第17話「託された薬」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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エルトの部屋の片づけを終え、レオンはひと息ついてから声を掛けた。
「……さて、ノクス様からのお使いも済んだ。そろそろ行くか」
ライガは元気よく返事をする。
「おうっ! でも、さっきの話だけどさ。つまり、レオン兄ちゃんが回収したいって言ってた資料ってのは……」
「――ああ。勇者が集めていた、他の地上世界に関する資料だ」
レオンは淡々と語る。
「結局その時は役に立たなかったけれど、今となっては当時の資料は貴重な記録だからな」
その言葉に、エルトがガバッと立ち上がった。
「ふぇっ!? 勇者様の……っ!?」
目を輝かせて詰め寄ってくる。
「あ、あのあのっ! 僕も興味あるのです! ぜひお手伝いさせて頂きたいのです!」
レオンは一歩引いて戸惑う。
「いや、しかし……」
「良いんじゃねーの? 人手は多いほうが良いって、レオン兄ちゃんもさっき言ってたじゃん」
横からライガが口を挟む。軽い口調だが、その意見にはちゃんと理があった。
(……確かに。アレを見つけるにはエルト様が居てくれたほうが効率が良いか)
レオンはコクリと頷くと、二人の少年に向き直った。
「……分かりました。では、三人で行きましょう」
◆◇◆◇
「……でもさ、兄ちゃん」
ライガが歩きながら思い出したように尋ねた。
「そもそも勇者って、その資料ってのはどうしてたんだ? その辺に放ったらかしてた訳じゃないんだろ?」
レオンは小さく頷いた。
「ああ。保管用の箱を作ったんだ。それが今でも残っているかもしれない」
「そうなのですねっ!」
隣を歩くエルトがパァッと目を輝かせる。
「タイムカプセルのように、時代を越えて残っているなんて……ロマンチックなのです!」
「ええと……。あの、二人とも……?」
レオンが言いにくそうに視線を左右に向ける。
「んぁ? なんだ?」
「はい、なんですか?」
まるで示し合わせたかのように、両脇から答えが返ってくる。
二人は、左右からレオンの腕にしっかり抱きついたまま歩いていた。
「その、少し歩きにくい……かな」
レオンは苦笑いを浮かべる。
「ええ~! 良いじゃん、普段レオン兄ちゃんとなかなか二人っきりになれねーんだし」
ライガはしれっとした顔でそう言いながら、さらに密着してくる。
「ぼ、ぼぼ……僕も、そのっ……!」
エルトは頬を真っ赤にしながら、モジモジと視線を泳がせた。
「お兄ちゃんという存在に……ずっと憧れてて……っ」
満面の笑みで抱きついてくる二人に、レオンはもう何も言えなくなってしまった。
(押しに弱い所は……勇者と同じだな。俺も)
◆◇◆◇
三人が向かったのは、旧市街の外れにある、すでに廃墟となった場所だった。
「ここ、だな……」
レオンが立ち止まり、目の前の古びた建物を見上げる。瓦礫とツタに覆われ、崩れ落ちて骨組みしか残っていないその姿には、時の重みが刻まれていた。
「へぇ……。雰囲気あるなぁ……!」
ライガが目を輝かせながら辺りを見回す。
「ここ、確か昔は中央図書館があった場所なのです。十何年か前に大きな火事があって……図書館は別の場所へ移転したのです」
エルトが呟くと、ライガも訝しんで聞いてきた。
「なぁ兄ちゃん、勇者の“タイムカプセル”ってやつはここにあったのか?」
レオンもまた、焼け焦げた跡の柱や扉を見つめながら呟く。
「……ああ、色々な情報を集めて保管するには、何かと都合がよかったからな」
「でもさ、全部焼け焦げてて、何も残ってないぞ?」
「いや、あるさ。あそこにな」
レオンが指差した先の地面、そこには何もないように見えた。
しかし……。
「……あれ? おかしいのです」
エルトはしゃがみ込むと、指先で地面に触れた。 しばらく目を閉じ、何かを探るように沈黙する。
「んぁ? 何がだ?」
「この下、土の詰まり方が不自然なのです。いえ……これは空洞? 地下に、道があるのです」
「……空洞?? 地面しか見えねーぞ?」
ライガの言葉は聞こえていないのか、エルトは集中した様子で地面をジッと見つめながらブツブツと呟いている。
「ライガ、エルト様は≪錬金術師≫の適性を持っておられるんだ。だから同行して頂いた」
「≪錬金術師≫って、確かカインもそうだったよな?」
「ああ、≪錬金術師≫は分析が得意だからな。俺のうろ覚えの記憶なんかより遥かに有能だ」
◆◇◆◇
「……おお! 何か見えてきたぞ!」
