


「そこからは早かった。あれよあれよという間に、村中で祭り上げられ、称えられたよ」


「……それって、良いことだったんじゃないのか?」


ライガの当然の疑問に、レオンはふっと笑う。


「そう……だな。端から見れば、まるで宝くじが当たって一夜にして億万長者になるような幸運……に映るんだろう」


何も持っていなかった自分が、『勇者』という肩書ひとつで、突然“価値ある存在”になった。


けれど――……。

Copyright(C)2026-流右京

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