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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇へと

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10/24

十 山賊砦


 三百年以上前、七沢には城があった。

 七沢城――かの北条早雲ほうじょうそううんが攻め落とした城である。

 北条家の支配下に入り、ほどなく廃城のに合う。

 しかし忘れられていたのか、気付かなかったのか、はたまた面倒だったのか。砦が一つ残った。山の奥の少し開けた場所。眼下に七沢から相模の海を望む砦が一つ。


「はっ! はっ! はっ!」


 砦に至る五十にも及ぶ、三百年の経過を感じさせない木の階段。息を弾ませ飛びあがっていく影が一つ。

 長く時を経たにしては新しい戸に、身体をぶちあてるようにして止まる。それでも鉄太てつたは止まらない。這いながら戸を開いて、中へと転がり入った。


「やっと来たか鉄治てつじぃ! 遅いわっ、ヌシャ干からびさせるつもりか!」


 広間の床に履物はきものも脱がずに激突するように地に伏した鉄太てった

 軽々ひょいと片手で持ち上げた大男はとぼけたようなつぶらな瞳とびっしり生えた髭面を押し付けるようにしてにらみつける。


「おい、そりゃ鉄太だ。為右衛門ためうえもん。目付いてるか、凡愚ぼんぐが。頭が違うだろうが」


 ついで近づいて来ては鞘で鉄太の頭を叩く者は克士郎かつしろう

 派手な意匠いしょうらした赤黒の着物、白粉おしろいを塗ったような生白い顔は役者のよう。

 斬るような鋭い視線と突き刺すような厳しい口調でなければ男と分からない。


「なんじゃ鉄太かい。そいじゃ鉄治はどうした? おい聞いとるんじゃ」


 為右衛門は大きな顔を更に鉄太に寄せて来る。


「首が締まってんだよ。顔が青いだろうが。色を忘れたか、ど阿呆」


 鞘で顔を指し示す克士郎。


「おい克士郎かつしろう。さすがに言い過ぎじゃ――」


 為右衛門の手がふっと緩み、どんと床に激突してしまう。

 しこたま打った腹を抱えていると、奇怪な笑い声。部屋の隅で膝を抱えていた茂吉もきちが異様に長い四肢を虫のように交互に前にだして近づいて来る。


「キャキャ、お、落ちた! 落ちたッ!」


 ほっかむりした農夫のようでもあり、這いつくばる姿は赤子のようでもある。


「うえ、こっち来んなっつったよなぁ? 茂吉ぃ! 臭ぇんだよ!」

「落ち着け。其方そのほうらはまったく。鉄太、大事ないか?」


 見かねて入って来たのは又左またざ。賊のまり場に似つかわしくない侍然とした男。

 月代さかやきも髭も綺麗に剃っていて、身なりもきちんとしていて、まるで取り締まりに来たようにも見える。


「何があった?」

「ま、又左殿――て、鉄治がっ」

「なんだ。またカワウソにでも襲われたのか?」

「ちがっ、敵です。鉄治がっ鉄治が」


 鉄太の顔の横に太い足が落ちて来る。

 為右衛門が立ち上がり、天井までも揺れた。


「何ぃ敵ぃ?! それで鉄治はどうしたんじゃ」

「た、戦って――」

「ばっかもん! 置いて来たんかヌシャ。河原じゃなぁ!!」


 力士のような巨体、扉を破りかねない勢いで建物ごと揺らして走り去っていく。


「おい、答えを聞いてけ。まったく頭はついているのか、豚が。しかも今から行ってための足で間に合うわけがない。鉄治の腕で未だ粘っていると思えるのかね。まったく、いや、本当に可哀想な話だぜ。見捨てられるなんてな」


