九 鉄治
「んだと。手前ぇ! 誰に物言ってやがる!」
手応えあり――もっとも最初から分かっていたこと。一目で勝気な顔を見てすぐ、鉄治は把握したと言っていい。
反対に鉄太は掴めない。忍であるならば当然だろうが。今すぐ斬れる刃を見つけることが出来なかった。
「それとも飴玉の方が良いか?」
「はぁっ? っなんでっ! っっっざけっ」
本当に分かりやすい男だ。
木陰より見たほんの少しのやり取りでもそうだ。今もそう。自分より強い相手に吠え、自分より強い相手を庇い立つ。
そして何よりも背の刀である。身の丈よりも長く、抜くことすら困難であろう代物。雑に巻かれた柄巻き、鞘の塗りは甘くてムラがある。にも関わらず鍔は違う。黄金に輝くまで磨き抜かれ、複雑な刻まれた透かしの模様は羽を広げた揚羽。しかも角鍔。
実のない、花と大きさを求めた姿――虚勢。弱い自分を覆い隠す偽りの姿。
それはもっとも”口働き”で御し易い相手である。
「鉄冶――ここは」
「ここまで言われて退けっかよ!」
「――でも、怒られる」
「うるせぇ! 頭を差し出せっつんてんだぞ!」
「ほう、山中が頭なのか? いいぞ、お前は見逃してやろう」
「あああっっっっ!!!!!! 殺すっ! 手前ぇぶった斬ってやる」
威勢の良い言葉は新之丞へのは称賛でしかない。
口角が歪む――その顔にまた、鉄治は苛立つ。
鉄太の「やろう」という共闘の提案にも、もはや耳も貸さぬほど。
「黙れっ、俺がやる!」
「――でも」
「手前ぇは頭に知らせにでも行ってろ!」
「でも、二人でやったほうが」
「うるせぇ! 一人でやるってんだよっ! 相手は一人だぞ。複数で寄ってたかってそれでも男かよ!」
思ったよりも愚かだった――虚勢を根に持つ者に手伝いを申し出る。反対の結果が出るに決まっている。もはや鉄太への警戒も必要ない。
なれば最後の一打を与えることにした。
「なら、お主が使いに行ったほうが良いと思うがな?」
「んだと手前ぇ! どういう意味だぁ!」
「鉄治――話を聞いちゃ駄目だ」
「黙ってろっつったろうが! おい、どういう意味だ? 手前ぇどういう意味で俺が 使いに行けって言ったかって聞いてんだよぉ!」
「私の相手をするならば腕が立つ者が残ったほうがいいと言ったのだ。後ろの男の方が腕が立つであろう?」
「なら手前ぇの身体に教えてやるよ。俺の巖鉄丸でなぁ!」
背の柄に掛かる手、身の丈を超える刀をそのまま抜けるとは思わなかった。
それでも狙いは鉄治。例え抜けたとしても鉄太より――下。
「いいんだぞ無理をしなくても。そんな大刀、お主の細腕では振れまいて? 安心しろ。私だってそんなもので戦えない。何ならこっちを貸そうか?」
「もういい――殺す」
「でも鉄治っ!」
「うるせぇぇぇっ! 行けってんだ鉄太ぁっ」
「無理せず頼ったほうが良いと思うがなぁ」
「そうだよ鉄治」
「何であいつの言葉にのってんだっ!」
「でも、一人じゃ――」
「うるせぇつってんだ! 次”でも”っつったら手前ぇから殺す! 行けっっっ!! 一人で出来るんだ! 俺は! 一人で殺って来たんだ! 手前ぇより殺してんだ! 頭んとこにだって俺が先に来たんだからよぉっ!」
「うぅぅぅぅ」
「いいか。これは命令だ! 戻って頭に知らせろ! とっとと失せろっ!」
叩き付けるような鉄治の言葉。鉄太は背を向け走る。水桶に足を掛けつんのめって転げるように河原から山へと入っていった。
――あの先に山中がいる。ただそれだけのことに気が昂ぶった。逃げられただとか、合流されるだとか、後で厄介だとか。その程度のことはもはや些末。追いかけ続けた存在を肌で感じる。腹の底から沸く怒りと額の中から溢れる喜びに打ち震えた。
「おっと、追いかけられると思ってんのか?」
「邪魔だ」
「っざっけんなっ!? 今更なんだ。俺をご指名だろうがっ」
「ああ、それは分かっていたのか」
「当たり前ぇだ! 虚仮にしくさってよぉ! 俺の」
「――どけっ!」
逸っている――と気付いたのは足が勝手に走り出した後だった。
煤宮にないはずの先手――違う違うと思いながらも足が前に出ていく。
一歩目は抵抗し小さく、二歩目は我慢できず大股に。だが、三歩目には――もはや止めることは出来なかった。
「おおおおっ、来やがれっ!」
気勢を上げながら両手で柄を掴んだ鉄治は全身を沈めながら手を上げた。だがそれでも刀身が見せたのは半分の刃だけ。
更に身体を沈めた勢いそのままに両手を離すと大刀の全身は中空に顕現す。
大きな蝶型の角鍔の重みでで大刀は反転。大上段に構えた鉄治の両手にすっぽりと収まった。
「ほう、見事だな」
「はっ、胆が冷えたか? もう遅せぇぇ!」
「だが――曲芸に過ぎん!」
曲抜きは所詮曲芸――武芸足り得ない。
幾ら抜いて構えようが得物は大刀。幾ら準備万端待ち構えようが上段に構えれば後は振り下ろすことしか出来ぬ超重の得物。
「ぶっつぶれろぉぉぉ!」
薩摩武士もかくやと言う叫び声。木々を揺らし山々に木魂する裂帛の気合。両手に籠る力。大刀に自らのすべてを乗せた斬撃の勢いたるや。
やはり見事と言うほかない鋭さではあったが。
やはり”身の丈に合わぬ大刀にしては”という注釈を付けざるを得ない。
哀れな虚勢が持たせた大刀が断てるのは新之丞の虚ろなる姿のみ。
轟音を上げて叩いたのは河原の石一つ。割れた礫が新之丞を叩くがそれが精一杯。
深々と突き刺さった大刀。持ち上げられず震える腕。
新之丞が刀を翻せば、哀れな虚勢の下の面がむき出しとなる。
「あ、ああぁ――」
眉は垂れ下がり目には涙を湛えて怯えて震える。猫に捕まった鼠のような顔。
新之丞の猛獣の如き興った腕が振るった牙は、首筋を通り過ぎる。
そこにはもはや獣ですらない、ただの肉の塊が残った。




