第13話「冥王との対峙」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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「ここが、冥界ヘルフレイル……なのか」
ライガは次元渡りの加護により、難なく冥界へと辿り着いた。
読んだ文献によれば、ここに来られるのは天界で死んだ者の魂と、冥王に認められたごくわずかな者。そして……勇者。
(空気が……重い。けれど、好都合だ。このまま野垂れ死んだって構わない)
重い空気をかき分けるように進んでいくと、やがて城のような建物が見えてきた。
(どうやら、あそこに冥王はいるらしいな)
記述によれば、冥王とは冥界ヘルフレイルに座す魂の管理者。 魂と肉体の結びつきさえ断つ存在だという。
そして、こう記されていた。
――勇者を唯一殺せる存在は、冥王である、と。
ライガはその一文を目にしたとき、胸の奥で何かが静かに噛み合うのを感じた。
元々、適性とは、天から授かる祝福だとされている。
だが文献によれば、その根源は天界で地上人の魂を浄化した際に生じる神秘的な力なのだという。
つまり、勇者の力もまた、肉体そのものではなく魂に根差したものなのだ。
であれば、魂を管理する冥王なら、魂由来である勇者の力にも干渉できるのではないか。
そう思ったライガは、意を決して城へ乗り込むことにした。
城の中を進みながら、ふと思考する。
いきなり訪ねて来て、殺してくれと頼んでも断られるだろう。 というか、自分が冥王の立場だったら……そんな面倒事、絶対に引き受けない。
だったら、取れる手段は一つしかない。
「……ここはやはり、討伐に来たという名目で、相手にも全力で戦ってもらうしかないな」
やがて、ライガは大きな扉の前に辿り着いた。
豪華な装飾、他の扉とは明らかに雰囲気が違っている。
(この扉の向こうから凄まじいプレッシャーを感じる……! どうやらここが、玉座の間のようだな)
ライガは大扉に手をかけた。冷たく硬質な感触が掌に伝わり、その奥にいる存在の威圧感が骨の髄まで染み込んでくる。
「……行くぞ」
押し開かれた扉の向こうには、広大な玉座の間が広がっている。
そして、その最奥に――いた。
「あら、……だ~れぇ? 来客何て数百年振りかしらねぇ?」
低く、響くような声。
玉座に座す者は、人か魔物かすら判別しがたい姿をしていた。
その圧倒的な存在感。言葉を交わす前からライガの全身はピリピリとひりつく。
ライガはごくりと唾を飲み込み、剣に手をかけた。
「……俺は、勇者ライガ。お前を討伐しに来た」
「勇者? へぇ~? 勇者様が私を討伐? 何故?」
冥王はわずかに口角を吊り上げ、立ち上がった。その背丈は自分よりも高く、玉座の間に影を落としている。
「……さぁな」
「ふぅん……? ああ、何となく察しはつくわねぇ。最近流行ってるんでしょ? 何でもかんでも“冥王の呪い”にするってやつ」
そういえば、確かに物心ついた頃から周りの連中は何でも『呪いのせいだ』と呟いていた。
「……理由なんてどうでもいい。俺はただ、全力で戦いたいだけだ」
正直、いまの自分にはどうでも良かった。ただ、一つの目的が達成できれば。
(冥王、お前なら……! 俺を殺せるかもしれない!)
ライガは内心の渇望を押し殺し、剣を抜き放った。刃が冥界の光を受けて鈍く光る。
冥王は笑った。声は雷鳴のように広間に響く。
「へぇ~? 良いわねぇ。ちょうど退屈で仕方なかったの、私の胸を熱くさせてくれるのかしら?」
次の瞬間、圧倒的な衝撃波が玉座から走った。空気が裂け、床の大理石が砕け散る。
ライガは咄嗟に身を低くしたが、それだけで肺が潰れそうな重圧を受けた。
(……これが、冥王……!)
