第22話「たとえ勇者じゃなくても」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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「おーい、エルト。取ってきたぞ!」
ライガが息切れしながら走ってきた。
その手には、カインの作った合成薬が握られている。
「ありがとうなのです! では……」
エルトはライガから小瓶を受け取ると、ルグナスに声をかけた。
「ルグナス、君にやって欲しいことがあるのです」
「え、俺に……?」
「この大地にエンチャントするのです。その際、この合成薬を使用するです」
「待てよ、エルト。それには何の効能もなかったって話だったぞ?」
ライガはレオンが話した内容を覚えていたのか、訝しげな表情で話に割って入ってきた。
「実はですね、レオンさんの話を聞いていて、ある可能性を思いついたのです」
エルトは小瓶を持ち上げ、液体の状態を慎重に観察しながらレオンに確かめるように声をかける。
「レオンさん。カインさんという方は、服用した者が『元気になる』目的で薬を作った。けれど、人間には効かなかったのですよね?」
「ええ、そうです」
レオンが返答をする間に、エルトが小瓶を振ると、淡い緑色の液体は細かな泡が一瞬だけ立ち、すぐに消えていく。
「まず、この泡の消え方です。滋養強壮剤のように生体に作用する薬は、もっと粘性があり、泡が長く残りやすい。しかし、この薬液は“土壌活性薬”と同じ、水分解が速いタイプの反応を示しているのです」
ライガが目を丸くしながら呟いた。
「おお! そんな反応で分かるもんのか?」
「はいなのです。そして決定的なのは、沈殿している粒子の形状なのです。人に効く薬は粉末を非常に細かくする必要がありますが、これは粒が粗いまま残っている。つまり“飲むための薬”としては不適合ですが、土壌に撒く薬剤にはむしろ適した状態なのです」
レオンも、感心しながらエルトに視線を向けた。
(さすが、錬金術師に選ばれるだけの素質はある。『分析』に基づいた素晴らしい推論だ)
エルトはコホンと咳き込むと、続けた。
「ちなみに、これは錬金術あるあるなのですが……『調合』の過程で、全く別の薬が出来上がることがあるのです」
「全く別の薬……?」
レオンの問いに、エルトはコクリと頷く。
「結論からいうのです。これは、錬金術で作られた特別な“農薬”の可能性が高いのです」
「農薬!?」
エルトの結論に、三人は声を揃えて驚きの声を上げた。
「はいなのです。さらに付け加えると、“元気にする”目的で作った薬なのであれば、植物の成長を促進できる可能性が高いのです」
「へぇ~! カインって奴、すげーな!」
(つまり俺は、農薬を飲まされてたのか……。よく生きてたな)
カインから毎日のように、出来上がった試薬品を問答無用で口や尻に突っ込まれていたが、恐らく勇者の加護により無害化していたのだろう。
レオンは初めて勇者に選ばれて良かったと思った。
「ええと……。つまり、この農薬の効能を大地に浸透させて、さらにエンチャントで強化すれば良いんだな?」
ルグナスも納得した様子で話に参加してきた。
「これは同じ錬金術師としての勘ですが……。この薬、数百年は経っているはずなのに、いつまでも色あせていないのです。かなり上質な合成薬なのです」
「ってことは、それって貴重な代物じゃねーの? 市販の肥料を使ったほうが……」
ルグナスの当然の疑問に、レオンが答える。
「いいえ、ルミナの花は満月の夜にしか咲かない特別な花です。俺達が滞在できるのは今日一日が限界ですし、今から肥料を買いに店を探し回る猶予もありません」
「つまり、もう時間がないってことだよな? だったら、早く試してみよーぜ!」
ライガもワクワクした様子で目を輝かせながら話に割って入ってきた。
どうなるか興味津々といった表情だ。
「賛成なのです。月の光が陰らないうちに、早速始めるのです」
エルトは小瓶の蓋を静かに開け、揮発した香りを一瞬だけ確かめた。
土と草を混ぜたような、少し甘い匂いが微かに漂う。
「ルグナス。君の力でこの薬液が地脈に沿って広がるように、力を流すのです」
「……任せろ!」
ルグナスは深く息を吸い込み、両手を地面にかざした。
エルトから渡された小瓶をゆっくり傾け、少しずつ液体を土へ落としていく。
「……性能付与! 広範囲活性強化!!」
その瞬間。
ほのかな光が、土の表面にじわりと広がり始めた。
「お、おお……!?」
ライガが声を上げる。
まるで大地が呼吸をしたかのように、光が脈打ち、波紋になって広がる。
ルグナスの力が薬液に乗り、土壌へ染み込んでいくのが目に見えてわかった。
「すごい……これほど素直に反応するなんて」
エルトが驚きの声を漏らした。
レオンも息を呑む。
