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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇とは

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十三 天道


 陽が沈み、反対側から月が姿を表す一瞬、すべては茜色に染まる。街道も、村も、畑も、川の水面も、六地蔵もである。

 川沿いの道を歩く大柄な僧もそれは同じ。茜色に染まる大きな禿げ頭。その背にも禿げ頭が一つ――大きな男の背には乳飲み子のように小さく見える地蔵があった。


「ようやっと、この日が来たか」


 僧が背にした地蔵を乱雑に降ろせば、地が揺れる。

 それは丸めた筒状の経典を持った一番左の地蔵――天道を守護せし大堅固地蔵だいけんごじぞうをも揺らし、目覚めさせる。

 見覚えのある僧だった。

 この地で見た僧の中でもっとも大きな影であるから見紛うわけもない。深く皺の刻まれた顔になったとて身体の大きさは変わらない。

 ここまで目立つ僧、石の頭であってもかつての姿がありありと浮かんだ。


 それはまだすべての地蔵の頭が揃っていた時の記憶。


「すまんなぁ、こんなもんしか用意できんで」


 今と違い、脛巾はばきを巻いた身軽な格好。身体の大きさもあり、僧兵のようにしか見えない頃。この頃の僧は顔がだらしない。

 目が頬から滑り落ちそうなほど垂れさがった笑みだった。


「いえ、そんなことはありゃしませんよ。なんせあたいのような。とうの立った女に百両も払っていただいたのですから。むしろ返さなきゃいけない」


 だらしのない目線の先には腹の大きな女。腹のわりには線が細い。ひと目見た地蔵をしてお産が心配になるほど。顔にはあばたが目立ち、けして絵になる女ではない。けれども目を引いた。

 身振り手振り全身を使い、腹の中の稚児ややこが心配になるほど大きく動く。更には身体だけに飽きたらず目も口も大きく、大げさに動かし表情を作った。

 長年ここの地蔵をしていたが、ここまで豊かな所作をする者は見たことがない。実に愛嬌がある。それは誰しもを、だらしない顔にするに十分だろう。地蔵も、隣のもう一人の男もそうだった。

 僧兵よりも締まりのない顔のもう一人は、女の隣に寄りそうように立つ。伴侶であろう男が、だらしないまま口を開いた。


「俺が取った嫁だ。俺が返していくさ」

「“俺が”? 所帯なんだからさ。出所は同じじゃないか」

「んまあそうだが。禮裕らいゆう様に――いや寺には生まれた時から世話になりっぱなしだ。

だからこれは俺の借りなんだよ」

「駄ー目。そういうの全部ひっくるめて“一緒になる”でしょ。何馬鹿いってんの」

「そうか。そうだな。伴侶だものな。分かった。なら、さわの身体も一人のものじゃないんだから、こうもちっと静かに動かぬか?」

「飯炊きも満足に出来ないで。どうやって安静にしてればいいのさ」

「いやそれは――そうだが」


 嫁の一方的な攻撃、否、口撃。だが三人の誰も表情はだらしない。皆一様に笑みを浮かべている。言い合いではなくじゃれあいと言うが相応しく見えた。


「ガッハッハ、既に尻に敷かれておるとはのぅ」

「おい、兄者。誰が――」

「ガッハハ、分かった分かった。ほれ手を合わせい、祈願に来たのだろう」


 大きな男の声を合図に三人は手を合わせて来た。並んで膝をつき手を合わせる。

 真剣な眼差しで地蔵を見つめて、そっと目を閉じ手を合わせて祈った。


「あら、ここのお地蔵さんは傷だらけじゃない。可哀想に」

「ああ、随分前からあるから――といってもこの目の傷は最近のか?」


 男は口を結び直して、右から四番目の地蔵の目をなぞった。


「うむ、少し前についた。酷いことをする者がいるものよ。いたずらにしても酷い」

「何れ直したいな。ボロボロだし、こんな状態で祈りを聞いて下さるのか。そもそも地蔵は安産を祈願する場所なのか? ほら、すぐ近くに一之宮があるからそっちで」

「いいのここで。このお腹、帯巻いたばっかであんま動けないもの」

「ちょっと川を下っていくだけだぞ。そうだ、俺が背負おう、なんなら兄者と一緒に籠を担いで運ぶぞ」

「任せよ! 今なら籠くらい作ってみせるぞ!」


 確かにここのところの大きな僧は、大工染みた仕事を森の奥でやっていた。


「まったく、二人ともお寺さんの生まれなんでしょ。なんでお宮さんを薦めるの」

「寺に安産祈願するものは普通おらんからの。相模さがみだとおんめさまくらいか。たしか鎌倉の寺だ。さすがに遠いであろう?」

「いんですよここで。別にそんなことまでしていただかなくても」

「でも少しくらいは何かしたい。金ものうなって何も出来なかったしな」

「住むところまで用意してもらって。これ以上は罰が当たるよ」

「いや、さわにだ。祝言も挙げられてないじゃないか。もっとこう何か夫婦になった何かが女には大切なんじゃないのか?」

「腹帯も巻いてくれたでしょうよ。それにこんな白い反物の着物初めて着たわ」

「絹でもないんだ、本当は綺麗に染めたかった。例えば花か何か――そう、さわには椿やマンリョウなんか赤い花が似合うと思うんだ」

「ははっ、あたいには荷が勝ちすぎるねぇ。百両だって重いってのに。花ならそうさねぇ。藪柑子――ジュウリョウあたりが好きかな? ま、でもそんな金あんなら、この子に使いましょ」

「確かに子には金が掛かる。すぐに物を欲しがったり、飽きて捨ててまた次を欲しがる。欲深いものだからの」

「んーああ、そうだな。突然剣術をやりたいと言うかも知れぬしな」

「だが、才があっても捨てるやもしれんな」

「なーに言ってんの、この子は女よ」

「え、もう分かってるのか?」

「いいえ、でもほら――この蹴り方上品。私に似てるわ」

「さわが上品――?」

「なんだい、あんた?」

「ガッハッハ、怯えておるではないか、作」


 下らない言い合いに笑い声が上がった時代。その面影はもうない。大きな僧はぴくりとも堅い顔のまま、背負ってきた地蔵を並べる。地蔵の左から三番目。首の落ちた地蔵の身体と交換した。

 そしてあの時と同じく膝をつき姿勢を正して祈る。

 あの頃と違い厳めしい顔つきで。岩肌がヒビ割れたような深い皺の刻まれた強面の冗談を言いそうにない口から漏れたのは――


「仇を討たせたもう」


 肩は震え、歯を食いしばり合わせた手は互いを砕かんばかりに力が入る。暴れ出す身体を抑えつけるように声を絞りだした。

 それは祈りというより覚悟の誓願。貫徹への意志。

 沈黙していたひぐらしたちも鳴きながら逃げ出すほど。鬼の如き威を発した。



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