第04話「はじまりの過去」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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「そういえばライガ、以前にも少しだけお前に話したことがあったな」
「あ、そうだったな! 確か、兄ちゃんが俺ん家に泊まりに来てくれた日だっけ?」
花園から抜けた丘の上、墓標の前で二人は語り合っていた。
「あれってさ、兄ちゃんの過去って言うより……」
「ああ、察しの通り……あれはお前の生前の話だ」
その言葉を聞いて、ライガは頷いた。
「あの、さ。良かったらもう一度その辺から聞かせてくんねーかな? 改めて……その、自分がどんな人間だったか知りてぇんだ」
「そうだな。お前……いや、ライガはここからもう少し離れた小さな村で生まれたんだ」
◇◆◇◆
ライガが生まれたのは、テラアースの西にある、小さな農村だった。
山と川に囲まれた、穏やかで静かな土地。街のような便利さはなかったが、空は広く、夜には満天の星が見えた。
両親と三人、畑仕事をしながら、質素ながらも笑いの絶えない日々を送っていた。
「見てみろ、ライガ。よく実ってるぞ」
父が手にしたトマトを高く掲げると、太陽の光に照らされて赤く輝いた。
目を輝かせて思わず手を伸ばし、かぶりつく。甘くて、ちょっと酸っぱかった。
「ふふ、口の端に汁がついてるわよ」
母がそっと指で拭ってくれる。その手のぬくもりが、大好きだった。
……けれど、その穏やかな日々も終わりを告げる。
「川が……氾濫するだって!?」
村に緊張が走ったのは、昼過ぎだった。
降り続く雨で、村の川が増水しているらしい。
村人たちが急ぎ土嚢を積みに集まるとのことで、父と母もその列に加わって欲しいとのことだった。
「お前は家で待ってなさい。すぐ戻るからな」
父がそう言って笑った。
「ごめんねライガ。安全を確認出来たら、すぐ戻ってくるからね?」
母も不安を押し隠すように、ライガの頭を撫でて――それが、最後だった。
その夜、雨は止まなかった。
風が窓を叩き、天井が軋む音がした。
(お父さん、お母さん……。いつ帰ってくるの……?)
部屋の隅で膝を抱えて、ずっと待ち続けた。
明かりのついたランプの前で、目をこすり、時折風の物音に耳を澄ます。
でも、扉が開く音はしなかった。
翌朝、村人が家を訪れた。
その顔を見た瞬間、何も言われなくても分かった。
「皆で土嚢を積んでいたんだが、濁流にのまれて……」
そう言いかけた男の言葉を、少年の怒声が遮った。
「うそだ。だって、お父さんは『すぐ戻る』って……!」
けれど、見つかったのは泥にまみれた父の手袋と、母が大切にしていた髪飾りだけだった。
それからの毎日は、長くて、冷たかった。
「ほら、ライガ? いつまでもクヨクヨしてたって仕方ないだろ? 売れそうなもんは全部アタシが売ってやるからさ」
近所のオバサンだった。正直、あまり良い印象は無かったけれど、身寄りのない子供では世渡りなんて出来っこない。ましてや金を稼ぐことも。
「でも、この畑は……美味しいトマトが……」
「あのねぇ? アンタ一人でこんな広大な畑、耕せるのかい? 無理に決まってるだろ! だったら、土が元気なうちにさっさと手放すのが賢い選択ってやつさ」
「…………っ」
何も言い返せなかった。悔しいが、オバサンの言う事は正しい。
そうこうしているうちに、オバサンはさっさと手続きを済ませてしまった。
「はい、これ。アンタの取り分ね」
オバサンから手渡された金額は、どう見ても少ない。
「これ、だけ……!?」
「ああ、手数料はもちろん貰ったよ? 当たり前だろ、アタシが手続きしてやったんだから」
ギュッと金貨を握りしめ、ライガは思わず睨んだ。
「ちょっと! 何だいその目は! アタシが業者に口利きしたから畑が売れたんだよ? むしろ感謝して欲しいねぇ。それともアンタ、自分で何とか出来たのかい?」
「~~~~っ!」
その後も、なんだかんだ理由を付けられては家の物が次々と売られていった。
家具も、食器も、――全部。
残ったのは、がらんとした家と、空っぽの食器棚。
そして、オバサンは自分を引き取るからと地主を説得し、最後は家すらも手放すことになった。
(お父さんとお母さんとの思い出、全部……なくなっちゃった)
ライガはポケットに入れた母の髪飾りを握りしめる。
