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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇とは

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32/47

五 新助


 それはまだ煤宮の門に穴が空いていない頃の話。

 中庭には所狭しと門人が並んで罵声を上げ、刀を振るい、それを避け、塀沿いには延々と走り続ける者たちが修行をしていた。

 今と違い、騒がしくも狭苦しくもあった。埃も立たぬほどの湿気が立ち、春先でも汗が引かぬほどの熱気に包まれる。


「誰か居ないのかっ!!」


 そんないつもの風景に声が響いた。

 野太く勢いのある声は庭を通り抜けて、道場の中にまで届く。更には稽古中に響く声をも打ち破り、長谷野はせのの耳へと届いた。


「何の用だ? 道場破りか?」

「違うっ!」

「違う? 何がだ? 小童。睨みつけているではないか」

五月蠅うるさい! 元からこの目だ! 良いから上の奴を呼べ!」


 長谷野が行くまでにも騒ぎは大きくなり続ける。

 応対した弟子たちにも食ってかかる勢いの野太い声の主は長谷野が門につくまでずっと言い合いを続けていた。

数十の弟子たちに囲まれてひるまず。大きな身体の弟子たちを前にして負けぬ大声で対する。長谷野の足取りは軽くなろうと言うもの。

 道場破りでもそうでなくとも興味を引かれた。


「どうした?」

「あ、師匠。この者が師匠を呼べと」

「おお! あんたが道場の主か。どうか俺を弟子にしてくれっ!」


 男はまだ前髪も落としていない子供だった。

 大男に怯まぬ勢い、大勢に負けぬ大声を出す子供は新助しんすけと名乗った。


「新助が弟子入りに来たのは、確か12,3の頃じゃ」

「父も子供の頃から――それで、山中やまなかとはその頃に?」

「うむ――まあ新助は着の身着のままと言った感じでな。勝手に家から、奉公先から出てきたのじゃろうと。理由を付けて帰そうとしたのじゃがのう。これが言うことを聞かぬ。梃子てこでも動かぬ。じゃから一つ試してやることになった」

「試しですか」

「そう、お主らは――まあ、今となってはそのような必要ないが。昔はここで二十人からが寝泊りしておったからのう。道場を使わねば追いつかなんだ。誰彼構わず弟子にとは行かない時代であったのよ」