 克士郎は端正な顔を歪めて覗き込んでくる。言葉と裏腹に鉄治に対する哀れみの欠片もない笑顔に、呼吸がつまった。


「ちがっ、違う! み、み、見捨ててなんかっ」

「ならなぜここにいる? お前、まさか今から援軍に行って間に合うとでも思ってるのか。間抜けが」

「エ、エフッ! テ、テm鉄治の首――! エフエ、フフッ!」

「でも、でも、鉄治が。鉄治が、なんか怒ってて。それでっ。う、ううぅぅぅ」


 泣き出す鉄太。茂吉は「ウーウー」と真似しながら周りを回って囃し立てた。


「ウー! な、鳴いた! 鉄太が鳴いたぁっ!!」

「やめよ。二人とも」

「二人ともぉ? 又左殿心外だなぁ。俺は真っ当な話をしただけだろう」

「それでもだ」

「又左殿。じゃあ、て、鉄治、鉄治は――」


 縋って袴を掴んだ鉄太の手は、侍によってそっと外された。

 誰よりも厳しい顔をして「分からぬ」と一言。鉄太はついに突っ伏し声を上げた。


「そもそも”敵”とやらは何者だ。まさか鉄治を狙ったわけではないであろう?」

「知らない――」

「当たり前だ。そんなこと聞いてないんだよ。歳は、格好は?! 何かあんだろ!」

「うぅぅぅ、歳は、克士郎くらい。緑の――旅姿」

「俺と? ふむ、じゃあ俺狙いってわけじゃあ――いや、斬った相手の子と言う線はあるか? ふふ、やり過ぎてわからんな。他には?」

「他?」

「背格好とか得物とかだよ? 頭沸いてんのか、グズが」

「だからやめよ。大体そこまで言うなら其方が行けばいい」

「何故俺が? 行っても鉄治は死んでるだろう?」

「戦う相手を探しに来た。そう言っておったろう。いい機会であろう」

「俺に相応しい腕を持った相手を探しに来たんだ。忘れて貰っては困る」

「オ、オオオデが! 克士郎、オデならいつでも! なあオデならオデオデオデ!」

「黙れハゲ! お前は呼んでねぇんだよ。化け物とやってもなんにもなんねぇんだ。技も糞もない力押しのお前なんぞ、やっても何の足しになるんだ。俺が戦うのは俺の腕を磨くため。即ち俺の腕に見合う技をもった相手だけよ。消えろっ!」


 克士郎がすごむと部屋の隅までカサカサと動いて、また子供のように小さくなる。


「なぁ、又左殿、俺はあんたでいいんだ。三か月もここに居るんだ。袖にされたままどこかに行けと言われてもな」

木剣ぼっけんでいいならやると言っておろう」

「駄目だ駄目だ。んなもんで技が見せられるか? 茂吉とやったほうがマシだ」

「ここでは殺し合いはせぬと言っておる。どうしても斬り合いがしたいというなら、やはり此度こたびの相手しかないと思うがな」

「あのなぁ。そんなんで乗るかよ。それにそいつが強けりゃ喜んでやるが」


――強ければ


 その言葉に鉄太は顔を上げた。

 克士郎を動かせるかもしれないと思いついたことがある。


「――強い。かも」

「なんだぁ。お前の見立てを信じろと。お前より強い程度じゃあなぁ」

「違う、違う」

「背格好も得物も覚えてないのに、相手の腕は見抜けるつもりか? 寝て言え!」

「だって――敵が追って来たのは」


 鉄太は右手を上げた。三人の目は鉄太の指を追って奥へ。

 広間の奥、格子窓から入る陽の光の集う場所。そこには結跏趺坐けっかふざの男が座る。

 刀を手に乗せ、薄ぼんやりと光る姿はまつられたようにも。

 濃藍こいあいの上から透き通るほど薄い白い衣を右肩にだけ通した格好は仏のようにも。

 ざんぎり頭の下の目には何も映さず、表情にはどんな色もなく、光に溶け込む様は幽鬼ゆうきのようにも見える一人の男が座っていた。


「かー然全さぜん殿かぁ! なら腕は立つのであろうなぁ」

「ならば其方そなたの腕を振るうにあたいしよう」

「あるいは、そうやも知れん」

「なら――鉄治を! 克士郎、鉄治を!」

「だからお前は馬鹿なんだよ。なら猶更なおさらここで待つに決まっている」


 無情なる一言。鉄太は「なんでぇっ!」と床を叩いた。


ために負けるようなら用はないからだ。俺に値する腕を持っていているならばここまで勝手に来るさ。そしたら動くだろう?」


 克士郎は挑戦的な目で見得を斬る――それすらも然全に吸い込まれて消える。


「仇だぞ? 流石に直々に相手するよな? 真剣で。ああ、見たい。然全殿の腕を。技を見たい。木剣ですら出し惜しみするんだ。余程なのだろう? まあ、仮にがっかりする結果に終わったのであれば――その時は、な」


 艶のない頬のかすかに残った張りがいびつに上がり、乾き切った灰色交じりの赤く薄い唇の端を微かに歪めて、そして開いた。


「お主が――か?」


 乾いた然全の乾いた口を付いた声は想像を遥かに超えた乾いた響きだった。雨も嵐も吸い込む砂地の下から響く、うごめくような地鳴じなりのしゃがれた声。


「俺がだよ。まさか然全殿が負けた相手なら俺も負けるとでも? いいんだぜ。俺は今ここでやりあっても」

「克士郎!」

「又左殿! あんたでも良いと言ったよな?」


 克士郎の手を刀に掛けて、挑戦的な目を又左に向ける。


「だとしても身供は木剣だぞ」

「ちっ、何故いつもそう逃げるんだ。別にいいだろ一度くらい斬り合いしても。別に死んだらそれまでの腕だったということ。それでいい側であろう? だからここで腕を磨いているのではないのか?」

「少なくとも今は敵が来るのだ。腕を磨く場所がなくなる瀬戸際やもしれん」

「分かった分かった。ならば斬ってしんぜよう。敵が居なければよいのだな? 敵が居なくなれば真剣で相手をしてもらうぞ。よろしいかっ! 然全殿!」


 然全の頷きを見て、克士郎は満面の笑みを浮かべて颯爽さっそうと出ていく。

 残された鉄太の目に映った然全の唇は、バリバリと引き裂かれた音を立てるように引きつけた笑みを象った。




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