第21話「決着」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
https://ncode.syosetu.com/n9755kt/
レオンは魔物に気付かれないよう細心の注意を払いながら、エルトのそばへ歩み寄った。
「エルト様、お願いしたいことがあります」
「僕に、なのです?」
「あまり時間がありません。耳を」
レオンは身を屈め、エルトにだけ聞こえる声で作戦を伝えた。
「――――」
話を聞くにつれ、エルトの目がみるみる大きくなっていく。
「――以上です。お願いできますか?」
レオンが耳元から顔を離すと、エルトは少し考え込むように口元へ手を当てた。
「……わ、分かったのです。準備してくるのですよ」
「よろしくお願いします」
エルトは小さくうなずくと、身を屈めながら茂みの奥へと駆けていった。
◇◆◇◆
「おい……! アイツ、起き上がろうとしてるぞ!」
ライガの声に、レオンは素早く視線を走らせた。
巨体――グラル・ファングが、血走った片目でこちらを睨んでいる。
地面を押し裂きながら、再び立ち上がろうとしていた。
「くっそぉぉ! これ以上は……っ、どうにもなんねぇ!」
ルグナスの弱体化も限界のようだ。息も荒く、肩で呼吸している。
レオンは短く息を吐くと、ホルスターからナイフを抜き、ためらいなく投げ放った。
――ドスッ!
刃が魔獣の眼に突き立つ。
「ギャァァァアア!?」
咆哮が谷に轟き、巨体がこちらを向いた。
「……さぁ、こっちに来い」
わざと目立つように、開けた場所に立った。
「おい! あんた。何やってんだよ!」
ルグナスの叫びが風に流れる。
しかしレオンは微動だにしない。息を整え、タイミングを見計らう。
やがて牙が眼前に迫る。
鼻先が風を裂くのと同時に、直感で体勢を整える。
「――はぁああっ!」
レオンは勢いよく跳躍すると、魔獣の頭に片手をつき、身体をひねった。
クルリと宙を舞う視界の端、目標を失った巨体が崖へ向かって突進していくのが見えた。
「おおっ! 兄ちゃんすげぇ! これで奴も谷底へ――……」
――ボキッ。
刹那、ライガの歓喜の声を遮るように、鈍い音が響く。
グラル・ファングが、自らの足をへし折って失速したのだ。
その巨体は地を削り、崖際ギリギリで踏みとどまった。
「んなっ!? あいつ、わざと自分の足を折って強引に踏みとどまった……!」
ライガが驚愕の声を上げる。
「アイツ、自傷を利用して強引に止まりやがったぞ! 魔物にそこまでの知性があんのかよ!?」
ルグナスも冷や汗を垂らしながらゴクリと唾を飲み込んだ。
(……三、二、一)
魔物の折れた足がみるみる再生していくのを、レオンは注意深く観察する。
その時、風に乗って、辺りにかすかな薬品の匂いが漂ってきた。
「なんだ、この匂い……? 前にもどっかで嗅いだような――……」
ライガが訝しんだその時、後方から声がした。
「――準備完了なのです!」
突如、茂みの陰から飛び出した影。エルトだ。
レオンは小さくうなずき、静かに後退した。
「ルグナス! 僕の合図で、地面に弱体化をかけるのです!」
「地面に!? わ、分かった!」
ルグナスは両手を地面へ向け、力を集中させた。
「……性能付与! 弱体化!」
淡い光が地面を走り、グラル・ファングの足元へ広がっていく。
それを確認したエルトが、勢いよく両手を合わせた。
「いくのです! 『調合』!」
その瞬間、魔物の周囲でいくつもの爆発が巻き起こった。
ドンッ! ドドンッ――!
「そうか……! この匂い、エルトの部屋で嗅いだのと同じだ!」
ライガも慌ててその場から距離を取った。
爆発そのものは小さい。
しかし、ルグナスの力によって脆くなった岩盤を崩すには、それで十分だった。
グラル・ファングの足元が大きく波打ち、崖際へ向かって無数の亀裂が走っていく。
突然の変化に、魔物も戸惑っているようだ。
(たとえ、いくら回復しようとも、体中にまとわりついた薬品の匂いまでは消えていない。だから、奴は足元に仕掛けられた匂いに気付けない)
ベキッ、ビシビシ……。
やがて大きな亀裂となり、まるでクッキーが割れるように地響きと共に地面が崩れていく。
「……すまないな。お前がここに居ると、この谷の植物が枯れてしまうんだ」
レオンは魔物を見据えながら、呟いた。
ドォオオン! ガラララ……!
