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イレギュラー・マリオネット~人形達の休日~  作者: 流右京


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15/25

第15話「レオンの紅茶」

「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。

前作はこちら

https://ncode.syosetu.com/n9755kt/

「……レオ~ン? ほら、こっちおいで?」


「はい、グリオール様」


謁見の間の扉が開くと、全裸の男が四つん這いになりながら姿を現した。


『レオン』という新たな名で呼ばれた、かつて勇者ライガだった男。

しかし今は服を着ることも、二足歩行さえ禁じられていた。


ふと、視線の先に何かが横たわっているのが見えた。

男性の死体のようだ。


「グリオール様、この男は……?」


自分よりもかなり体格の良さそうな大柄な男性だった。

しかし、白目を向いたまま石像のようにピクリとも動かない。


「この冥界での私の役割は前に話したわよね? 死んだ天人の魂を循環させてる。だから、私が認めた者しか生身では来れない」


冥王は死体に視線を落としながら続ける。


「他に生きて冥界ここに来れるのは、アンタみたいな『勇者』の適性ジョブに選ばれた地上人くらいなんだけど……。1000年に一度くらい、ごく稀にこうして死んだ天人の死体が落ちてくることがあるのよ」


「では、この男は生きてはいないのですね?」


「ええ。既に魂は循環しちゃったから、中は空っぽ。でも、ちょうど良かったわ」


そういうと、冥王は男の死体に手をかざした。

すると、みるみるその体は闇に溶け、死体に吸収されていく。


(これは……!?)


「んん~……! ふぅ。こんなもんかしらぁ?」


突如、男の体が動き出し、伸びをしながら冥王と同じ口調で喋り出した。


「……!」


「んふっ♪ 受肉人形を作る技術の応用よ。もうこの体は抜け殻だし、私が使っても問題ないでしょ?」


「あの、どうして急に……?」


「勇者の肉体は手に入ったけど、魂の行方がどうしても掴めなかったの。だからね、天人として天界に潜入することにするわ」


「天界に……?」


「ライガは地上人なんでしょ? だったら、いずれ魂は天界の中央大聖堂にある浄化装置に運ばれるはず。その時こそ、アイツの魂をぐちゃぐちゃにしてやるのよ!」


「…………」


「アンタにも勿論、協力してもらうからね? 私……いえ、アタシの人形として」


その時、グゥウウ……っと、まるで獣が鳴るような音が響いた。


「あらやだ、この体……お腹空いちゃってるみたい。さっきまで死体だったもんねぇ」


「……では、僭越ながらお食事のご用意をさせて頂きます」



◇◆◇◆



「んん~♪ 美味しかったわぁ~! 今まで『食べる』って経験してこなかったけど、こんな感じなのねぇ」


レオンは四足歩行の禁を解かれ、天人の体に入った冥王の為に料理を作った。

当のグリオール本人も、『食事』という行為に興味が出たらしい、わざわざキッチンや食材を用意してくれた。


「……良ければ、こちらも」


「それ、なぁに? 良い香りねぇ?」


コポコポと湯気と共に音を立ててカップに注がれていく様子に、グリオールも興味が惹かれたらしい。


「こちらは紅茶という飲み物です。よろしければ、どうぞ……」


グリオールはカップを受け取ると、一口すする。


「んん~♪ これ、いいわねぇ♡ 毎日でも飲みたいわぁ~」


その言葉に、レオンの胸にまた温かな感情が湧く。

胸の奥底でトクントクンと、確かに脈打つのを感じた。


――嬉しい。


今の感情を言い表すのなら、その一言に尽きる。

目の前にいるのは冥王。なのに、奉仕することに喜びを感じるなんて。


(俺はもう、勇者でも……ましてや人間ですらなくなった。ただの人形のはずなのに。この感情は……)


「……? あら、どうしたの?」


「グリオール様、俺と……取引きしませんか?」


「取引き? どんな?」


「その体を維持するには、食事が必要です。その他にも、ご入用があれば全て俺が取り計らいます」


「ふぅん……? ま、確かにそうね。それで?」


レオンは一度言葉を飲み込み、静かに息を整えた。


「その代わり、もしライガの魂が浄化されたら、手を出さないで欲しいんです」


「……どういう意味かしら?」


レオンはわずかに視線を落とし、絞り出すように続けた。


「天界で浄化された魂は、前世の記憶すら忘れて無垢な存在になるという話です。それはもう別人と言っても良い。俺は……勇者だった頃の記憶が、霞がかったみたいに遠い。でも、その“魂”だけは……せめて自由にしてやりたいんです」