「それで――試し。一体どういうものですか?」

「それは無論。似たような年の子に――作太に当てた」


 入門を希望する子供の試し。普段であればそこまで注目の集まることはない。

 だが、この時ばかりは違った――相手が作太であったから。

 まだ入門して二月ふたつき、それも内弟子ではなく通いの門人としての身である。それでも既に道場内の誰しもが一目を置く存在だった。

 まだ小さく、身体を作ることが優先でほとんど木剣を握ることもないというのに。試しに持たせたのは数えるほどであるというのに。

 瞭然たる才能は誰の目にも明らか。

 それが見られるとあっては道場には男たちが溢れんばかりに押し寄せるのは必然。ただでさえ暑く苦しく、獣臭くすらある煤宮の男たちが肩を寄せあい詰まる。


「お主ら、自分の修行をだな――」

「師匠無粋ですぞ! 子供同士の喧嘩。見守るのが大人の役目でしょうに」

「おい、作太舐められるんじゃねーぞ!」


 いるだけで圧のある男たちに囲まれるというのは子供には酷。

 作太を当てたのは失敗だった――そう心配したが、新助は怯むことなかった。大人たちなぞ目もくれないどころか作太を指をさし、眉を跳ね上げ、声を張った。


「なんで相手が子供なんだ!」

「お前も子供だろ」


 周囲からの揶揄する言葉にもやはり負けじと「うるせぇ!」と言い返す。


「どう戦うかを見る。勝てなくともよい。強さや戦いへの姿勢を見る試合である」

「師匠は俺が負けるって思ってんの? 村で俺に勝てる子供なんていないぜ」

「おいおい、小僧! 師匠と呼ぶにゃ早ぇぞ!」

「すぐそうなるんだよ!」

「そうはならない」

「ああん?! なるんだよ!」

「ならない。何も見せさせるかっ」


 珍しくとげのある言葉を発した作太を見て、長谷野の口の端が持ち上がった。

 現在の道場で作太はもっとも年が下となる。幾ら才があっても大人を相手に勝てることなどなくて当然。それもあって作太はどこか冷めたところがあった。

 だが今回の相手は同世代。意識せぬはずもない。

 ひと目わかるほどに語気は荒れ、木剣を握る手にも力を込めている。


「やれ! 作!」

「お前ならやれる!」

「いいや、生意気なガキに賭けるぜ俺は! 煤宮らしいじゃねぇか!」


 弟子たちの咆哮がそれを後押しする。煤宮の剣士たれば品格と礼儀より先んじるは罵倒。相手が子供だろうと、いや相手が若いからこそ囃し立てねばならない。

 道場を沸き立たせる賭場のような活気が最高潮に達すると長谷野は号令をかけた。


「はじめ!」


 作太の天稟てんぴんは目と頭にあると長谷野は考える。

 木剣を持たせたといっても受けの練習を少しだけで、構えも技も教えてはいない。

だが作太の構えは十全である。

 右手一本の斜構え。いつでも逃げられるように後ろに重心を持ち、いつでも左手は追えるように少し上げ。

 既に構えの意図を完璧に理解している。

 最初からそうだった。煤宮の奇異ともいえる戦い方を最初から理解していた。

 横目で見ていただけ。長谷野の声や師範代の怒号も耳に入ったやもしれぬ。だがそれでも煤宮の必然に辿り着くには早すぎる。理解できないままで道場を去るものもいるというに。教わることもなく口働きから構えの理に到達していた。


「どうした? このまま何も見せないつもりか?」

「お前こそ、あんだけ言って待ってるだけか?」


 ただまだ口働きはつたなかった。機も悪く、相手の気に障ることもない。

 新助の試しの場で無ければ、動かされていたのはどちらか分からなかったろう。


「へっ、腰抜けが――」


 精悍で自信ある顔つき、ただの村の子ではない。金もなく剣術道場に弟子入りに来る。ならば頼るのは腕――ただの力自慢に過ぎぬと見ていた。


「行くぜ! うらぁぁっ!」


 だが新助の振りは鋭かった。

 鍛錬の跡が見て取れ、形になっていた。自分で考えて修行をしたのであろう。振るごとに問題点を洗い出して改善をしたのであろうと。努力の跡すら見える。同世代に負けないという自負を持つに相応しい――が相手が悪かった。

 作太の目にはそれは通じない。仮に同世代相手に気が逸っていてもだ。

 後から動いたはずの作太は木剣を合わせ、かちあった木剣の背に左手を追わせ――ぶつけた。


「え、なんだ――と」

「くっ、お前――?」


 新助の木剣は飛ばされ床を転がり、作太の足は上から踏まれて床を軋ます。新助は悔しさで唇を噛み、作太は痛みで眉を顰める。

 歪んだ二人の顔を見て、長谷野の顔はこれ以上ないほど笑みとなった。


「ほう」

「足かぁっ」

「見込んだ通りだぜガキぃ!」


 新助は最初から剣術での勝負には勝てぬと思っていたのだろう。自分の領域で勝負をするつもりだったのだ。逃がさぬために足を取った。

 対して作太は力で勝ちに行った。自分より細い相手に木剣を飛ばされるという屈辱を与えに行ったのだろう。


「舐めるなぁぁっ!」

「負けるか!」

「待て待て待て。もう良かろう」

「子供の喧嘩ではないのだぞ!」

「師匠笑っていないで止めて下され!」


 二人は床を転げながらもみ合っていた。拳を膝を時には額をぶつけて。実に不様で実に煤宮らしく実に泥臭く実に――


「素晴らしい!」

「いや、師匠。頼みます」


 二人の首根っこを掴み持ち上げる。それでも取っ組み合いを止めない二人の間に顔を挟んで叫んだ。


「弟子入りだ! 弟子入りを認めるぞ」


 長谷野は明るい顔で笑った。煤宮の未来を照らす二条の光を見たからだ。


「新助はその日からすぐにここで暮らすことになった。もっとも最初は外で寝かせておったがのう」


 新之丞はピクリとも動かず長谷野の言葉を聞いていた。

 長谷野の話が止まったのを確認して、声に出したのはやはりこの名前。


「――山中やまなかは納得したのですか?」

「無論じゃ。単なる刀の腕比べではないからの、より煤宮的だったのはどちらか? 言うまでもない。作太も分かっておったよ」

「そうですか」

「儂には細かいことは分からぬが、二人の仲は良かったと思う」

「良かった――?」

「良く話す間柄ではないがのう。意識はしあってはおった。大きくなって同世代たちが入って来ても常に視界の端に捉えているような。だがけして憎しみではなかった。互いの研鑽を見ては、負けじと努力する。力を認め合っておったしのう」


 目を伏し、思い出せるだけの景色を浮かべても二人は常に比べていた。

 中庭の端っこで声を出している時から、どちらがより大きな声を出せるか。

 真ん中で鍋を囲っている時も、どちらがより多く平らげられるか。

 周りを走っている時だって、どちらがより早く、長く走っていられるか。

 山に入れば、どっちの獲物が大きく、美味いかどうか。

 互いに声を掛けずとも、目を合わせずとも、意識をして負けた方が頬を膨らまして更なる研鑽へと至る力へとなっていた。


 それは良い関係であると長谷野は信じていた。いや信じようとしていた。かつての煤宮の良き時代の微笑ましい思い出であると信じたかった。


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