グラル・ファングはその体重も相まって岩と共に凄まじい勢いで谷底へ落ちていった。
「ギャァァァアア!?」
獣の断末魔が響き渡る。
砂塵が晴れ、崖の下に目をやると、そこには砕けた岩と共に沈黙するグラル・ファングの巨体が見えた。
動く気配はない。
「……終わった、のか?」
ライガが息を呑む。
「奴の回復が始まるのは、負傷してから約3秒後だった。この高さから脳天を直撃すれば即死のはずだ」
レオンはしばらく慎重に目を細めて確認した。
「……よし、回復の気配はない。動きは止まったようだ」
そう告げた、その瞬間だった。
『ミツ……ケタ……』
刹那、レオンの耳に不気味な声が届く。
思わず背筋が凍るような、闇の底から聞こえてくるような声だった。
『ツギハ……カナ、ラズ……』
そして今度こそ、グラル・ファングは完全に動かなくなった。
(なんだ……? この魔物、いま言葉を……)
魔獣の体からは黒煙が上がり、やがてそれも風に流されて消えていった。
◇◆◇◆
「レオン兄ちゃん、やったな!」
駆け寄ってきたライガの頭を優しく撫でながら声を掛ける。
「ああ、お前たちが頑張ってくれたおかげだ」
「なぁ、さっきのアレって、エルトが作業部屋を爆発させたっていう、アレだよな? 同じ匂いがしたぞ。一体何をどうしたんだ?」
「単純だ。魔物を崖端に追い込み、地面を脆くしたうえで爆発による崩落に巻き込んだ。ただし……」
レオンはエルトとルグナスに視線をやる。
「この作戦が成り立ったのは、お二人の息の合ったコンビネーションのおかげです」
「えへへ……っ、間一髪だったのです。レオンさんから、爆発を再現して欲しいとお願いされて調合したのですよ」
褒められたのがよほど嬉しかったのか、耳を真っ赤にして照れるエルトとは対照的に、ルグナスは納得いっていないような顔だった。
「俺……勇者らしいこと全然出来てねぇな」
「んだよ、結果的に魔物を倒したんだから問題ねぇだろ?」
「だって! 勇者ってのは……、皆を守って、先導して、誰よりも強くて……」
ルグナスの目に涙が浮かぶ。
まるで自分が不甲斐ないと言いたげに見えた。
「もう……っ! 君はいつもそうなのです。どうしてそんなに勇者様に憧れているのです?」
エルトはため息交じりにルグナスに声をかける。
「だって、それはお前が……っ」
「……僕が?」
しかし、ルグナスはすぐにエルトから視線を逸らし、それ以上答えようとしなかった。
うつむく顔は真っ赤に染まっている。
(……なるほど。そういうことか)
そんなルグナスの態度に、何かを察したのかレオンは話題を変えた。
「申し訳ありません、エルト様。また別の魔物が襲ってくるかもしれないので、早々に雫を採取したいのですが……」
「はわわっ! そうですね、早く残った花から……っ」
言いかけて、エルトが驚いた表情で花畑を見渡す。
三人もそれに続いた。
「ひっでぇ……。花が……いや、周りの植物もほとんど枯れてやがる」
「あの魔物の仕業だな……」
ライガとルグナスは、蕾のまま開花できずに枯れかかっている花畑を見つめていた。
「このままだとまずいな。土地自体に栄養が無ければ他の植物も育たない。この辺りの生態系が崩れてしまう」
レオンもしばし俯きながら思考を巡らせる。
三人のやりとりを聞いていたエルトが、何かを閃いた様子でルグナスに声を掛けた。
「ルグナス、さっき地面に性能付与したのですよね?」
「え? あ、ああ。地面をワザと脆くして、崩れさせたんだ」
「だったら、その逆をすれば良いのですよ! 地面を弱体化できるなら、強化もできるはずなのです」
レオンも、エルトが言わんとしていることが分かった。
「……なるほど。ルグナス様のお力で、土地の生命に活力を与えるということですね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
希望が出てきたと思った瞬間、ルグナスが慌てて制止する。
「確かに、大地に性能付与して活性化はできる。でも、今の状態じゃ無理だ。あの魔物が、地殻エネルギーを吸い尽くしたからな」
「……ちかくエネルギー??」
「要するに、土地が腹ペコなんだよ。いくら気合い入れたって、食ってなきゃ力は出ねぇだろ?」
「おお、そりゃ大変だな! じゃあ早くみんなにご飯やろうぜ!」
「おっまえなぁ……! 今から肥料を蒔くってか? 元の状態に戻るまで何十年も掛かるぞ」
「元気……か。何か大地に栄養を与えられるものがあれば……」
「あっ! そうだ、アレならもしかして!」
エルトは何かを思い出したように手をポンと叩いた。
Copyright(C)2026-流右京