彼は剣を握り直し、渾身の力で駆け出した。
冥王の腕が振り下ろされる。闇の奔流が床を薙ぎ払い、石の柱をいとも簡単に粉砕する。ライガはその隙間を縫い、風のように剣を振り抜いた。
刃が冥王の影の胸を捉え、金属のような衝突音を響かせる――だが、傷は浅い。冥王の体を覆う闇が盾のように弾き返したのだ。
「ふふ、悪くないわねぇ!」
轟音と共に拳が振るわれる。ライガは剣で受け止めるが、その衝撃だけで壁際まで吹き飛ばされた。背中を強かに打ちつけ、肺の中の空気がすべて抜ける。
「……っ!」
しかし、倒れたままではいられない。
ライガは血走った目を見開き、再び立ち上がる。
(まだだ……! お前が本気で俺を殺しに来るまで、俺は何度でも立ち上がる!)
その声に、冥王の金色の瞳が僅かに揺れた。
「……アンタ、あれでしょ。選ばれし者ってやつ? そういうの、サムいのよねぇ~」
闇と光が激突し、冥界の玉座の間は轟音に包まれた。
冥王の影が広間いっぱいに広がり、床から突き出した黒い柱が林のように迫る。
「来るなら来なさいな。串刺しになりたいなら別だけど?」
(……ああ、願ったり叶ったりだよ!)
ライガは床を蹴り飛び上がった。斜面を駆け抜け、落下の勢いを剣に載せて振り下ろす。石と闇が裂け、破片が雨のように降り注いだ。
だが背後から、鎖のように変じた影が絡みつく。肩を引きずられ、肺が押し潰される。
「ぐ……っ!?」
「ふふ、良い男が足掻く姿って……やっぱり良いわぁ」
「――くぁあああっ!」
ライガは全身をねじり、床を叩き割って反動を得た。弾かれるように拘束を振り払い、すぐさま駆け出す。
剣先が冥王の胸元に迫る。しかし闇が盾のように盛り上がり、刃は数寸のところで止まる。直後に突き飛ばされ、ライガの体は壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
石の欠片が散り、呼吸が詰まる。それでも、膝をつきながら剣を杖にして立ち上がる。
「まだ……だ……!」
このまま、あからさまに無抵抗を装えば不審に思われるだろう。
だから、あくまで戦いの最中に討たれる形にしなければ。
「へぇ……立ち上がるのね。いいわ、その眼差し。だんだん熱くなってきちゃった♪」
冥王の影が渦を巻き、空気がねじれ始める。柱は弓のように撓み、壁は波紋のように揺れた。景色そのものが刃の圧力となって襲いかかる。
「っ……押し潰す気か……!」
足場が揺らぐ中、ライガは迷わず前へと走った。歪む空間を切り裂くように剣を振るい、渦を裂いて突破する。
「はあああっ!」
鋭い一閃が冥王の肩を斜めに裂いた。血が滴り、熱を帯びて蒸発する。
「……っ! ふふっ、痛いじゃないの……! 久しぶりよ、自分の血を見たのは」
冥王は後ろに一歩退いたが、その唇は愉快そうに吊り上がっている。
「ここまで私とヤれる男がいたなんて……本当に、いつ以来かしら」
ライガは大きく深呼吸をすると、剣の切っ先を冥王に向けた。
「俺は倒れていないぞ……! さぁ、かかってこい……!」
冥王は笑みを深め、瞳を細める。
「ふふ……いいわ。もっと私を楽しませなさい!」
瓦礫が転がる静寂の一瞬。互いに呼吸を整え、再び踏み込む足音が重なった。
◆◇◆◇
「その後も、冥王との戦いは三日三晩続いた。互いが互いの全力を出し合っての一騎討ち……に見えたが、実際は違ったんだ」
「そういえば、グリオールが言ってたよな? 勇者には余裕があったって」
レオンはコクリと頷くと、続けた。
「ああ、戦っているうちに気付いてしまった。自分は、その気になれば冥王を倒せることに」
◆◇◆◇
玉座の間は、もはや原形を留めていなかった。
床は幾度も抉られ、柱は折れ、壁には無数の亀裂が走っている。
