第20話「激闘」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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――ドォオオン!!
辺りに、重い衝撃音が響き渡る。
凄まじい土煙がわずかに晴れた先で、ルグナスはぎりぎりのところで、振り下ろされた魔獣の爪を避けていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
レオンは安堵する間もなく駆け出すと、土煙で標的を見失った魔獣から、ルグナスを引き離した。
「……ルグナス様、何故あんな無茶を!」
「だ、だって……みんなを守らねぇと……!」
苦痛に顔を歪めながらも、ルグナスは立ち上がろうとする。
「ならば、もっと冷静になってください!」
レオンの叱責と同時に、再び魔獣が吠えた。
「グルァァァッ!!」
その咆哮で、谷の空気が震える。周囲の岩壁にひびが走り、砂がぱらぱらと落ちた。
今度はライガが前へ出て、ルグナスを庇うように腕を広げた。
「下がってろ、俺が時間稼いでやる!」
「だめなのですよ! 一人では――!」
エルトが慌ててカバンから液体の入った瓶を取り出す。
「ライガくん、これを投げてください!」
瓶を受け取ったライガは、振りかぶってグラル・ファングに投げつけた。
「うおりゃぁああっ!!」
直撃した瓶が割れると、液体はみるみる紫色の煙になり魔物の体を包み込んだ。
「ガァアアッ!?」
苦しそうな獣の声が響く。
「おいエルト、あれ何だ?」
「クセェナ草を煎じた匂い薬なのです。いまのうちに逃げるのです!」
エルトが叫ぶや否や、レオンは素早く状況を判断し皆に叫ぶ。
「全員、あの岩陰まで退避!」
その声にライガが頷きつつ、ルグナスの腕をつかみ、強引に引きずるように走り出す。
「おい、放せよ! 俺はまだ戦える……っ!」
「バカ言え! 立ってんのがやっとだろ!」
◇◆◇◆
「レオンさん、どうですか?」
エルトに促され、岩場の陰から注意深く観察する。
グラル・ファングは苦悶の咆哮を上げながら暴れ回り、あたりの木々をなぎ倒していた。
その体には、紫の煙が渦を巻くようにまとわりついている。
「エルト様の薬で、鼻が麻痺しているようですね。しばらくは匂いでこちらに気付かれる心配はないでしょう」
「すげぇなエルト。あれもお前が作ったんだよな?」
「大抵の魔物は匂いに敏感なので、持ってきて正解だったのです。けれど……っ」
エルトは腰のポーチを確認すると、不安気な顔を見せる。
「持ってこれた匂い薬はあれ一つだけなのです。作業部屋にあった予備が爆発で焼失したので……」
「ってことは、あとは俺たちで倒すしかないってことか」
「ライガ、さっきも言っただろう。俺たちの都合で地上人を危険な目に合わせる訳にはいかない。すぐに引き返さないと」
「でも、ほら……あれ!」
ライガが指差した先、渓谷の出入り口付近を塞ぐようにグラル・ファングは辺りをうろついていた。
どうやら逃がしてくれる気はなさそうだ。
(確かに、このままではいずれ見つかる。ならば、いま奴の鼻が利いていない間に打開策を考える必要があるな)
レオンはしばし考える。
問題は自分の戦闘技術とライガの腕っぷしを上手く合わせればいけるかどうか、もしくは……。
「……っ、うぅ……!」
低く唸るような声、近くでルグナスが落ち込んだ様子でうなだれているのが目に入った。
エルトがカバンからポーションを取り出してルグナスに手渡す。
「ほら、ルグナス。これで怪我を直すのですよ」
「うっせぇな! 俺は何ともねぇよ!」
差し出された小瓶を、ルグナスは振り払う。
勢いで地面に叩き落とされたポーションの小瓶は割れてしまった。
「ルグナス、いい加減にするのです! 僕だって我慢の限界というものがあるのですよ!?」
「うるせぇうるせぇ!! 俺は……っ、勇者になるんだ! こんなとこでつまずいてる場合じゃ……っ」
