七 餓鬼道
山寺の麓、荻野川を臨む辻の六地蔵に朝日が当たる。
毎朝、山寺から下りてくる一番若い坊主は水を運ぶ。寺の甕を満杯にするため都合五度。毎朝精を出す――のであるが、修行不足の若い坊主は愚痴の一つも吐く。
若者の愚痴とは成長の余地でもある。その日は「眠い」と言いながらも丁寧に身体を拭くものだから、こそばゆくも微笑ましいと右から二番目の地蔵は感じた。
――名を大徳清浄地蔵
右手を上げ手掌を見せた与願印を結び、左手に宝珠を携え立つ姿。その眼光は地の下、五百由旬にある餓鬼たちの住処――即ち餓鬼道を見守る地蔵である。
長年晒された風雨で目蓋がすり減り、目はぎょろついている。若い坊主はそれを笠で隠し、去っていく坊主。山道に消える背も追えず、寂しさが募った。
滅多に人の通らぬ場所。朝を過ぎれば人通りは絶え、夏には川の向こうの畑には野良仕事の人すら見えない。たまさか水遊びに来る子供たちがいる程度。
それがいつもの景色――だというのに今日はまだ人があった。
朝日に伸びる影が橋を渡る。足音がして、橋げたが軋み、男が現れた。
寺の僧ではない。白い着物を纏い大股で。
寺の客でもない。額に皺を寄せた不機嫌な容貌。
背の高い、大柄な、それでいてどこか小さく見える男が橋を渡って来た。
まだ若い男が大股のまま、見向きもせず地蔵の前を過ぎていった。
苛立ちの浮かぶ顔に“救済”を頭に浮かべつつも地蔵は別のことを思った。かつて六体の地蔵の五体が満足だったのは何時のことだったか――と。
地蔵たちが安置されたのは今よりも百年以上は前のこと。長らく風雨に晒され続け子供たちにもいたずらをされ続け、心ないものにも遭って来た。故に石の身体はヒビや欠けも目立つ。すべて揃った地蔵は居ない。
あるものは耳が欠け、あるものは顔の凹凸がすり減り、あるものは指が折り取られあるものは首がなく、あるものは衣が剥がれ、あるものは頭が削られている。
地蔵は若い男を、獣の――不浄を喰らった匂いを発する男を見て思い出す。
その炎を宿した目、焼かれたように苦しみ歯噛みするまるで餓鬼のような顔を見て思い出す。
それは自分の左二つ隣、右から四番目の地蔵の首のこと。
果たして地蔵は若い男を見送り、石の身では吐けぬ嘆息を覚えた。