これだけは手放したくなくて、オバサンに見つからないように隠した。
取り壊されていく自分の家をジッと見つめる。
(……何も、出来なかった。どうすれば良かったんだろう……)
オバサンから与えられたのは、元は馬小屋だったという建物。
今でも漂う強烈な馬糞の匂い。とてもじゃないが眠れなかった。
それでも腹は鳴るし、夜は冷える。
オバサンに食べ物を貰いに尋ねると、返って来たのは信じられない言葉だった。
「ああ、食い物かい? だったら、ちゃんとアタシから買っておくれよ」
「え……? お金、払うの?」
「そんなの当たり前だろ? 全く、これだから甘えたガキってのは嫌いなんだよ。世の中はね、金がなきゃ何も買えないんだ。そんなことも教えて来なかったのかい、アンタの親は!」
「…………っ」
金といっても、家や土地を売った分はほとんど手数料と称して巻き上げられ、手元に残っているのは僅かだった。
それでも、空腹には勝てず仕方なく支払った。
「う……ぅ、く……っ」
貰えたのは腐りかけのパン一切れ。なのに、手元に残った金すらほとんど持っていかれた。
子供心に思う、きっとこれは何かがおかしいのだと。
……情けなかった。自分自身が。
いいように言いくるめられ、何も知らないばかりに全て失う羽目になった。
ボロボロと悔し涙を流しながら、必死にパンにかじりつく。
(ちゃんと、勉強しなきゃダメだ! 何が良くて、何が悪いか、ちゃんと知らなきゃダメなんだ!)
もう、両親の笑顔には会えない。甘えられない。
だから、これからは一人で生きていかなくては。
――強く、強く思った。
◇◆◇◆
花の香りが吹き抜け、花弁がレオンを包み込む。
振り払うわけでもなく、体に着いた花びらをそっと手のひらに集めると、ふっと息を吐いて空へと散らした。
「……そして、俺はオバサンの元から飛び出して、街に行った。本当は手放したくなかったけれど、母さんの形見の髪飾りを売って、僅かに残った金と合わせて辞書と色んな図鑑を買った」
「辞書と図鑑……?」
「一人で生きていく為に、何より知識が重要だと感じたんだ。幸い、母さんから畑仕事の合間に基本的な読み書きは教わっていたからな」
「そっか。何が良いか悪いかって、ちゃんと勉強しないと分からないもんな」
「後で聞いた話だが、オバサンは投資に失敗して莫大な借金があったらしい」
レオンは少しため息交じりに首を振る。
「“元気なうちにさっさと手放すのが賢い選択”……か。もし、オバサンの元に居続けていたら、身売りされて奴隷商に引き渡されていたかもしれないな」
レオンはぽつりと続けた。
その声は静かで、けれど確かに、胸の奥に響いた。
「なぁ。楽しい事って、何もなかったのか?」
ライガは興味津々な様子でレオンに問いかける。
「そうだな……」
レオンは少し目を細めた。
「あれは、意を決して街の学校に忍び込んだ時の話だ」
◇◆◇◆
(うわぁ……っ!)
ライガは目を輝かせた。
窓から見えたのは、自分と同じ年頃の少年少女達の授業風景だ。
胸が熱くなった。
自分の知らない沢山の知識がそこにあった。
教壇に立つ教師の言葉と共に、黒板に次々と書かれていく文字の羅列。
もちろん、手元にペンもノートもない。
だから必死に木の枝で地面に数学の公式や国語の文法を書き写した。
いつ何時、侵入者として警備員に気付かれるかもしれない。
だから、出来るだけその場で暗唱し、頭に叩き込んだ。
「……さ、ここまでで何か質問したい子はいるかしら?」
教壇に立つ教師と思われる年配の女性が皆に声を掛ける。
しかし誰も興味を示さず、あくびすらしている。
「はぁ……。あなた達、やる気はあるの?」
女性は呆れ顔でため息を吐く。
「~~~~っ!!!!」
質問したい。手を上げて、もっと教えて欲しい!!
彼らは何故あんな退屈そうに授業を聞いていられるのだろう?
質問に答えてくれる人が目の前にいるのに、知識を深められる絶好の機会なのに、なぜ誰もかれも、あんなやる気のない態度なのか。
歯がゆい。どうして自分は壁一枚隔てたこの教室の中に居ないんだ?
(ちく、しょう……っ!!!)
ボロボロと勝手に涙が流れた。
もっと勉強したい。
知識を深めて、知らなかった世界を知りたい。
ただ、それだけのことが……どうして、こんなにも遠いんだろう。
誰も気づかない場所で、たったひとり。
でも、それでも……諦めたくなかった。
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