グリオールの瞳が、興味深そうに細まる。


「なるほどねぇ。アンタ自身はもう“勇者ライガ”じゃない、と?」


「はい。俺はもう、その名前を語る資格のない人形です。だからこそ……せめて魂だけは、勇者という因果から解放してやりたい」


グリオールは紅茶を見つめながら、少し思案するように顎に指を当てた。


「ふん……。まぁ、確かに。“無垢な魂”なんて興味ないわね。復讐っていうのは、対象が本人じゃなきゃ意味がないもの。記憶も、意思も、罪も、全部洗い流されて別人になった存在を壊したところで……滑稽なだけよねぇ?」


「……はい」


「だったらこうしましょう。もしライガの魂を取り逃がしてそのまま浄化されたら、その時は潔く諦めてあげる。でも――」


グリオールはニヤリと笑い、紅茶を飲み干した。


「でも、転生前に捕まえたら容赦なくぶっ壊す。それでどう?」


レオンはゆっくりと頭を垂れた。


「……ありがとうございます」


「さて、こうなったら……どうにかして天界に潜入しないとね」



◇◆◇◆



時はしばらく流れ、グリオールとレオンは天界にある東聖堂の資料室に居た。


「……ふぅ、何とかリリシアちゃんと取引出来たわねぇ」


リリシア様……東聖堂を担当する大聖女の一人だ。


実は、彼女の命の灯は消えかけていた。

その寿命を冥王の力で延ばすことと引き換えに、グリオールは東聖堂の政務補佐官という役職を与えられたのだった。


レオンもグリオールの従者として、仕えることが決まった。

あまり受肉人形は数が少ないこともあり、天人達から色眼鏡で見られているが、天界でも主人に奉仕できるのだから気にならなかった。


「ジルミスとかいう、クソジジイの下につくのは正直うっとおしいけど、勇者の魂が浄化装置に運ばれるまでの辛抱ね」


「いま、リリシア様の手配で執務室も用意してくださっているとのことです。俺、手伝ってきます」


「ええ、宜しく。とっても可愛くて豪華な感じにして頂戴ね?」


「あ、では……。部屋の用意ができるまで、こちらを……」


レオンは慣れた手つきでティーセットをグリオールの前に並べた。


「あら、用意がいいこと。どこで手に入れたの?」


「給湯室にあったのをお借りしました。茶葉も頂いたので……」


コポコポとお湯を注ぐと、部屋中に紅茶の良い香りが漂う。


「ふふっ♪ 初対面の相手に茶葉まで……ねぇ? 『先導者の加護(カリスマ)』とかいう加護のおかげかしら? こういう時は便利よね」


レオンもコクリと頷くと、湯気が立つ紅茶が入ったカップをグリオールに差し出した。


「カップと合わせて2人分頂いてしまったのですが……」


「そこに置いておいて良いわよ? アタシが飲み終わったら、まとめて片付けておくから」


グリオールがカップに口をつけるのを確認し、レオンは静かに資料室を出て行った。




(さて、グリオール様の執務室になる部屋は、確かこっちだった筈……)


廊下を歩きだしたレオンは青年のすれ違った。


「おや、何だろう? とても良い香りがする……」


と、青年は紅茶の香りに気付いたのか、資料室へ吸い寄せられるように入っていくのが見えた。



◇◆◇◆



「後は、グリオール様がお前たちに話したとおりだ。俺はその後、グリオール様の従者として身の回りの世話をすることになった」


「へぇ~! そんな感じだったんだな!」


隣で話を聞いていたライガは、楽しそうだ。


「……大した話じゃなかっただろ?」


「何言ってんだよ! 俺、レオン兄ちゃんのこと知れて、スッゲー嬉しいぞ!」


「そうか、お前が楽しんでくれたのなら、何よりだ」


レオンはライガの頭をクシャッと撫でると、立ち上がった。


「さぁ、そろそろエルト様との待ち合わせの時間だな。行くぞ」


「おうっ!」


ライガも続いて立ち上がる。


(……またな、カイン)


レオンは心の声でカインに別れを告げると、ゆっくりと歩き出した。

Copyright(C)2026-流右京

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