二十六 影殺し
『勝てぬなら送りださぬ。煤宮たれば生き残れぬ戦いには行けぬ』
しかし仇は煤宮の天才。
勝てぬ、勝てぬと言われながら修行が長引いた。
焦る新之丞に奥伝を授けられる――が、それでも勝機を見いだせないでいた。
だが、一つ疑問を生んだ。
――何故これが要る?
修行に使うこともなく、奥伝にも出て来ない。
それは何故?
問いても兄弟子も師すらもその由来は知らなかった。
だから新之丞は考えて、考えて、そして仇討ちの許しを得るに至る――
とある技を生んだのだ。
「敗れるなら新助の技か?」
一瞬の笑みの後、新之丞はまた刀を納める。
納めて軽く鯉口を切り、半身に構えて、腰を落とし、上半身はやや前傾。
左手は鞘に、右手は刀の柄を即座に掴める形。
「――健気だな」
「この為にだけに磨いてきたのだ」
「愚かな――憐れだよ」
「そうだろうな。貴様一人のために六人も斬らねばならないとは」
「私に並んだと、立派と褒めればいいのか?」
「越えると――言っている」
口働きにて、鼻を鳴らして見下ろす。もはや苛立ちもない――安堵した。
新之丞が危惧していたのは煤宮を捨てているかどうかだった。そしてそれは現実となりかねなかった。
よもや煤宮を捨てているような姿であったからだ。
『まず間違いなく修行を続けているであろう』
何故か自信に溢れる師の答えを貰ってもまだ、心配していた。
師の言葉を信ずれど、新之丞はそれほどまでに自らを信じていなかった。
自らの凡庸な才に打ちひしがれたこともある。
だが他でもない命の恩人にして剣の師匠。
自らの遥か高みに居る方だ。やはり自分よりよほど信じるに足る。
だから信じて、それを殺すことを選んだ。
遠慮なく、躊躇なく、それだけを、煤宮を身に着けた相手を殺すことだけを考えていた。
「参る」
新之丞が駆け寄れば、同じように引き付ける然全。
何度も見せ、何度も同じように、煤宮の必然として下がって避ける。
抜き打ちの速さに、過ちが起こらぬ位置に下がる。
煤宮が沁みた身なれば、それは反射で起こる。起こせなければならない。
それは確認した。
何度も何度も確認した。
そして、それこそが何度も何度も思い描いた唯一の勝機。
切った腰に残った左手が滑るように動いた。
猛禽のように曲がった二本の指が獲物を求めて動いた。
何故か煤宮が帯びるそれを求めて。奥伝にもない。技として使わぬ。ただ短いと馬鹿にされるだけの残ったもう一方。
その柄をがちりと音がしそうなほどに確りとはまり込むように、まるでそう誂えたように曲がった指が掴んだ。
――何故煤宮は短刀を帯びるのか
兄弟子は『思うに、軽いからではないのか』と答えた。
二本差しは仕える者の正装だが、煤宮においてはその意味はない。
本来の用途である予備の意味、戦場においては首を落とすための道具。立ち返れば煤宮にも二本目は居る。なら、煤宮の理が選ぶのは軽い短刀になろう。と。
『実際に太刀の時代には短刀だったと聞く』
理解は出来た、だが納得は行かなかった。
次に聞いたのは伝助。
『軽いほうがよくね?』
軽い答えだった。中身は兄弟子とそう変わらない。
ならばと師に問うた。失礼やもと思ったが。意外にも顔はいつも通りの好々爺で、意外にも答えは。
『知らぬ』
ただ師もおかしいと考えたことはあるらしい。調べてみれば元は無かったと師の先々代の弁。だが意味はあるはずとも、だからずっと短刀を帯び続けていると。
ただ予備ではあろう。と、師も答えを探してはいたが、優先はしていなかった。
――ああ、そうか
師も兄弟子も武士である。
剣術を極めんとしている。
その過程で短刀の意味は後に回していた。
気になれど、それは剣の次のこと。
新之丞は答えを朧げながら掴んだ気がした。
新之丞は武士になりたいわけではない。
むしろ祖父と大叔父のことを考えればなりたくないとすら思う。
新之丞は剣術を極めたいわけではない。
ただ『仇を討ち果たす』その一心だった。
故に、師と兄弟子にある――煤宮と言えど少しは残っている体面や礼節が要らぬ。
師はかつて道場を広げんとしていた。
兄弟子は煤宮の復興を夢見ている。
それが新之丞には欠片もない。
