第11話「別れ」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の後日談にあたる話です。
前作はこちら
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「え……? 怪物退治……?」
それは突然の依頼だった。
「ええ、山奥で怪物が暴れておりましてな。そのせいで、貴重な鉱石の採掘が止まっているそうです」
村長は満面の笑みを浮かべたまま、広げた地図の一点を指し示した。
「ちょうどこの辺りです。まぁ、勇者様ならいつも通り問題ありませんでしょうな。今回は領主様直々のご依頼ともあって、成功報酬も破格ですぞ」
「あ、ああ……っ」
いつものやり取りだった。 無理かどうかすら聞いてくれない。いや、むしろ『勇者なのだから引き受けて当たり前』だと思っているのだろう。
(くそ……っ!)
唇を噛み、ぎゅっと拳を握りしめる。
「ちょーっと待ってくれ! それ、俺も一緒に討伐に行くぜ!」
後から聞き慣れた声が聞こえてくる。カインだ。
「んん? お主は……カインか。なんじゃ、これは勇者様にしか依頼できない高難度な……」
村長はあからさまに邪魔者を見るような目つきでカインを睨む。
「でも、あそこの山には猛毒を持つ魔物も居るって話だろ? 俺だったら色んな薬を調合できるぜ」
ライガは思わずカインに詰め寄り、耳打ちする。
「おいっ、無理しなくていい。お前はいつものように宿で待っていてくれれば……」
「村長も村の連中も、お前の体のことなんて全然気遣ってないだろ。俺も散々進言したけど、報酬に目がくらんで聞いちゃくれねぇし」
そう、危険な魔物を討伐すればそれだけ報酬が跳ね上がり、街も潤う。
しかも勇者は普通の冒険者と違って、レベルが段違いの魔物も討伐できるのだ。
「お前、いつもボロボロで帰ってきて、またすぐ魔物討伐に駆り出される毎日だっただろ? 勇者は街の便利屋じゃねぇんだ、限度ってもんがあるだろ?」
そういうと、カインはライガの胸を軽く叩く。
「だからさ、俺が近くでサポートしてやりたいんだ」
「カイン……ありがとう」
カインは満面の笑みを浮かべて、ライガの背中をドンと叩いた。
村長は渋い顔をしたが、ライガが強く「俺が認める」と言い切ると、しぶしぶ了承するしかなかった。
◆◇◆◇
その日の夕暮れ、二人は山のふもとに立っていた。森の奥からは不気味な唸り声が響き、木々の隙間から覗く闇が、生き物のように口を開けていた。
「で、俺らが討伐する怪物ってのは、強いのか?」
不意にカインが聞いてきた。
「いや、怪物から逃げてきた村人に話を聞いたが……恐らく大丈夫だ。それほど強くないと思う。それに、今日はお前も居てくれるから百人力だ」
ライガが小さく笑うと、カインは「ははっ」と声を弾ませた。
「俺も、お前と一緒に居られて心強いな。何せ勇者様は世界最強なんだろ?」
「……らしいな。何を持って最強なのか基準はよく分からないが」
「あははっ! でも、俺にとっちゃ勇者だろうが最強だろうが関係ねぇけどな。お前は、ただのライガだ」
その言葉に、ライガは胸が少しだけ軽くなる。勇者であることの重圧に押し潰されそうになる時も、彼が笑って隣にいてくれるだけで――救われた。
(俺だって、お前が居てくれたら……もう何も要らないんだ)
◆◇◆◇
二人は森の奥へ踏み込む。
鬱蒼とした枝葉の中、やがて目にしたのは、巨大な怪物の影だった。甲殻に覆われた巨体、赤黒く光る瞳、そして全身から噴き出す瘴気。
全身から触手のようなものまで生えている。
「……でかいな」
ポツリと呟くライガだったが、内心ホッとしていた。
見た目こそゴツイが、その気迫は今まで倒してきた魔物と比べても弱かった。
「カイン、この程度の魔物なら二人で連携すれば余裕だ!」
「よっしゃ、なら俺が薬で隙を作る! ライガ、遠慮なく突っ込め!」
カインが取り出した小瓶を振り抜くと、白煙が轟音と共に弾けた。怪物の複眼が焼かれたようにぎょろりと揺れ、呻き声をあげる。
「今だっ!」
ライガが地を蹴る。剣が風を裂き、甲殻の隙間を狙って叩き込まれた。鋭い金属音が森に響き、赤黒い体液が飛び散る。怪物が怒声のような咆哮を上げ、触手を振り回した。
「……!」
巨腕が薙ぎ払うと、樹木ごと薙ぎ倒され、瘴気がライガを直撃する。
しかし、ライガは平然とその場に立っていた。
「なんだ、この程度の瘴気なら大したことは無いが……。思ったより硬いな」
「なら、柔らかくしてやるさ!」
カインは腰の袋から次々と薬瓶を取り出し、怪物の足元に叩きつけた。爆ぜた液体が甲殻を侵食し、黒い煙を上げてひび割れを広げていく。
「よっしゃ! ライガ、トドメいけ!」
ライガは頷くと、全身に力を込めて跳んだ。折れた木を足場に一気に跳躍し、頭上から怪物の首を狙う。剣先が閃き、光の残像を引きながら一直線に突き下ろされた。
「はああああああっ!」
甲殻が砕け、怪物の喉奥まで鋼が突き刺さる。断末魔の叫びが森を震わせ、巨体が痙攣する。
最後に暴れ狂う腕が地を叩き、土砂が飛び散ったが――やがて、その動きは止まった。
ライガは剣を引き抜き、荒い息を吐きながら振り返る。
「……やった!」
カインが駆け寄り、にかっと笑う。
「おう! 勇者様と俺のコンビにかかりゃ、どんな奴でもこの通りだなぁ~!」
二人は互いに拳をぶつけ合って勝利を噛み締める。
「おっとそうだ、討伐の証拠に怪物の一部を持ち帰らないとだな」
カインは思い出した様子でライガから離れ、そそくさと倒れた怪物に駆け寄っていく。
「そんなに急がなくても良いんじゃないか? 少し休憩しよう」
目を輝かせながら怪物の死骸を調べるカインを、呆れ顔で声を掛けた。
「何言ってんだよ。こういう素材は鮮度が命なの! ええっと、この硬そうな皮膚なら売れそうかな……?」
と――次の瞬間。
怪物の体が一瞬震えると、みるみる膨張していく。
「……カイン!?」
真っ先に気付いたのはライガだった。
「な、何だコイツ!? 完全に死んでる筈じゃ……! まさか、自縛する気か!?」
カインも一足遅れて気付き、様子で慌てて離れようと後ずさる。
しかし、怪物の触手がその足を絡めとっていた。
「な……っ!? いつの間に!?」
カインは青ざめながら腰に装着していたナイフを抜くと、必死で触手に刃先を突き立てる。
――ブシャァァア!