皆の視線が気になるのか、ルグナスは大声で怒鳴り散らす。
「ちょ……っ、おい! 二人とも、そんな大声出したら……!」
ライガが慌てて制止しようとするも、もう遅かった。
「ガルルルルル……!!」
岩陰を破壊する勢いで、グラル・ファングが咆哮した。
飛び散った砂塵が肌を打ち、耳をつんざく音が谷に響き渡る。
「はわわわっ! 見つかったのですぅ~!」
ルグナスも気付いたのか、すぐに魔物の近くに駆け寄る。
「くそ……っ! 出来れば使いたくなかったけど……っ。性能付与、弱体化!」
すると、グラル・ファングはヨロヨロと足取りが覚束なくなり、骨が軋む音と共にその場に倒れ込んだ。
「おおっ! すっげ、なんだこれ!?」
「俺の付与術士の力で、アイツの足腰をヨボヨボのじいさんみたく弱体化させた。これでしばらく動きが鈍るはずだ!」
「なんだよ、そんなことできるなら初めからやれっての!」
「だから、俺は勇者なんだよ! 正々堂々と戦ってこそだろうが!」
今度はライガとルグナスが言い争いを始めてしまう。
しかし、状況はあまり変わっていなかった。
「早くこの場を離れるのです! 今のままだと足止めで精一杯なのです!」
(確かに、これだけでは決定打にならないか……)
「……? あれ、なぁおい。あれ!」
最初に異変に気付いたのはライガだった。
その指差した先、ルミナの花が次々と枯れていく光景が飛び込んできた。
(……あの魔物が、この土地の栄養を吸っていたのか……?)
予想は的中していた。
花が枯れていくのと対照的に、グラル・ファングの折れた足がみるみる回復していくのだ。
「おい、嘘だろ!? 俺の弱体化を上回って回復してやがるぞ!」
(……やはり、花が枯れていた原因はコイツか!)
その光景を見ていたレオンも、ゴクリと唾を飲み込む。
「おいおい、どうなってんだよコイツ! まるで土地そのものを喰ってるみてぇだ!」
ライガが叫ぶ。
その言葉の通り、地面に広がる花々は次々と萎れ、光の粒が闇に吸い込まれていく。
「このままじゃ谷そのものが枯れ果ててしまうのです!」
「ライガ! 奴の注意を引いてくれ!」
すかさず、レオンはライガに指示を出す。
「おう! 任せろ!」
応答と同時にライガが突進し、その頭に拳を叩きこんだ。
しかし――
「ぐっ……! 硬すぎる……! まるで岩壁だぜ……っ!」
グラル・ファングは痛みをものともせず、逆に闇の瘴気を吐き出した。
黒い霧が地を這い、枯れた草木が灰となって崩れ落ちていく。
「レオンさん、もう無理ですっ! このままだと……!」
焦るエルトの声に、レオンも額から汗が流れる。
(マズイな。一日動ける分の魂力は頂いていたが、戦闘となると話が別だ……!)
受肉人形は、体内の魂力が尽きれば指先ひとつ動かせなくなってしまう。
その証拠に、ライガの動きも明らかに鈍くなってきている。
(こんな事態になるとは思っていなかったから、二人とも充分に魂力を補充してこなかったのが裏目に出てしまった)
かと言って、今から主人に連絡する手段もない。
……こんな時、ノクス様ならどうする?
脳裏に浮かぶのは、ジルミスを追い詰めていたノクスの姿だった。
決して、力でのゴリ押し一辺倒でなく、情報を精査し、そこから推論を立てる。
そんな姿に、レオンは深い尊敬の念を抱いていた。
(考えろ! 冷静になれ! 限りある情報の中で、希望を掴みとる。たとえ勇者でなくても出来ることだ!)
レオンは周囲を注意深く観察する。
必死に魔物に食らいつくように飛び掛かるライガの姿、動きを止めるのに弱体化を掛け続けるルグナス、頭を抱えて慌てふためくエルト。
何か、大事なことを見落としている気がする――……。
(待てよ? 奴がまだ、鼻が利いていないとすれば……)
その時、レオンはあるアイデアを閃いた。
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