師と兄弟子と、過去の煤宮の剣士にあった。剣術としての煤宮への矜持が欠片一つも存在しないから。
誰よりも剣術を軽んじているのに、誰よりも切実に強くなりたい。
誰よりも強い、煤宮の剣士を殺したい。
正道に見向きもせず、外道を気にも止めない新之丞だからこそ気付けた。
恐らくもっと前の煤宮の剣士なら分かっていたかもしれないが、この時代ではもう分からない。分かりたくても分かろうと出来ないのかもしれない。
『――これだっ!』
理解したときは雷に撃たれたような衝撃が全身を貫いた。
それは考えてみれば当然だった。
煤宮とは山間の村の農民が野伏せりから身を守るための技。
その由来は忍に遡る。
挑発し、逃げ、そして地の利を取って尚、最善の形まで手を出さない。必要なのは勝利ではなく生き残ることだからだ。
だからこそ当然この技があらねばならぬ。
弱者の兵法であれば、忍の技であればあるはず――あったはずの技。
気付いてからの新之丞の生活は苛烈を極めた。
人知れず、皆が寝静まった後、皆が起きる前に修行をする。
伝助と共に寝ることもなく、伝助が起きる頃にはもう居ない。
そうしてそれを隠した。それほど憚られた。
ほとんど寝ない日々。左手の指が折れ曲がるまで行う修行。
いや折れて曲がっても技を磨いた。
手首が折れたこともあるが、それでも続けた。
肘が腫れ上がったこともあるが当然続けた。
肩が痛み上がらなくなったこともあるが、無論続けた。
年がら年中、ずっと続けた。
夜中にそれを続けた。
師にバレて怒られても。
身体は大きくならぬと言われても、もはや肉体は完成していたのだからと続けた。
春には散る桜の花びらの数と競うように。
夏には蝉をすべて仕留めるほどに。
秋には舞う木の葉を焼き付す勢いで。
冬には幼き頃見た憎き悪鬼の面を思い描いて。
折り続けた指はある日『もう戻らぬ』と師と兄弟子に言われて泣いた。
『これで――完成する』
嬉しくて涙が溢れた。
師も兄弟子にも、まだ修行は隠していた。
それは武士の魂であるからだ、新之丞の技は愚行と言われる。
煤宮においても、開祖が刀鍛冶であればやはりそれは愚かしいことなのだろう。
だとしても、これはそういうわけであるはずだと確信していた。
刀でなくとも、短刀でなくとも。元々の煤宮の生まれた経緯を考えればそれは必ずあるはずだ。
戦の時代でもそれはあったと聞く。
ならば絶対にあったと新之丞は断言できる。
――死にたくないなら近寄らなければいい
そんな生存本能が剣術の姿を為しているだけの煤宮にかつてはあったはずだ。
だが太平の世、町中で、座敷で使うことを想定されてしまうとそれがない。
戦国の世であれば石だったはず。
石は道場になければ、立ち合いで拾うこともできない。
なれば代わりのものを身に着けておけばいい。
投げるに適し、武士が帯びててもおかしくはない――短刀を。
新之丞の二本の指は短刀を引き抜いた。
現れた刀身は泥を塗ったように黒く。鋒両刃造――小烏造とも言われる形の両刃。
その鋭利な先端が指の中で回ると――力を抜いた。
最後まで出来なかったのがこの脱力。
抜きすぎれば落ちる、抜かな過ぎれば上手く回らぬ。
だが今はこの指がある。
折れて曲がってまるでこのために誂えたかのような二本の指が、尖った切っ先が、真下を向くように調整すれば、今度は肘の出番。
肘の動きにて、腕を振り子のように動かす。
二本の指で捕まれた短刀は切っ先が下のまま勢いを増した。
「――っっ!」
もはや砕けて落ちても構わぬ。と、最後の一投であると、痛む左手を鞭のように振り回した。
手首の返しで更に加速した短刀の切っ先。
然全に狙いを定めると――影に消えた。抜き打ちの刀身の影に溶けて消えた。
黒い刀身は見ること適わず。
存在しない投擲術は想像すら出来ぬ。
そして気付いた時には手遅れである。
必ず後ろに避ける煤宮には、放たれた短刀を視界に納められたとしても、いや仮に新之丞の左手の動きから予見できたとしても。
地から浮いた足で躱すことは有り得ない。
煤宮には絶対、煤宮には不可避。
煤宮だけは殺すという邪道を生きた新之丞の執念しか成し得ぬ技。
影を行き、影から現れ、影のように刺す。
――影殺し
煤宮の奥伝に新たな記述を刻んだ技である。