「ぐぁあああっ!?」
その時、紫煙がカインを襲った。
堪らず握っていたナイフを離すと、その場に崩れ落ちるように悶絶する。
「く……っ、そ…たれ…!」
苦痛に呻きながら、辛うじて動く右手で腰布から小瓶を取り出すと、その中身を一気に飲み干した。
(どういうことだ!? これはさっきの瘴気と同じ筈……! なのにどうしてカインは俺と違ってあんなに苦しそうなんだ!?)
その様子を見ていたライガも、混乱しそうになる思考を必死に抑えつけ、すぐに恋人を救うべく駆け出した。
――しかし。
「な……っ? んだ…!?」
突如、今まで感じたことのないほど急激に体中に重みが重なっていった。
まるで全身が凍りついていくような、いや……自分の体でなくなっていくような感覚。
歩くたびに、一歩一歩が重くなっていく。
(これは……、なんだ! 何が起こっている!??)
それでも必死に倒れているカインに駆け寄る為に体を動かす。
――あと少し、あと少しで手が届く!
「……カイ……!」
――ドオォォォン!!!!
その瞬間、ライガの叫びと同時に轟音と閃光が森を呑み込んだ。
やはり怪物が、最後に一矢報いるように自爆を図ったのだった。
辺り一面に凄まじい爆炎と爆風が襲い掛かる。
「~~~っ!!!」
至近距離からの不意の爆撃。
(…………?)
しかし、気づくと自分は無傷だった。
武勇の鎧のおかげか、それとも何か新しい加護が働いたのか――……。
そんな思考はすぐに目の前の光景に霞と消えた。
「あ……っ、ああ……!?」
恋人は全身に大火傷を負っていた。
いや、それどころか下半身が無くなっていたのだ。
すでにカインは目が虚ろになっていた。
「カイン! カインーー!!」
ライガは駆け出す。
気付けば、さっきまでと違い体は嘘のように軽くなっていた。
「……おい! しっかりしろ!」
必死に体を揺すって声を掛ける。
しかし、耳に入ってくるのは擦れた返事だった。
「あ、はは……。まさか、あんな技……使ってくるなんてな。しっぱい、しちまったなぁ……」
「もういい! 喋るな! いま手当てを……」
「いや、良い……。助からないって分かってる。今も薬の効果で、無理やり命を繋ぎとめてるだけだしな」
「~~~~~っ」
「お前……やっぱすげぇな? こんな大惨事でも無傷だもんな。あはは……っ」
(薬……、そうだ! 勇者の体液は、様々な効果の性能を上げられる……!)
唇を嚙み切ると、滲んだ血を唾液に混ぜ、カインの口に流し込む。
さっきカインが咄嗟に飲んだ回復薬の効果も、効能を限界まで引き上げられる筈だ。
「これでどうだ……!」
直後、カインの体は淡く光るが、すぐに弱くなっていく。
「そんな……っ! これでもダメなのか……!?」
愕然とするライガに、カインはニッと笑った。
「ん……っ、はぁ……。おいおい、昨日……がっつりヤッたばかりだろ? ってか、いくらその力を使っても、ここまで負傷してたら効果ねぇよ」
「ごめん…っ! ごめん……! 俺が、もっと……注意していれば……っ」
「バーカ……! 足手まといは俺のほうだっての。こんなんじゃ、お前の恋人、失格だなぁ」
「そんな、こと……っ。頼む、死ぬな……! 俺を残していかないでくれ!」
そして、彼を包んでいた光が徐々に消えていく。
「ああ……もうそろそろ、薬の効果も……切れそうだな。そうだ、これ……俺の作った薬。お前にやるよ」
カインは、ポケットから自分が作った合成薬をライガに渡した。
「……ごめんな? お前をまた…一人に……しちま……」
そして、そのまま、彼の瞼は閉じられ、二度と開くことはなかった。
「……どうしてだ。どうして、俺だけが生き残るんだ……」
ライガは冷たくなっていくカインを抱きしめ、声を殺して泣いた。
灰に包まれた森の中、風が吹き抜ける。その音だけが、二人の別れを見届けていた。
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