砕けた瓦礫の上には、闇の残滓と斬撃の跡が深く刻まれていた。
それは、両者が互いの力をぶつけ続けた末の光景だった。
「はぁ……っ、はぁ……っ! ふふ、やるじゃない……!」
先に息を切らしていたのは冥王だった。
「…………」
一方、ライガは今だ体力に余裕があった。
むしろ、“こんなものなのか?”とさえ思い始めていた。
(確かに、いままで戦った中で一番の強敵だ。けれど……)
恐らく、勇者に与えられる加護によるものなのだろう。
『体力維持の加護』、『継続回復の加護』、『身体強化の加護』、『毒耐性の加護』、『呪詛耐性の加護』、『活力循環の加護』、『呼吸維持の加護』……。
数え出せばキリがない。
傷つけば塞がり、息が切れれば呼吸が整い、毒も呪いも意味を成さない。
戦いが長引けば長引くほど、削られていくのは冥王の方だけだった。
勇者の身体は、凄まじい速度で勝手に回復していく。
無論、望んで得た力ではない。
だが、こんなものは、もはや戦いではない。
加護という名の暴力だった。
(それでも、コイツなら俺を殺してくれると思っていたのに……)
ライガの表情は暗く沈んでいく。
もう、希望はないのだ。
――そう思った、その時だった。
冥王の周囲で闇が渦を巻き上げた。
長き戦いの末、冥王も消耗していた。肩で息をしながら、それでも最後の一撃に全霊を込めようと力を練り上げている。
「……終わりにしましょう、勇者ライガ。これなら、さすがのアンタでも防ぎきれないはずよ!」
強い言葉を使っているが、すでに冥王の額からは汗が流れていた。
「……そうだな」
このままでは冥王のほうが先に倒れてしまう。その事実に気付いたライガは意を決して、背中に手を回した。
金具を外す音が響く。
「……? この場面で自ら装備を脱ぐなんて、何のつもり?」
冥王が眉をひそめる間に、ライガは鎧を脱ぎ落とし、剣を床に突き立てた。肩当ても腕甲も外し、最後に胸元を守る部位まで外した。
やがてそこに立っていたのは、ただの人間の姿だった。
「こいよ、冥王……。俺を……殺してみせろ」
冥王の金の瞳が大きく揺れる。
「何? ……もしかして、何かの罠?」
困惑する冥王を前に、ライガは静かに笑った。
「俺はずっと……これを待ってたんだ」
一瞬の静寂。
「――私の全身全霊、受けなさい!」
そして冥王は叫びと共に闇を解き放つ。
巨大な槍のように凝縮された影がライガの胸を正確に貫いた。
「な……っ!?」
赤い鮮血が飛沫を描き、床を赤に染める。ライガの体が大きく仰け反り、そのまま力なく崩れ落ちる。
長らく忘れていた痛みが全身に巡っていく。
「無抵抗、ですって……!?」
冥王は震える声を漏らした。
勇者の加護は致命傷を許さぬはずだった。だが、装備も守りも捨て、生身で受け入れた一撃は加護の許容範囲を越え、確かに命を断ち切っていた。
床に広がる血溜まりの中で、ライガはかすかに笑った。
「……これで、やっと……終われる」
声は途切れ、頭ががくりと垂れた。
勇者の瞳から溢れる光が淡く揺れる。
「……アンタまさか、最初から私に殺されるために……!?」
冥王はしばし、血溜まりに沈むライガを見下ろし、怒りに震えながら唇を噛みしめる。
「……っ、ふざけんじゃ……ないわよ……!」
冥王の声が、遠くで揺れていた。
「この冥王を……アンタの身勝手に……巻き込んだって……いうの……?」
視界が暗く沈んでいく。
冥王の金色の瞳だけが、最後までぼやけた光の中に残っていた。
「この……くそ野郎……!」
その声を最後に、何も聞こえなくなった。
長き戦いの末に残されたのは、――全てに絶望した男が望んだ、あまりにも一方的な「終わり」だった。
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