エルトの指示で、ライガと二人でしばらく地面を掘り進むと、地面に扉のようなものが見えてきた。
「あった、これだな。エルト様が居てくださって助かった。思ったより早く見つけられたよ」
扉を開けると、暗くて狭い階段が見えた。
三人はそのまま慎重に降りていく。
「……おお! すっげぇ!」
その先には地下通路が見えてきた。
「ここは、恐らく過去に掘られた採掘場を利用した通路なのですね。まだこんな所が残っていたなんて……これだけでも歴史的発見なのですよ」
「行きましょう。俺の記憶が正しければ、この奥の部屋です」
レオンが手慣れた動作で扉に触れると、どこか懐かしそうな目をした。
「すっげぇ! 扉が開いたぞ!」
ライガが感心するように言い、エルトはさらに興味津々で覗き込む。
ギィィ………――。
古びた扉が音を立てて開くと、そこには小さな部屋があった。
中にあったのは、古い棚と机、積み重ねられた羊皮紙。
「これが……勇者様の遺した資料……なのです?」
そしてその中央に、ひときわ目を引く、黒い木箱が、ぽつりと佇んでいた。
「レオン兄ちゃん、それって?」
ライガの問いかけにレオンはしばらく何も言わず、ただ指先で箱の埃を払った。
「これは、これだけは……回収しておきたかったんだ」
そっと箱の蓋を開けると、そこにあったのは小さな小瓶だった。
「なぁ、レオン兄ちゃん。これって、もしかして……」
小瓶を見て、ライガは何か察したようだ。
資料に夢中のエルトに聞こえないよう、そっと小声で聞いてきた。
「ああ、これは……あの時カインがくれた合成薬だ。どうしても使う気になれなかった」
瓶の中の液体は、年月を経てもなお淡く光を放っていた。
「すげぇ……こんな古いのに、まだ光ってる……!」
ライガが目を丸くした。
レオンは頷き、黒い木箱をそっと閉じる。
「……こいつだけは、どうしても忘れられなかったんだ」
レオンの持っている小瓶に気付いたエルトが話しかけてきた。
「これは……合成薬なのですね。もしかして、勇者様のパートナーだったという錬金術師様の……?」
「ええ、そうです。錬金術師の名はカインと言います」
当時、何かとカインの試作品の実験台に付き合わされていた。
(……懐かしいな。声だけ若返る薬とか、唾液がミルク味になる薬とか、よく飲まされていたっけ)
思い返すと、カインが作っていた薬は割とロクでもない代物が多かったが、それでも楽しかった。
「あの、レオンさん。その合成薬にはどんな効能が?」
「これは、強化薬とのことです。どんな人間でもたちどころに元気になれる……らしいのですが」
「……らしい?」
「それが……当時、実際に人間に試してみても効能が発揮されなかったようです」
エルトの手前、他人事のように話してはいるが、目を輝かせて新薬を作る彼の笑顔は今でも忘れられない。
(……たとえ効果が無くとも、この薬はカインの努力の結晶だからな)
レオンは優しく微笑むと、卓上に置かれた羊皮紙を手に取る。
カサカサと乾いた音が部屋に響いた。
「これは……かなり傷んでいるな」
明らかにボロボロだった。文字は擦れ、あちこち黄ばんでいる。
「……これじゃ、読めねーんじゃねーの?」
ライガも残念そうな顔だ。
いかに暗室で安置していたとはいえ、やはり長い歳月が相当なダメージを与えていたのだろう。
「……致し方ない。残念だが、このまま処分しよう」
「そ、そんなっ! そんなのダメなのです!」
エルトが慌てて口を挟んできた。
「その、これって貴重な資料なのですよ? そんなあっさり諦めちゃダメなのです!」
「……分かっています。ですが俺はもう天界側の立場です。他の地上世界の情報を不用意に残しておきたくありません」
「んぁ? どういうことだ? 何で残しちゃダメなんだ?」
疑問に思ったのか、ライガが口を挟んできた。
「……ライガ、包丁は何に使うものか知っているか?」
「え、料理に決まってんだろ?」
「そうだ。だが、使い方を知らない者にとっては、ただの刃物だ。知識も同じ。扱い方を知らないまま手にすれば、人を助けるどころか、傷つける」
「えっと、まずは包丁ってのがどんなものか使い方を知ってから……ってことだな?」
「ああ、物事には順序というものがある。いきなり何でもかんでも情報を詰め込めば良いというものでもないんだ」
「確かに、他の地上世界では僕たちよりも進んだ文明があると、噂で耳にしたことがあるのです。手に余る知識は身を滅ぼすのです」
だが、エルトはグッと拳を握りしめた。
「で、でもっ! 待ってくださいなのです。僕なら、何とか出来るかもなのです!」
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