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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇へと

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二十七 仇討ち

「――なっ」


 驚きに満ちた声。右腹に目を落とし、新之丞に振り返り、そして膝を付く。


――同じであった。


 膝から倒れる仕草も、最後まで刀に掴まり倒れるのを拒む姿も、最後まで右手一つで刀を使う姿も、すべてかつての師と重なる――吐いた言葉まで。


「――影が、刺しおったわ」


 違いは一つ――腹に突き刺さったのは本物だということ。

 白い衣の上から突き刺さる黒い刀身から、赤い血が広がり行く。じわりと染み出るように色づき、滲む赤は小さく放射状に広がった。まるで赤い果実の房がなるが如く。控え目に、だが確実に新之丞の殺意が肉まで貫き通した。


「そうか投げるのか。くっくくっ、そうかそう使うのか。あーはっはは。単純だな。考えてみれば単純だ。こんなことも思いつかぬで短刀を帯びていたとはな」

「左様、煤宮なればこそ――本来の煤宮なればあったはずの技」

「確かに、そうだ。ああ、確かに――だが、まだこの程度――どうした? 好機ぞ。何故手を止める」

「終わりだ。言ったであろう、これは本来の煤宮の技」

「本来――忍――ああ、毒か。なるほど、この熱さ。そうか毒か」

「左様。貝毒(かいどく)を塗りこんである。半刻(はんとき)と持たぬ」


 実際にはどれくらいか知る由もない。

 松原が取り寄せた物、効果を確かめることはしなかった。だがしかし、そうでなくとも刺した場所は(きも)。毒でなくとも一刻は持たない。

 どの道長くはないのは間違いなく、それは然全も分かりそうなもの――だというのに。


「あはははっ、(かす)っても死であったか。無理だ。無理だよ。これは避けられん。煤宮であればあの場面では見ることも(あた)わぬ。見事。見事だ! よくぞ――新之丞」


 まるで別人のように顔も晴れやか。本来の気性か、逃げ隠れる日々が終わるからか、毒で死を待つ身であるからか。

 その(いず)れかはまた、何れでもないかは分からないが。顔の形からしてもはや別人。明るい声を上げて大の字に倒れ込んだ。


「貴様に褒められてもな」

「素直に受け取っておけ。こう見えても煤宮始まって以来の天才と呼ばれた男だぞ? そうは見えぬかな? あっははは」


 どこかの坊主を思い起こさせる――大きな笑い方。

 面影のまったくない大柄な僧の言い分は、新之丞を思いとどまらせる方便だと思っていた。あながち合っているやも、と思い直したが――。


「それにこれから気分は最悪になるんだからなぁ」


 爽やかさすら感じさせていた僧の顔が――再び悪鬼に戻る。毒に侵された身でどこに力があったのか、上体を起こして新之丞を見据(みす)える。

 にやけたように、見下すように、もう立つ力もないだろうに溢れた冷気が肌を粟立たせるようだった。


「これで晴れて戻れるのだというのにか?」

「なら晴れ晴れって顔をするがいい。出来るかな? 忘れたか? それともそういう気分ではないんじゃないかな?」


 胸に去来(きょらい)する達成感はある。だがそれだけだった。


「気晴らしに討ったわけではない――が、貴様が絶命したらそうもなろう」

「くははは、無理だね。無理無理。お主にその日は来ない」

「――何が、分かる」

「分かるさぁ分かる。私には分かる」

「分かるものか! 貴様のように女は斬ってはおらん! 何故母まで斬った! 怨むなら父だけであろうがっ」


 話を聞いても益はない。離れてしまえば毒で死ぬ。死を見届けたいなら陽が出てから戻ればいい。

 取れる選択肢は色々あった。が、何れも選ぶことは出来なかった。