古代の薬と、ルグナスの力が合わさり、土壌そのものの力を引き上げているのが目に見えて分かった。
「う……っ、ぐぅ……! くそっ」
しかし、ルグナスが低くうめき声をあげた。
その額に汗が滲む。
大地の光が徐々に薄くなっていく。
「お、おいっ! 大丈夫か!?」
ライガが慌ててルグナスに駆け寄る。
ルグナスの呼吸はかなり荒くなっていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ、さっきの魔物との戦いで力をほとんど絞り尽くしちまった。これだけ対象が広範囲だとキツイな」
「ルグナス、頑張るのです!」
「エル、ト……」
ルグナスはエルトと視線が合うと、悔しそうな顔で影を落とした。
「俺、やっぱ勇者なんかじゃなかった。足手まといで、弱っちくて、こんなんじゃお前のこと守れねぇ……」
「何言ってるのです! ルグナスは足手まといなんかじゃないのです! さっき調合した爆発する薬品も、急ごしらえだったので威力には自信がなかったのです。君が力を貸してくれたから、地面を崩すことが出来たのです!」
エルトの声は、叱るように鋭く、それでいて震えていた。
ルグナスは驚いたように目を見開く。
「エルト……」
「それに君はずっと、僕を守ってくれたのです。小さい頃から、誰よりも優しかったのです。ルグナスが弱いなんて、一度も思ったことはないのです!」
「でも……俺は……」
地面に片膝をついたまま、ルグナスは拳を握りしめた。
土に触れていた指が震えている。
「だって、お前はずっと勇者様に憧れてただろ。だから、俺……」
「君は、いつもそうなのです! 自分の価値を、自分で決めつけるのです!!」
「……っ!」
ルグナスの喉が震える。
「たとえ勇者じゃなくても! どんなに怖くても、どれだけ痛くても、僕を守るために頑張ってくれるルグナスが大好きなのです!」
その一言が、ルグナスの胸の奥に残っていた最後の火を、勢いよく燃え上がらせたように見えた。
「……っしゃああ!!」
ルグナスは勢いよく立ち上がると、荒い息を整え、地面へ再び両手を向ける。
「エルトがそこまで言うんなら……俺は――絶対にへばらねぇ!!」
土の奥底から、再び光がじわりと盛り上がり始めた。
ライガが思わず叫ぶ。
「おおっ! 見ろよ、花が……!」
土の奥で、何かが脈打つような気配が広がった。
ぼんやりとした光がぽつり、ぽつりと土の表面に浮かび上がり、小さな光が幾重にも舞っていた。
「すごい……!」
レオンが小さく呟いた瞬間だった。
光の筋がふくらみ、土がわずかに盛り上がった。
まるで大地が息を吹き返したように、静かな鼓動が周囲の空気を震わせる。
「……ルミナの花……!」
エルトが叫んだ。
盛り上がった土の中心から、つぼみが顔を出した。
それは夜の空気を吸うようにふるふると震え、光の粒がふわりと周りへこぼれ落ちる。
「おっ……おおおおお……!」
ライガが子どものように目を輝かせ、両手を広げて駆け寄った。
つぼみはゆっくりと開き始める。
金色の光が花弁の内側を照らし、やわらかな蒼の縁取りが広がる。
月光と、付与術士の力と、薬の力が混ざり合って――花は静かに、しかし確かな強さで咲き始めた。
「ルグナス……! やったです……」
エルトの声が震えた。
ルグナスは立ったまま、膝をがくりと落としそうになるほどに疲れ切っていたが、それでも笑った。
「へへ……やった……んだよな……俺……」
「もちろんです! 君が……君が咲かせたのです!!」
エルトはルグナスの手を両手で包み込み、そのままぎゅっと握りしめた。
「ルグナス。君は、誰よりも……勇敢なのです」
「へへっ♪」
ルグナスは照れくさそうに顔を逸らしたが、その口元は緩んでいた。
レオンも静かに二人を見守りながら、声を掛ける。
「見事です。……ルグナス様、貴方はとてもご立派です。肩書きなんか関係ない」
ライガもにかっと笑う。
「お前、かっけぇよ! マジで! 俺、ちょっと感動したぞ!」
「ばっ……! うっせぇ!」
ルグナスが真っ赤になると、ライガは大笑いした。
その間にも――
ルミナの花は、夜の風に揺れながら、ゆっくりと完全な姿を見せていく。
「よし、これで――……」
エルトが保存用の瓶に雫を丁寧に入れていく。
「レオンさん、回収成功なのです。これで薬剤が作れるのです!」
「ありがとうございます、エルト様。皆も、ご苦労様でした」
レオンは皆を激励しようと振り向く。
しかし、既に3人ともヘトヘトで返事もできない状態だった。
「ふへぇ……。疲れたぜぇ……」
その様子を見ていたレオンは、改めて皆に声を掛けた。
「……そうだな、帰る前にあそこに寄っていくか」
「あそこって?」
「ああ。とっておきの場所だよ」
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