「ああ? 今更か。終わった話だ」

「終わったっ――だと?!」

「そうだよ。終わった話。だがま、それで討たれたのだしな。じゃあ答えてやろう。お前の母を斬った理由か――何だったか、ああ、そうだそうだ。ついでだ」

「ついでっっっだとっっ!!」


 未だ覚めぬ怒りが、幾ら冷気を浴びせられようが、晴れぬ思いが口をついた。

 端からこうなることは分かっていたはずなのに。

 どうしてこんなことを続けているか新之丞は自分自身でも分かっていなかった。


「そうだ。ついでよ。ほら笑って見せよ。無理であろう? 無理なんだよ。仇討ちを果たして亡くなった者を思えど。もう(かえ)らない。失った物と時を思い起こすのみ。墓の前で手を合わせても何も応えはしないのだと」

「貴様のせいだろうがっ」

「誰のせいでも同じこと。何も応えなくても手を合わせておけばいい。辛くても過去の思い出を思い起こせばいい。そうして涙を流して居れば良かった」

「それでのうのうと生かせと抜かすかっ!」

「そうだ」

「ふざけるな、生きたいなら端から殺すなっ! 仇になるなっ! さすれば――最初からこのようなっ、このようなことに!」


 新之丞は未だ気付いていないでいた。

 この屈辱感の正体。いや屈辱を感じざるを得ない話になったことの正体。


瞋恚(しんい)(まみ)れ、掉挙(じょうご)に身を任せて、仇、討ち果たしても心は昏沈(こんじん)の只中――」

「何を――言っている?」

「仇を討たねば憤怒に身を焼かれ、灰とならん。だからお前はここに来た。自らの身体を毒に侵そうとも、仇を討たずには居られなかった」

「何を分かった口を」

「何故平穏(へいおん)に身を任すことができない。何故安穏(あんのん)(ひた)れない。平穏と安穏を捨てて、人を斬って何を得られるというのか。得られるものなどありはしない!」


 屈辱を与え、怒りを呼び起こさせていると未だに気付けないまま、ただただ両の拳を握って耐えていた。


「くははははっ! 当たっておろう?」

「そんなことは――」

「あるさ。ははは! 何故か分かるかな? 何故か分かっているだろう? お前にはもう何があればこれが理解できるか分かったんだろう?!」

「違う、違う違う違う!」

「はははっ、そうだそうだよ」


 口をついて出た言葉と裏腹な心中。見透かしたような然全に拳を握ることしか出来なかった。


「――っ!!」

「そんな顔をするな。晴れ晴れとするんじゃなかったのか? ほら、こうやるんだ!」


 口角を上げて見せる。ただ目は笑っておらず頬も引きつった酷い笑顔。

 痛みに耐えているのか、その時が近いのか、笑顔にはほど遠い――というのに、新之丞に屈辱を与えるに十分な笑顔だった。


「ふっ――ふざけるなっ! 討たれたのは貴様だろうがっ」

「何れ分かる。――何れ――事成れば――成る――ぐふっ」


 然全は泡を吹いた。顔は赤くなり、口からは喘鳴(ぜんめい)が漏れ。息が吸えていない。

 吸えないものだからより強く吸おうとして、大きく胸が弾む。胸を張ってくの字に身体が弾む。貝毒が身体を侵し――その時が来たのだ。


「心から――笑え――そ――の――分か――修羅地獄に――て、見――て」


 窒息の苦しみは締め落とすとはわけが違う。意識は断たれぬのにも関わらず苦しみは延々と続く。絶命のその時まで延々と。数ある死の中でも上位の苦しみと言う。

 それはいっそ死を願うと言うほど。

 であるにも関わらず、然全は口の端を上げて、目を細めた。

 それは無理に笑おうとした先刻と打って変わって、これまで見せた凶悪な悪鬼羅刹(あっきらせつ)のようなそれではなく――心の底からの笑顔だった。


「ああぁ、兄者――月だ――月、見えるよ――美し――」


 まるで眠ったかのように静かに、満足げに息を引き取った。



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